ウィルフレッドの場合
ポチャン。
最近ブルーベル辺境伯の領地にできた静養所、ブルーフレイムの街へ遊びに来ました。
温泉? という大きなお風呂にゆっくり入って美味しい物を食べて休むのがメインの観光地です。
僕の友達、ヒューバートとレンが発起人となって造られた場所です。
本当はもっと大きなお風呂や外に作られたお風呂もあるそうですが、僕の身分で迷惑がかからないように貸し切り風呂に入ってます。
平民用と貴族用と施設も分かれているので、問題も起きにくいだろう。
「ウィル。そろそろ出なさい」
「はい」
ダイアナが脱衣所から声をかけてきたから、そろそろこの温かい湯から出よう。
ふーっ、気持ちよかった。
脱衣所では、いつも世話をしてくれるメイドも従者もいないから、自分でタオルを使い体を拭いていく。
「ほらほら、ちゃんと拭きなさい。あー、面倒だからこれでいいわ」
ダイアナが代わりにタオルで頭を拭いていてくれたが、小さな舌打ちの音がしたと思ったらぶわっと温風に包まれる。
「わっ」
「ほら、乾いた」
ニッコリとダイアナは笑顔を向けてくるけど、僕の忌まわしかった黒髪はボサボサだよ。
「むぅ。自分で梳かさないと」
手櫛であちこちに跳ねた髪の毛を梳かしながら、部屋にあるブラシに手を伸ばした途端、体全体がフワッと浮いた。
「あれ?」
「ダメよ。王子様が適当なブラシ使ったら」
ダイアナがどこからか真新しいブラシを出して、僕の黒髪を丁寧に梳いていく。
「ありがと」
「ふふふ。レンが言うにはお風呂上りには水分を取ったほうがいいらしいわ」
ポンッとテーブルの上に冷えた果実水のコップが出現した。
「アハハ。そうだね。ありがと」
コクコク。
喉を通る冷たい果実水がとっても美味しく感じました。
王族でありながら、王家の色を持たないで生まれた僕。
しかも、耳が示すのは人族ではなくエルフ族である証。
なぜ?
なぜ、僕がエルフなの?
エルフ族なのに、なぜ、黒髪なの?
国王陛下である父様も母様も、二人の兄様も僕を家族として愛してくれたけど、どこからか聞こえてくる陰湿な声。
家族とは離れた宮で生活するようになり、身近にいる使用人たちから受ける侮蔑の眼差しを浴び続け、訪ねて来る人達の悪意に包まれた。
僕は……呪われた王子なんだ。
存在してはいけない王子なんだ……。
そう思い自分を闇の世界に追い込んでいた僕は、ブルーベル辺境伯領地から訪ねてきたヒューバートとレンのおかげで救われることができた。
なぜか闇の上級精霊のダイアナとも友達? になり、自分を厭うていると思っていた家族とも誤解を解くことができた。
……兄様たちは思ったより僕のことを愛してくれていたのには驚いたし、ちょっと戸惑ったけど。
長い間、悪い人に苦しめられていた叔父様の公爵も助けてもらって、本当に二人とブルーベル辺境伯の者たちには感謝している。
神獣様と聖獣様にも。
でも、ダイアナは神獣様や聖獣様にいい感情を持っていないから、こっそりと感謝しておく。
特にヒューバートとレンはこんなみすぼらしい僕の初めての友達だ!
友達になったばかりで領地に戻ってしまう二人にがっかりしていたら、ダイアナが「転移で飛んで会いに行きましょう」と軽く提案してきた。
うっかり僕も「頼む」と返事をしてしまい、月に二~三回はブループールの街へ訪れている。
王子としてお披露目もして、王族としての教育も始まった。
先祖返りのエルフの姿に好意を持ってくれる貴族や使用人もいるが、やっぱり嫌悪の視線も感じる。
そんなときはブループールの街に来てリフレッシュするんだ。
怪我をして足が動かなかったヒューバートが真摯に剣術に向き合い努力している姿に僕も奮起するし、かわいいレンが神獣様たちとわちゃわちゃ楽しそうに過ごしているのを見ると心がほんわかあったかくなる。
でも……ダイアナには、別の目的があるみたいなんだよねぇ。
「なに?」
「ううん。このお菓子、珍しいけどおいしいね」
部屋の低いテーブルの上に置かれた冷茶とお菓子……蒸し菓子だろうか?
「そうね。薄い生地の中に真っ黒い甘味があって……中には木の実かしら?」
「ここに説明書きがあるね。真っ黒い甘味はあんこ、中の黄金色の木の実は栗だって」
もぐもぐ。
ちょっと癖になる甘さだな。
板張りの部屋に毛足の長いラグが敷かれていた部屋は、最初そのラグの上に直接座ると聞いて驚いた。
寝具は別の部屋にベッドが置いてあるけど、希望者にはフトンと呼ばれる床に敷く寝具で寝れるそうだ。
「どこの国の風習なのかな?」
「さあ。あのおチビちゃんの生まれた国じゃないの?」
あーんと二人で蒸し菓子を口に放り込み、もぐもぐ。
王宮では許されないマナーだが、ここにはダイアナと僕しかいないからいいよね。
「レンたちは、今頃アイビー国で元気にしているかな?」
「そうね……。厄介ごとに巻き込まれているんじゃないの?」
いや、その厄介ごとに巻き込んだのは、僕たち王家だよね?
「今度はヒューバートとレンと一緒に来たいなぁ。このブルーフレイムの街のオンセンガイに」
「……そうね。発案者だけど、まだゆっくりと楽しんだことはないらしいわよ」
クスクスと意地悪そうに笑うのは止めようね。
「父様たちとも来たいなぁ。無理だけど」
「あら。こっそり転移で連れてきたらいいじゃない」
「……そうかな?」
「そうよ」
ふふふ。
楽しいね、父様たちと温泉に浸かって、ヒューバートとレンとお菓子を食べて、ダイアナと寝るまでお喋りして。
ふふふ、僕は明日が、明後日が、未来が楽しみで、とっても幸せに過ごせているよ。