ドロシーの場合
うん、と……畝を作り終えた小さな薬草園を見回して、あたしは満足気に一つ頷いた。
足元にいる土の中級精霊チャドも、両手を上にしてやり切った表情だ。
「ドロシー。作業は一旦休みにしてお茶にしましょう」
この街に来て仕事場にしているブルーベル辺境伯騎士団の使用人寮から、セシリア先生が手招きをしている。
あたしはその言葉に顔を青褪め、必死にセシリア先生へと走った。
ダメダメ! セシリア先生にお茶なんて淹れさせちゃダメ!
ここに移住してまだ数日なのに、セシリア先生が割った食器は軽く二桁は超える。
セシリア先生にベタ惚れのセバスティーノさんはともかく、新しく仕事仲間となったシードさんに迷惑かけちゃう。
「先生ーっ! お茶ならあたしが淹れますからーっ」
お願いだから、そのままじっとしていてください!
シードさんと共同で土壌研究を進めていくことになったセシリア先生は、つい先日教会に届けを出してセバスティーノさんと結婚した。
結婚式はまだ先らしいけど、あたしもチャドも招待してくれるらしい。
昔のあたしなら、自分の姿をたくさんの人に見られることを嫌がり、そんな華やかな席に出席なんてしないだろう。
でも、今は違うの。
あたしはセシリア先生の結婚式に参加するのをとっても楽しみに待っているし、毎日が楽しくて夜眠るのがもったいないぐらいで、朝起きたときはワクワクするの!
「あー、おいしい。ドロシーはお茶を淹れるのが上手になったわね」
「ありがとうございます。セバスティーノさんやリリさん、メグさんに教わったんです」
むふんと少し胸を張って答える。
自分の大きな手、モグラの獣人のあたしの手はそのままモグラの手だった。
たまに獣人の中でも、耳や尻尾、牙以外に獣の一部を体に持っている人がいる。
あたしの場合、それがモグラの手だった。
獣人の中では、「成り損ない」と蔑まれる特徴を持ったあたしは、自分に自信がなく大人しくて引っ込み思案な性格になった。
それでも、愛してくれる両親がいたときはまだよかった。
孤児となって引き取られたモンステラ伯爵様の所は、孤児の扱いがとても良い領地だったけど、獣人の人たちにいじめられた。
おかしいことに、人族やエルフ族やドワーフ族は差別しないのに、同じ獣人からの差別は酷かった。
それは、与えられた宿舎で過ごせず自分で掘った地下で寝泊まりするほどに。
そんなあたしが、土の中級精霊チャドと契約し、尊敬する人族のセシリア先生と一緒にこのブルーベル辺境伯様の領地に移り住んで驚いたことは、獣人の人たちの態度だった。
騎士団の中には獣人の騎士もいたが、みんな優しく丁寧な態度だった。
決してセバスティーノさんやヒューバート様に怯えていたわけじゃないと思うし、神獣様や聖獣様からの命令だったわけでもない。
狼の獣人、アリスターさんが言っていたとおり、獣人でも優しい人はいるんだと信じられて嬉しかった。
そのアリスターさんの妹、キャロルちゃんと、なんと! 人魚族のハーフであるプリシラさんともお友達になれた!
お友達……そんな人、あたしには無理だと思っていたのに、ここに来ていっぱい友達が増えた。
ふふふ、もちろんチャドも大切なお友達だよ。
でも、きっとあの子があたしに話しかけてくれたから。
あの子、みんなに愛されている黒い髪の天使のような男の子。
「あ、そうそう。薬草の種まきするときはレン君も一緒にしたいって言ってたわ」
「そうなんですか? じゃあ明日誘ってみます」
「ええ。たぶん白銀様とか紫紺様とか……ヒューバート様とかアリスターくんとか、いっぱい参加すると思うけど」
セシリア先生は苦笑するけど、あたしはみんなで一緒に作業ができるのがとっても嬉しい。
「じゃ、じゃあ、キャロルちゃんとプリシラさんも誘っていいですか?」
「……。そうね。いいと思うわ。よしっ、頑張りましょうね!」
え? セシリア先生も参加するんですか?
だ、大丈夫かな? 薬草の種をダメにしたりしないよね?
「あ、あのぅ。セバスティーノさんも誘っていいですか?」
保護者同伴でお願いします!