お家に帰りましょう 1
すみません。
こちらの話が抜けてました。
教えてくださった方、本当にありがとうございます。
そして、誤字脱字報告もありがとうございます。
聖獣ホーリーサーペント。
本体は、大きな大きな蛇さんです。
ぼくたちと会うときは人化した姿で、キレイなお姉さんになります。
紫紺もキレイなおネエさんですが、蛇のお姉さんもキレイなお姉さんです。
ぼくが生きていた前の世界の着物と似た服装で、どことなく桜の花のような雰囲気の優しい優しい、ちょっと弱気な聖獣ホーリーサーペント。
毎日訪れるぼくたちを、毎日笑顔で歓迎してくれる……セバスが持たしてくれるお菓子目当てじゃないよね?
「ああー、今日もお菓子が美味しいわ!」
「そんなに頬張って。……太るわよ」
ジトリと紫紺が半眼で蛇のお姉さんにお菓子の食べすぎを注意しているけど、聖獣って太るの?
「いじわるね。いいじゃない。そろそろレオノワールたちは帰るんでしょ?」
「そうよ。ここでの問題は表面上は片付いたからね。あとは土の精霊たちに任せるわよ」
紫紺が器用に前足でひょいと焼き菓子を口に運ぶ。
「そういえば、お前……土の精霊たちを手伝ってんだって?」
口の周りを汚した白銀が珍しく蛇のお姉さんに話しかける。
白銀はどうやら、女子度の高い蛇のお姉さんは苦手なタイプらしい。
「ええ。私も土の魔法は使えるし。モグラの獣人の子が使っている地下通路はワームが通った跡なんでしょ? 私が通るのにも都合がいいし、崩れないように補強して不都合な場所はしっかりと埋めているの」
ふふんと、どこか誇らしげに話す蛇のお姉さん。
土の精霊たちとも少しずつ仲良くなって、この頃は自分の結界の外に出ることも珍しくないとか。
「いい傾向ね。引き籠っていたら今回みたいに何かが起きていても気がつかないわ。たまたま魔法陣の行使を遮ることができた今回は運がよかっただけよ」
「そうね。別にこの地を護る使命はないけど、やっぱり私たちみたいに力を持てる者の義務はあるわよね……」
「げっ、そんな難しいこと考えるなよ」
白銀がうげぇと舌を出して、尻尾をブンブンと振る。
「そうだな。紫紺の言うとおり、問題は何も解決していない」
兄様までも、マドレーヌを片手にムムムと難しい顔をしてしまう。
「にいたま?」
「おい、ヒュー。どうしたんだよ」
アリスターがディディにお茶を飲ませている手を止めて、兄様の顔を窺う。
「だってそうだろう? また道化師の男を捕まえられなかった。厄介な瘴気の被害も出してしまった。そして、そんな悪事が行われていたのに証拠もない。どこを探せばいいのかも、奴の目的すらわからないんだっ」
ドンッと握った拳を地面に叩きつけて、ギリッと兄様は唇を強く噛む。
「にいたま。いたい、いたいよ」
ぼくは慌てて兄様の拳を摩ってあげる。
「目的か……。キャロルのときは確か魔力持ちの子供を集めていた。王都の騒ぎでは瘴気を増幅する魔道具を使い王家に近づこうとしていた。今回は……なんだろうな?」
わわわ、アリスターまで難しい顔で難しいことを言い出しちゃった!
ディディが口元に宛がわれたカップを短い手で外そうとしているけど届かずに、流れ込んでくるお茶にアップアップしている。
「アイビー国全体に仕掛けた魔法陣の目的。それは農作物を枯らすことじゃないはずだ」
「……にいたま」
噛んでいた下唇には薄っすらと血が滲んでしまっている。
「はいはい! 難しいことは大人に任せなさい。ヒューもアリスターも、今は無事にアイビー国を守れたことを誇りなさいよ。特にヒューは、今回の大功労者であるレンを褒めて褒めて褒め尽くすのよ」
パンパンッと手を叩いて紫紺が兄様たちの話を遮る。
実際は肉球同士だから、ポムポムってかんじだけど。
「そうだな。また奴が動くときに楽しみはとっとけ。今度こそ捕まえて二度と悪さができないようにすれば万事解決だ」
白銀は兄様たちの話なんてつまらないとばかりにそっぽを向いたままだ。
「ふーっ。そうだね。今は守れたことで満足しよう。それに……」
兄様がチロリとぼくを見て、その逞しくなってきた両腕を伸ばす。
「ふふふ。しばらくはかわいい弟を愛でることにするよ」
ガシッと両脇を掴まれたと思ったら、ブーンと持ち上げられてその場でクルクルと回る兄様。
「わ、わわっ」
「レン。大活躍だったね! 偉かったよ。きっと父様も母様もリカも喜ぶよ。僕もレンは自慢の弟だよ」
ひとしきりクルクル回ったあと、兄様にぎゅーっと抱きしめられ、頬ずりをすりすりとされる。
「ふわわわ」
キラキラかっこいい兄様のお顔が近いし、ぎゅっとされて幸せ気分が溢れ出す。
「にいたま、だいしゅき!」
「僕もレンが大好きだよ」
ふわふわとした優しい気持ちに浸ります。
怖いことは一応、解決したし……ちょっとぐらいお兄さんになったぼくも兄様に甘えても、いいよね?
日が傾き始めた頃、泊っている宿に戻ることにしました。
「明日も来る?」
上目遣いにもじもじしながら尋ねる蛇のお姉さんに、紫紺は無情にもスパーンと言い切りました。
「アタシたちは明日、ブループールの街へ帰るわ。しつこかったアイビー国王家からの客人も今日でいなくなるし。だから明日は来ないわよ」
「もう来ないな」
白銀までフンッと鼻息荒く言い切りました。
「そ、そんなっ」
ガァーンッと打ちのめされたお姉さんに、ぼくは動揺してあたふた。
ど、どうしよう……でも、もうぼくもそろそろブループールの街に帰って、みんなに会いたい。
「聖獣ホーリーサーペント。明日の朝には僕たちはブループールの街へと帰ります。今回は本当にお世話になりました」
兄様とアリスターが深々と頭を下げるので、ぼくも「ありがと」と頭を下げ……おっとと、頭が重くて転びそうになっちゃう。
「あ、危ないわ」
さっと抱き留めてくれた蛇のお姉さん。
えへへへと恥ずかしくて笑って誤魔化すぼくを、お姉さんの腕から紫紺の尻尾がひょいと持ち上げる。
「世話になったわね」
「レン、気をつけろよ」
「あい。おねえさん、ばいばい」
紫紺の尻尾で白銀の背中にそっと降ろしてもらったぼくは、お姉さんに向かってヒラヒラと手を振った。
みんなでクラク森からお宿まで転移するとき、ふと振り返った。
蛇のお姉さんは両手を胸のところでぎゅっと握りしめて、何かを堪えるような切ないお顔をしてました。