泉の異変 2
ぼくは自分の部屋のベッドの上で、大切なお友達たちと秘密の会議中です。
なかなか、いい意見が出てこないから、少し難航しています。
むむむ、アリスターの騎士になれたお祝いをしたいのに、何を贈れば喜んでもらえるのかな?
「だから、絶対ブラッドグリズリーの毛皮だって。真っ赤だし、あったかいし、カッコイイだろ?」
白銀が毛皮を贈ろうと勧めてきました。
「バカじゃないの? そんなデカイだけの毛皮なんて邪魔よ。やっぱりアリスターの真っ赤な髪のようなルビー? いいえ瞳の色に合わせてアメジストかしら? 贈るなら宝石よねぇ」
紫紺がうっとりとどこかを見つめて呟きます。
「はぁ? そんな石じゃ腹が膨れねぇだろ。やっぱりジャイアントボアの丸焼きだと思う。祝い事は野外の焚火で肉の丸焼きと決まっている」
いつの間にか人化した真紅が腕を組んでうんうんと納得しているけど、涎が垂れてるよ。
「何がいいかしらね。あの狼の坊やでしょ? レース編みのショールとか、刺繍をしたハンカチとか?」
桜花がほうっと手を頬に当てて、熱っぽい息を吐く。
うん? アリスターは騎士だよ? レース編みとか刺繍とか……欲しいかな?
「好きな子から貰えたら嬉しいものだと思うわ!」
パチンと両手を叩いて、桜花はとても楽しそうにぼくに教えてくれました。
でもなぁ……、アリスターへの贈り物、なんか違う気がするんだけど……。
「気にするな、レン」
ひょいとぼくの体を抱き上げて、自分のお膝の上に乗せてくれたのは瑠璃でした。
瑠璃の眉がちょっとキリリと上がっていて、口は不満そうにへの字になっているけど。
「おい、お前たち戯言はいい加減に止めろ」
瑠璃がみんなにピシャリと言い放つと、ピタッと話し声は止まったけどすぐに怒りが混じった大声へと変貌する。
「瑠璃、戯言とはなんだっ」
「聞き捨てならないわねぇ」
「……喧嘩売ってんな」
「ひどいわ、ひどいわ」
白銀も紫紺も今はベッドの上にいるからミニサイズで凄んでもあまり怖くないし、真紅はちょっと成長したと言ってもまたまだお子様サイズだし桜花はへにょりとした眉だからやっぱり以下同文。
「よく考えてみよ。レンがアリスターに贈るのだぞ? ブラッドグリズリー? レンが倒せるわけもなく解体もできず鞣し方も知らんわ。宝石を買うほど金もないし、レンが焚火など危ないじゃろうが」
瑠璃の尤もな意見にみんながチーンと撃沈して、首をがっくし落としている中、桜花がズズイと瑠璃に迫る。
「私の案は?」
「……レンにレース編みも刺繍も無理じゃ」
「そんなっ!」
桜花が瑠璃の指摘にこの世の終わりのような顔をして、その場に崩れ落ちた。
そうだよねぇ、ぼくがどんなに頑張っても、そんなに大きな熊は倒せないし、お小遣いじゃキレイな宝石も買えないし、丸焼きはしてみたいけど魔物を倒せないし火遊びしたら母様に怒られる。
そしてレース編みも刺繍もできないから、今から習っても人に贈れるほどの腕前になるにはどれぐらいの時間がかかることか……。
ぼくはしょんもりと眉を下げて瑠璃を見上げた。
「なんじゃ?」
「るりは? るりはなにがいい?」
期待を込めて瑠璃の顔をじーっと見つめる。
瑠璃はしゃべり方がおじいちゃんみたいだけど、人化しているときはキレイなお兄さんだ。
ゆっくりと目を閉じて考えること暫し、パチパチと瞬きした瑠璃がそっとぼくの胸のところを指さした。
「これ?」
ゴソゴソと服の中から瑠璃の青い鱗と桜花のピンク色の鱗を取り出す。
「うむ。お守りなどどうじゃ? アリスターも騎士となれば危険な目にあうじゃろう。レンが作ったお守りならしっかりと奴を守ってくれると思うぞ」
お守り……、ぼくの頭の中に日本の神社にある袋のお守りが思い浮かぶけど、この世界にそんなお守りはないよね?
「んゆ? なかみは?」
キレイな布で袋を作ったその後、中に何を入れたらお守りになるの?
「んー、儂らは人のことに疎いからのぅ。誰かに聞くといい。大切な人へ渡すお守りはどうやって作るのか、と」
ぼくは瑠璃にコクンと頷くと、ちょっと考える。
アリスターへのお祝いは、みんなに内緒で進めたい。
そう、サプライズなのだ!
「むぅ。だれがいいかな?」
兄様にはぜったい言えないし、父様と母様もセバスもダメでしょ? むむむ、マイじいもプリシラお姉さんにも内緒だ。
チラッと白銀と紫紺を見てみるが、きょとんとぼくの顔を見返してくる。
ダメだ……白銀と紫紺もお守りの作り方なんて知らなそう。
この世界のお守りがどういうモノなのか……誰か教えてくれる人はいないかなぁ?
「本当に一人で大丈夫?」
「だいじょーぶ」
ぼくはドンと胸を叩きます。
兄様のこの質問は今日だけでなく、この日の予定が決まった日からずーっと続いている。
「今日は、僕は同席できないし、セバスたちも忙しいし……。あ、ユージーンに来てもらう?」
ぼくはフルフルと頭を振って、もう一度自信満々に「大丈夫」と告げる。
「にいたま、いってらっしゃい」
ちょっとしつこい兄様に手を振って、花が咲くガゼボから追い出す悪いぼく。
兄さまは後ろを振り返りつつ、ゆっくりと騎士団が集合している訓練場へと去っていった。
だいたい、ぼく一人じゃないんだよ。
白銀と紫紺、真紅もいるし、お茶の用意でリリとメグもいる。
ぼくはガゼボに用意されたお茶のカップとお菓子を何度も確認にしてうんうんと頷いてみた。
そこへ、空間がグニャリと曲がった瞬間、ポンッと二人の人が現れた。
「お招きありがとう。レン」
ぼくのお友達、この国の第三王子のウィルフレッド殿下と闇の上級精霊のダイアナさんだ。
ぼくは母様に教えられたように右手を胸に片足を少し後ろに下げて深々と頭を下げた。
「こんにちは、ウィルさま。ダイアナさん」
「こんにちは」
あれれ? ウィル様の身長が高くなっている気がする。
少し大人っぽくなったような?
ふんっ、ぼくだってちょっぴり背が伸びたし、食べる量だって増えたんだもん。
「あら、ヒューはいないのかしら?」
「あい。きょうは、にいたまいない」
ぼくが兄様の不参加を伝えるとダイアナさんの眉間にシワがぐわっと刻まれた。
「ひえっ」
「どうして、ヒューはいないの? 病気? 怪我でもしたの?」
ぼくがダイアナさんの剣幕にガクブルしていると、白銀と紫紺がぼくたちの間に入りダイアナさんを威嚇する。
「ヒューは騎士団の集まりでいない」
「元気だから安心しなさい。気になるならあっちに行きなさいよ」
「……しょうがないわね」
おおーっ、ダイアナさんが冷静さを取り戻しました。
ありがとう、白銀と紫紺。
……真紅はまだ白銀の頭の上で寝ているの?
「ダイアナ。レンが驚いているから下がって。ほら、ここに座って。ごめんね、レン」
「ううん。だいじょーぶ」
ああ、気持ちを切り替えてちゃんとしないと!
ウィル様にこの世界のお守りの話を聞いて確認して、アリスターに作ってあげるんだ!