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優しい人たちの場合

「あら、やっぱり来ていたのね。椿ちゃん」


久しぶりに聞く優しくて丸い声に振り向くと、小柄でふくよかな婦人と四肢を踏ん張って立っている柴犬がいた。


「ふふふ、久しぶり。毎年この日だけはね、どうしても気になってしまってここへ帰ってきてしまうのよ」


見上げる場所は古臭い木造二階建てのアパート。

あの事件から居住者が引っ越し、少し寂しくなってしまった、あの子と出会った思い出の場所。


「もう、二年かしら。早いのか遅いのか……わからないわね」


頬に手を当てて重いため息を吐くタロの飼い主に、アタシも釣られてため息を吐いた。


「椿ちゃんはお仕事も順調でとっくに引っ越してもよかったのに、あの子のためにここに住んでいたのだもの」


「べ、別にあの子のためじゃ……」


口ごもってしまったけど、嘘よ。

オネエのアタシが独立して店を数店舗構えることができて、それ以外の事業にも手を出して成功して。

いやだー、タワマンにでも住んじゃおうかしらーって浮かれていたら、出会ってしまったの、あの子に。


あの親子が引っ越してきたときから、あの母親は気に入らなかったわ。

あの女は見るからに子供より自分そして男が大事な、親に成り切れない子供だった。

そして、その母親と手を握りたそうに切ない目をしていた子供は、育児放棄を疑うほど痩せていた。

でも、黒い前髪の隙間から見える黒々とした瞳は真ん丸でかわいくて、他人が怖いのか大人が怖いのか、ビクビク怯えている様子も小動物みたいでかわいかった。


タワマンやマンションのパンフレットをいっぱい取り寄せて、どこにしようか眺めるのが日課だったアタシの生活が変わるのは早かった。

夜型生活のアタシがあの子と会うためには、睡眠時間を削るしかないのに、仕事で帰ってきて疲れた体を休めるのもそこそこに、あの子と会うため、ちょっと早起きしてご飯を作った。

おにぎりの中になるべく栄養のあるおかずを入れて、たまに外に出てくるあの子を捕まえて食べさせて……餌付けよねぇ。


柴犬のタロと仲良くなって、その飼い主の奥様とアタシとできるだけ見守って、できたら施設に行ってほしかったけど頷いてもらえなかった。


「……アタシ、何もできなかったわ」


結局、あの母親と禄でもない恋人との痴話喧嘩に巻き込まれて死んでしまった、小さなあの子。

黒い髪の天使、丸い瞳をキラキラさせて、はにかむように笑うあの子が大好きだったのに。


「そうね。私もできなかったわ。あの子の心を慰めたのはタロだけね」


ワシワシとタロの背中を撫でまわすその手が悲しみに震えているように見えた。


「私もここに来るのは一年ぶりよ。散歩コースを変えてしまったからねぇ。やっぱり、まだ辛くて」


泣き笑いの顔にアタシも同じ顔で答える。


「ええ。でも命日ぐらいはここに来たいのよ。あの子に会いたいから」


ふっと見上げると真っ青な空が広がっていた。

頬に伝う水滴を拭うことなく心の中で呼びかける。


ねぇ、レン? あなたは今、幸せなのかしら?













「みてーっ、にいたまーっ」


ふんす、ふんす。

ぼく、一人でお着替えできました!

え? 五歳なのに遅いって?

だ、だって、こっちのお洋服はボタンがいっぱいなの!

飾りもあるし、靴下を止めるためのソックスガーター? もつけなきゃいけないし、とにかくたいへんなのっ!


「よくできてるね! ここが少し曲がっているよ」


クイクイッと襟を直してもらう。


「たいへんって、今日はソックスガーターつけてないよな?」


「ピーイッ」

<ボタンだってそんなにないぞ>


「しーっ。いいじゃない、ちゃんとできたんだから」


むむっ、外野がうるさいです。

でも兄様はお着替えできたぼくをひょいと抱き上げて、クルクル回ります。


「レンはすごいなー。一人でなんでもできちゃうんだなー」


ニコニコ顔の兄様の顔が……顔が……なんだか少し歪んでいるような?


「んゆ?」


「レンが一人でなんでもできるなら……兄様はどうしたらいいんだろう?」


ピタッと止まって、兄様はしょんぼりと肩を落とす。

へ? え? ど、どうしよう?


「なんかヒューがおかしいこと始めたぞ」


「ピピイ」

<悪企みだな>


「だから、あんたたち、しーっ」


んゆ? 白銀たちも何かに気づいてるみたいだけど、ぼくの助けには来てくれないの?


「に、にいたま」


元気出してとサラサラ金髪をよしよしと撫でる。


「レン。兄様は必要ないのかな?」


「ひゃぁっ! え? そんなことないでしゅ」


「ほんと?」


「う……うん」


コクリと頷くと、兄様は嘘のような晴れ晴れしい笑顔でタカタカ歩き出しました。


「よしっ。じゃあ、今日は兄様がご飯を食べさせてあげるね!」


「ん、んゆ?」


な、なんかおかしくない?


「に、にいたま。ぼく一人で……なんでもないでしゅ」


一人でご飯食べれるよと主張しようとしたけど、もの凄く悲しそうな顔をされたので言えませんでした。


「諦めなさい、レン」


兄様に抱っこされたぼくの背中を紫紺がポンポンと優しく叩いて慰めくれました。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


いつも愛読してくださりありがとうございます。

番外編はここまで。

来週から新章に入りたいと思います!

これからも引き続きよろしくお願いいたします。


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◆◇◆コミカライズ連載中!◆◇◆ b7ejano05nv23pnc3dem4uc3nz1_k0u_10o_og_9iq4.jpg
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