家族 3
ふうーっ、と父様が上を向いて深く息を吐く。
セバスさんが目頭を指で押さえて揉みこんでいる。
兄様は…ちょっとしょんぼり、残念そうな顔。
「そうだな。レンの言う通りかも…しれん」
ぼく、頑張って説明したよ?
シエル様がもう少しお喋り上手にしてくれていたら、もっとちゃんと説明できたんだけど…、なんとかみんなに分かってもらえてよかった。
でも、ぼくの知識って深夜のテレビで見てた怪我したアスリートのドキュメンタリーの再放送と通販番組のダイエット商品なんだけど…大丈夫かな?
兄様は4年の間、車椅子生活だったから怪我が治ってもリハビリしないと歩けない。
足が動かなかった分、上半身に筋力がついている…はず。
つまり、上と下で筋力のバランスが悪いのと、怪我した方の足を庇っているから、左右の体幹バランスも悪い。
ちなみに体力もない…と思う。
「すぐに剣の稽古を始めるより、歩く練習と体力強化…あとは、ば、ばらんすを整える?ことが必要か……」
「旦那様、レン様の説明は理に適ってます。確かに変な癖がつくと直すのに、あとあと苦労されますし……。ポーションや治癒魔法に頼っていると体力増加することはないと、魔法省の研究論文にあったような…」
「ああ…。それは、本当だ。実際騎士団の練習では、疲労回復でのポーションも治癒魔法も禁止だからな」
「じゃあ…僕は、まだ剣が握れないんだね……」
がっかり、と落ち込む兄様。
ううーん、でも無理すると成長促進にもよくないとか……?
兄様は父様とよく似ているから背も高くなるだろうし、体もまだまだ成長期だから、変に体を鍛えるのは賛成しないなー。
あ、そうだ!
「いめーぢゅ!いめーぢゅ、とれーにぐする!」
あれあれ?みんな、また「?」顔でぼくを見るけど…こっちの世界にはイメージトレーニングってないの?
ぼくは、またまた手振り身振りも加えて説明しました。
ふーっ、疲れる。
「ふむ。つまり、ヒューが騎士団の練習を見ることが、その、い、いめーぢゅとれーにぐ?なんだな」
「旦那様、たぶん、イメージトレーニングです」
セバスさんがやや慇懃無礼に言い直す。
父様の噛み噛みも可愛いけどね。
パチンと母様が両手を打ち鳴らして、
「そうよ!ダンスの練習も上手な人のステップをよく見なさいって教えられるわ。きっと、見るだけでも身に着くはずよ!」
ぼくは、母様の言葉に大きく頷きます。
一流のアスリートさんたちもしている効果的なトレーニングなんだよ!
「騎士団の練習……」
「ヒューはまだ、騎士団の練習を見るのは…つらいか?」
父様が心配そうな顔で兄様の様子を窺う。
兄様は俯けてた顔を勢いよく上げて、満面の笑顔をみんなに向けた。
「僕、騎士団の練習みたい!」
「そ…そうか。セバス、ヒューの、り、りはびり、メニュー?を考えてくれ。お前、得意だろ?」
「かしこまりました。医師とも相談しますし…ちゃんと坊ちゃまの希望も聞きますよ」
セバスさんが丁寧にお辞儀をして答える。
なんか、マーサさんも涙ぐみながらニコニコしているし、お家の中がより一層明るくなった気がする。
「セバス、大事なアドバイザーを忘れてるよ?」
兄様は横に座っているぼくをひょいと膝抱っこして、頭をなでなで。
「レン。僕が騎士になれるように、ここに居て僕を助けてくれるよね?」
「んゆ?」
え……それって…。
「あ、おおー、それはいい。レン、俺からも頼む。ヒューのことよろしくな!」
「そうね。レンちゃんがアドバイスしてくれたら、安心だわ」
え?え?これって、「外堀を埋められた」状態では?
ぼくは白銀と紫紺に助けを求めるが、白銀はお尻を向けて尻尾をふりふり、紫紺は顔をコシコシ前足で洗っている。
「でも…。ぼく、いると、えっと……あちょちょり…あ・と・と・り…もんだいが…」
次期辺境伯の座を巡って、分家同士が結託して起きたお家騒動アゲインになっちゃう要因は、排除しておいたほうがいいと思う。
この場合、その要因がぼくの存在だけど。
「跡取り問題?あー、大丈夫、大丈夫。どうやらアンジェと辺境伯夫人も呪いにかけられていて、今まで子供が儲けられなかったんだ。その呪いも教会ですぐに解呪できるから、辺境伯のところに子供ができるかもしれないし。まあ、別に暗殺の危険も減ったからそのまま長男が辺境伯になるだろうし。万が一の場合は養子って手もある。レンは気にするな」
いや、父様……気にするなって、今すんごいこと聞いたよ?
母様が呪われていたって……。
ぼくは、ちょっと顔を青くしながら母様を見たけど、相変わらずニコニコしている。
「大丈夫よ。明日にでも教会に行って解呪してもらうから、心配しないで」
うん、大丈夫ならいいや。
でもこの世界って「呪い」とかあるんだね、怖いなぁ。
「さあ、レンが気になったことは全部解決しているから……。僕の弟になってくれるよね?」
「俺の息子だな!」
「私の息子よ」
「「私たちの坊ちゃまです」」
みんなが、ぼくの返事を待っている。
コクリ、と唾を飲み込んで。
「……よ、よろちく…おねがい…しましゅ」
両手の指をもじもじさせながら小さく言うと、ぼくの体が兄様の膝からぐいーんと高く持ち上げられる。
父様が笑いながらぼくを高い高いしている。
くるくる回って大きな声で。
「今日からレンは、レン・ブルーベルだ!」
シエル様、ぼく……お友達だけじゃなくて、家族もできました!