風の精霊王の場合
いやぁ、いい風だよねぇ。
高い所って強い風がびゅーびゅー吹いているから好きさ。
「何を言っているのだお主は。風はお主が作っておるのだろう? 土のと水のが難儀しておるからやめよ」
「ええーっ、とっても気持ちいいのに。ここでも土のと水のが邪魔をするんだね」
じとっとした目付きで二人を睨むと、大きな体を縮こませ火の体の後ろに隠れる。
いやいや、眩しいほどの青色の鱗と赤茶色に輝く鱗が目立っているから。
「我は気持ちがいいぐらいだが、まだ体の小さき竜もいる。少し和らげるがいいぞ」
真っ赤な鱗の火の奴が偉そうに言ってきたから、ムッと顔を顰めさせる。
「やだやだ。風は自由気ままなものだよ? そんな我儘言わないでよ」
「我儘はお主だと思うがな」
同じ風の質のくせに手厳しいなぁ。
「だいたい、お主の同族はどうした? 精霊王ともなれば上級精霊の一体や二体は連れ歩くものだぞ?」
火の竜王が風の竜王の背中に寝そべるこちらへ大きな顔を寄せて来る。
なんか、暑苦しい。
「知らないよ。あの子たちはあの子たちで気持ちのいい場所にいるんじゃないの?」
「精霊王ともなれば、自分の精霊界に居て属性の精霊たちを束ねているはずだがの」
フンッとつまらなさそうに鼻息を吹く土の竜王。
そういえば、ここには属性の竜がチマチマと集まっているものね。
「ここは偉大なる竜王様が座す玉座なれば、臣下として集うのは当たり前」
ふふんと胸を反らして自慢げに言う水の竜王だけど、その竜王様は君たちのこと認めていないみたいだけど?
「そ、それは、エンシェントドラゴン様は神獣様にて創造神様いちの臣にて、我らのことより神界に思いが……」
「そんなことないと思うけどぉ」
あの神獣エンシェントドラゴンが創造神を敬っているなんてことはない。
断言できる。
いや、すべての神獣と聖獣が、精霊王たちが創造神に対して敬うことなんてしていない。
あー、しょうがないなぁというやるせない気持ちはあるかも。
「そもそも君たち。エンシェントドラゴンがいる頂上にも近づけないでしょ?」
エンシェントドラゴンはこの山脈の一番高い山の天辺にいる。
ずーっといる。
神界から下りてきて、ずーっとだ。
あの、凄まじい戦いが繰り広げられているときも、ずーっと天辺にいた。
竜たちが勝手に自分たちの王と仰ぎ、この山脈に集ってきて、他の者たちから「竜の聖山」と畏怖されても、当のエンシェントドラゴンはノーリアクションだ。
この王と心に決め忠誠を誓っているのに、エンシェントドラゴンと謁見することも叶わない竜王たちは、何年か何十年か一度、天辺まで挑戦するのだが、結界が張られていて謁見が叶わないでいるのだ。
よくやるなぁ。
そもそも王なんて、周りに担ぎ上げられても本人にとっては迷惑にしかならないと思うけど。
「うむ。これは我々に課せられた修行なのだ。王に謁見できるよう力を蓄えよという。だから我々はここで力を鍛え、他の竜を育ていつの日か王のために力を振るえるよう、控えているのだ」
「うわっ、迷惑な」
思わず眉をぎゅっと顰めてしまい、本音も漏れたよ。
「なに?」
さすがに失言だったみたいで、四属性の竜王の首がこちらに向けられる。
ちょっ、こんな場所でブレスはやめてよ。
「……いい加減に静かにせよ」
ブレスを避けたり、風で方向を変えたりして、なんだか楽しくなってきて追い駆けっこ気分だったけど、あまりにうるさくしたせいか、闇の竜王に叱られた。
「ふふふ。仲の良いこと」
光の竜王が楽しそうに笑うと、白銀の鱗が陽光にキラキラと輝いた。
「別に、仲なんてよくないよ。暇つぶしさ」
ビュルルルとつむじ風を起こして、竜王たちの足を掬う。
「うわっ」
「なんと!」
「ぎょえ」
「あぶなっ」
いたずらを終えたら、気の向くままにどこかへ飛んでいこう。
南に行こうか、東に行こうか、海の上にでも漂うか……。
でも、でもきっとまたここに戻ってきてしまう。
他の竜王たちも賑やかだし、小さい竜たちを揶揄うのも面白いけど、なによりここには、見ていたい光景があるから。
闇と光が仲睦まじく、そこにいる……懐かしく泣きたくなるほど嬉しい、そんな光景が。