家族 2
父様と母様は居住まいを正して、真剣な目でぼくをじっと見つめる。
「レン。このままうちの子にならないか?」
「…んゆ?」
ぼくは父様と母様の顔を順番に見やって、困って白銀と紫紺を見る。
ねぇ、どうしたらいいの?
ぼく……父様も母様も大好きだから、迷惑かけたくないよ?
嫌われたくないよ?
一緒に住んでもいいの?
ずっと一緒にいてもいいの?
「レンは…いやかい?」
父様がとってもカッコイイお顔をしょんぼりさせて尋ねるけど……嫌じゃないよ、嫌じゃない。
ぼくは顔を左右に振って否定するけど…言葉が出てこない。
だって、一緒にいたいとか、家族になりたいとか我儘言っていいの?
ママは我儘だとすっごく怒るんだ。
兄様が、段々下を向くぼくの頭に、そっと優しい手を乗せた。
「レン。叔父様のところがいいなら止めないけど、会ってもいない叔父様のお家がいいとは思わないよね?」
ぼくはコクンと頷く。
まだ、父様の弟でもある辺境伯様とはお会いしていない。
たぶん、この分家が起こした問題のせいで忙しかったからだと思うけど。
辺境伯様の奥様もお子様も違う街に避難していて、当分は戻らないって聞いてたし。
「僕はレンにずっと一緒にいてほしい。僕の弟になって欲しいな」
そっと、兄様を窺い見る。
優しい顔で笑ってる、兄様。
「でも……」
ぼく、何もできないよ。
働くママのためにお部屋を片付けたり、お皿を洗ったりしたけど、余計なことしたって怒られて叩かれたし。
お話しようとしたら、うるさいから声を出すなって言われた。
ぼくってそこに居るだけで、他の人をイライラさせるみたい。
そんな子なのに……家族になってもいいの?
ぐすぐす。
いつのまにか涙が溢れて、お鼻もぐしゅぐしゅになっている、ぼく。
父様と母様は向かいに座っていたソファから立ち上がって、僕を後ろから前から抱きしめてくれる。
「レン。俺はいい父親になるぞ!」
「レンちゃん。母様に甘えていいのよ」
ペロッペロッと白銀と紫紺が、ぼくを心配して両手や頬を舐めてくれる。
「う゛ー、ぐすっ」
そんなに優しくされたら、ますます涙が止まらないよぅ。
喉から押さえられない塊が上がってくるようで、ひっくひっくしゃくりあげる。
「レン。こっち向いて」
兄様の声に、拳で目をゴシゴシ擦ってパチクリ。
「に、に……いたま?」
ぼくの横で、杖で支えてはいるけど自分の足で立つ兄様の姿が映る。
「……なんで?」
兄様は、にっこり笑ってぼくに「ありがとう」って……。
え?だから、なんで?
正直、ヒューの背中の傷を見て、もう、ダメだと思ったわ。
それだけ傷の範囲が広く深かったし、血も大分流れてしまっていたの。
必死にヒューを呼ぶレンには可哀想だけど、諦めさせるしかないと思ってたのよ?
あのちんまい水妖精が精霊王の名前を出したときも、さすがに死人は無理でしょうと冷めた気持ちだったわ。
妖精の輪を潜って精霊界に入れたのは、アタシたちの知らないうちにふたりと妖精たちが契約を済ませていたからと、白銀がヒューを背中に乗せていたし、アタシはレンを咥えていたから。
そうでなかったら、精霊とイマイチな仲の神獣聖獣が精霊界に呼ばれることなんてないもの。
しかも、久々に会った精霊王のムカつくこと、ムカつくこと。
ホント、あいつらって偉そうで嫌いよ。
まあ、つまらない口喧嘩をしている間に、ヒューの怪我を治そうとレンが自分の魔力と生命力を与えていたのには、度肝を抜かれたけどね。
魔力を与えたところで傷は塞がらないし、流された血は補えない。
ただ、生命力を与えれば暫しの延命は可能よ。
でも、レンのように幼い子がしたら、反対に自分の命が尽きてしまう。
もちろん、アタシたちはすぐにレンを止めさせようとしたけど…、あの子…ちっとも言うこときかないのよ……。
いつもは大人しくて聞き分けのいい子なのに…。
そのうち、水の精霊王が助力を申し出たのは、願ったり叶ったりだけど……。
なんで、レンを通して力を行使するのよ?
なんで、レンに負担をかけるのよ?
ギャーギャー、白銀とふたりで文句を言ってたら、ヒューの体から黒い靄が出た。
びっくりしたわ。人の世では禁忌とされていた「呪い」の残滓がヒューの体から出てきたってことは…。
「ヒューは呪われていたの?」
「気付かなかったのか。間抜けめ!お前らはあの方が作られた聖なる獣だろうに」
精霊王が冷たい容貌をさらに凍えるように顰めて、そう言い放つ。
「気づかなかったわ……。怪我をして治らないとばかり…」
「ただの怪我なら、我の精霊魔法で治せるわ。呪いならば浄化が必須のため、その童に力を借りたのだ」
へ?
アタシは力尽きて眠ってしまったレンをマジマジと見る。
「浄化」の力をレンが……?そんな話はあの方から聞いてないわよっ。
「まあ、本人も気づいてない力だ。あの方も幼いうちは発現しないように、その力を魂の奥底に秘めさせているようだった」
「そう……」
あの方がレンを気に入ってるのは知っているけど、特別な力は与えていないって言ってたわ。
よく分からないけど「ちーと」はあげてないとかなんとか。
でもあの方基準の「特別じゃない力」って、もしかしてとんでもない力なんじゃないの?
今度、神界にいる神使でも捕まえて確認しておこう。
「では、去ね」
「言われなくても、出て行くわよ。お世話さま!」
ヒューたちと離れた場所でこそこそと話してたアタシは、足取り軽く白銀とヒューのところまで戻っていく。
ヒューは自分が助かったことと、知らないうちに連れられた精霊界にびっくりしていたけど、今は落ち着いて眠ったレンの頭を優しく撫でている。
いいお兄ちゃんね。
隣にいる白銀は、チビ妖精とじゃれてて使いものにならないけど。
「さあ、戻りましょう。ギルも心配してるわ」
「ああ。早く行こうぜ」
フンッと鼻を鳴らして白銀が立ち上がり、ブルルルッと体を震わせる。
「白銀、紫紺。僕の足……動くみたいなんだけど…」
困惑と顔に書いて、恐る恐るヒューが自分の足を摩る。
「ええ。ヒューの足は呪われていたから動かなかったの。でもレンがあの精霊王と一緒に浄化したから、治ったのよ」
「……動くんだ。僕の足」
「そうだぞっ。お前、剣術やりたかったんだろう?よかったな!もう歩けるし、走れるぞ」
ヒューはレンの体を抱きしめながら、静かに泣き出した。
時折鼻を啜りながら、眠ったレンに「ありがとう」と何度も何度も告げている。
アタシたちは、ヒューが泣き止むまでしばらく待っていたわ。
もうひとつ、この妖精たちの処遇も考えなきゃいけなかったしね。
「じゃあ、にいたま、きし、なれるの?」
「さあ、それはこれからの特訓次第かな?すぐに追いついてみせるけど」
兄様は自信ありげに足を軽く叩いてみせた。
うーん。
怪我してから毎夜マッサージしてたのは知ってるけど……、そんなに早く無理しちゃダメだよね?
リハビリ?しなきゃ。そんでそんで、バランスも考えなきゃ……ダメだよね?
ぼくは、キリッとした顔で兄様を指差した。
「だめでしゅ!ちゃんと、めにゅーをかんがえて、きたえる、でしゅ!」
なんで、父様も母様も、セバスさんたちも、みんなビックリした顔でぼくを見ているの?
ぼく……当たり前のことを主張しただけだよ?