お家に帰りましょう 2
すみません、「お家に帰りましょう 1」が抜けてました。
教えてくださった方、ありがとうございます。
そして、いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
ピチピチ。
朝早く、まだ日が昇りきらない内にぼくたちは出発します。
ぐうっ。
眠くて眠くて、目がパッチリと開きません、ぐうっ。
「レン。眠っていていいよ。僕が馬車まで運ぶから」
「んゆぅ。おきてまーす。ぐうっ」
お兄さんになったぼくは、朝早く起きてもビシッとしているのです!
セバスのようにビシッと、キリッと……ぐうっ。
兄様に手を引かれてヨチヨチ、よろよろと歩いてお宿の前、アリスターたちが待つ馬車止めまで来ました。
「おはよう」
「んゆ?」
そこには、セバスの婚約者で土壌研究をしているセシリアさんとお友達になったドロシーちゃん、その契約精霊である土の中級精霊チャドが立っていました。
「セシリアさん。わざわざセバスの見送りですか?」
「えっ! いや、あ、そうだけど……えっと、みなさんの見送りで、えっと、そのぅ」
兄様の揶揄いに途端に挙動が怪しくなるセシリアさん。
両手をバタバタ、真っ赤な顔をあちこちに向けています。
「落ち着きなさい、セシー」
そっと彼女の肩を抱いて宥めるセバスですが、セシリアさんに気づかれないようにギロリと厳しい目を……爆笑しているアルバート様とリンに向けています。
「セシリアさんはいつ帰ってくるの?」
きょとんと兄様が尋ねるのを、アリスターが渋面でツンツンと兄様の脇を肘で突く。
「セシーはまだしばらく、モンステラ伯爵領地に滞在します。土壌研究の引継ぎや諸々の整理もありますから」
そうなんだ……えっと、セバスとの結婚はどうなるんだろう?
「結婚は彼女が戻ってきてすぐに届けを出しますが、式についてはアンジェリカ様の采配待ちです」
「ん? かあたまの?」
「ええ。アンジェ様は私たちの結婚をとっても楽しみにしてくださっているの。だから、式の準備とかはアンジェ様が進めてくださるのよ」
セシリアさんが頬をピンクに染めて、嬉しそうに教えてくれる。
「……母様」
兄様は少し顔を引き攣っているけど、どうしてだろうね?
「あと、こっちにいらっしゃい、ドロシー」
セシリアさんの呼びかけにトコトコと歩み寄ってくるドロシーちゃん。
「ブループールの街には、ドロシーも一緒に行くことにしたの。さすがに、この環境に一人おいて行くことはできないわ」
頬に手を当てて困ったふうに呟くセシリアさんに、ドロシーちゃんはちょっと俯き気味です。
ぼくはそっと彼女のモグラのお手々を取って、ニッコリと笑いました。
「うれしい。あっちで、いっぱいあそぼーね!」
「え? あ、はい。よ、よろしくお願いします」
ドロシーちゃんは、ぼくや兄様たちに深々と頭を下げた。
「いいや。こちらで辛い思いをしないよう計らうよ。でもね、君の気持ちも大事なことだと思う」
兄様がドロシーちゃんと目線を合わすようにしゃがんで語りかけると、その後ろからアリスターがドロシーちゃんを見下ろす。
「ひっ!」
「それだよっ、それ。確かに、お前は辛い目に遭ってきたと思う。でもなぁ、獣人全員がお前を見下しているわけじゃない。俺の妹もブループールの街にはいる。騎士団の中にも獣人はいる。でも、お前をバカにする奴はいない。せめて……ブルーベル辺境伯騎士団たちだけでも、信じてくれ」
アリスターは兄様のようにしゃがむと、そっと腕を伸ばしドロシーちゃんの茶色の髪をくしゃっと撫でた。
「あっ」
ドロシーちゃんが目線を上に向け、アリスターの手を信じられないように見つめた。
「……あ、ありがとう、ございます」
ウルウルと今にも大粒な涙が零れ落ちそうなドロシーちゃんの手を、ぼくはしっかりと握った。
さて、暫しの別れの挨拶が済んだところで馬車に乗ろうかと扉に手をかけたら、蜃気楼のようにユラユラと空間が揺れて、次第に一人の女性が現れた。
「あら」
「おっ」
白銀と紫紺が声をあげる。
「よかった。間に合ったのね」
ほうっと胸に手を当てて深く息を吐くのは、聖獣ホーリーサーペント、蛇のお姉さんだった。
「なに? アタシたちの見送りに来たの?」
「律儀なことだな。ま、次会うのがいつだかわからんしな」
フンフンと蛇のお姉さんの周りを嗅ぎまわり、二人とも嬉しさからか尻尾が動いている。
「そ、そうね。見送りもそうなんだけど。ちょっとお願いがあって……」
「「お願い?」」
白銀と紫紺が低い声を出し、急にお姉さんを警戒し始めた。
友達でしょ? 二人とも唸ったらダメだよ?
「そのう……貴方に……」
「んゆ?」
あれれ? ご指名されたのはぼくでした。
「なあに?」
セバスが作ったお茶菓子が欲しいなら、定期的に届けられるように考えるけど?
「そ、それもお願いしたいけど、そのことじゃなくてね……」
お姉さんはチラッと白銀と紫紺を見やる。
はっ! もしかして神獣聖獣仲間の白銀と紫紺を返せと言いたいのかな?
それは、ダメ!
「ちがっ。それは違うわ。そのね、神獣フェンリルは白銀。聖獣レオノワールは紫紺、神獣フェニックスは真紅、聖獣リヴァイアサンは瑠璃。貴方が名前を付けたのよね?」
「あい。みんなキレイないろ、ある。おなまえ、いろのなまえ」
ふふんと自慢するように胸を反らしたぼくの後ろ襟首を白銀がカプリしてブーン。
ぼくとお姉さんの間に紫紺の体が遮るように素早く移動してくる。
「あら、もう行かなきゃ!」
「がふっ、がふふっ」
白銀が何を言っているのかわからないけど、たぶん「セバス、馬車を出せ」かな?
「あのねっ、私にも、名前をちょーだいっ!」
二人に邪魔されながらも、蛇のお姉さんはびっくりするぐらいの大声でお願いをしてきた。
「おなまえ?」
白銀に咥えられて無理やり方向転換されたぼくは、困惑している兄様と目を合わせて首を傾げるのだった。