その後の話 神界side
闇の上級精霊ダイアナは、人に捕らわれ本来の使命である瘴気の浄化が行えず、また、眷属である土の精霊たちを守りきることができなかった土の精霊王に、その鋭い眼差しを向け無言で責めている。
神獣フェニックスである真紅も、ダイアナの叱責に興味があるのか、好奇心いっぱいの表情で成り行きを見守っていた。
……僕のことを無視して。
あれれれ?
次元の裂け目から八咫烏くんが土の精霊王を連れてきて、邪気で酷い状態だったのを僕が神々しい力で祓ってあげて。
その後、白銀たちがポイッと投げてきた真紅まで邪気に侵されていたから、祓って傷を治して、ついでにあの子にお祈りされた神気の回復まで大判振舞いでしてあげた、この僕を無視してるよね?
その現状に、よよよ、と倒れ伏して涙を流すけど、誰も慰めてくれない……。
僕の神使である狐も狸もツーンと横を向いている。
だから、なんで!
「うるさいわよ、創造神。黙ってなさい」
「あ、はい」
すみません、ダイアナのお邪魔をしてしまいました。
僕はキチンと正座して、土の精霊王の話を聞くことにした。
「……つまり、最初に妖精が捕まり、その妖精を助けるために下級精霊が捕まり、芋づる式に精霊王まで捕まったのね」
ダイアナは頭が痛いとばかりに手を額に当てて、首を横に振る。
当の本人である土の精霊王は首を竦め体を小さく縮めて、彼女の怒りが過ぎるのを待っている。
「バカだなぁ、お前。自分が捕まるまでにどうにかできただろう?」
そこへ、鋭利な刃物でグサリと真紅が口を挟む。
僕もその意見には同意するので、コクコクと激しく小刻みに頷いてみせる。
そう、そうなんだよ!
普段から他の精霊王たちと繋がっていれば、こういうトラブルのときに助けてもらえるのに、お互い不干渉だから大事になるのさっ。
「だって、我のかわいい子が虐められているのだ。一刻も早く助けねばと……」
ツンツンと両の人差し指の先を突き合わせながら言い訳をするが、ダイアナはさらに半眼になって冷ややかに見つめる。
「別に……土の精霊王如きが代替わりしてもどうでもいいが、その騒ぎに我が君とその依代の大事な者たちが巻き込まれた。迷惑だわ」
ズバンと一言である。
いや、僕は失態を犯した土の精霊王の代替わりなんて考えてないしね、精霊王が儚くなったら次の精霊王が自動的に生まれるなんてシステム作ってないよ?
「お前の我が君って誰だよ?」
今さら? 今さら、そんなことを怒れるダイアナに聞くのかい?
ダイアナは子供姿の真紅を一瞥すると、「ふふふ」と楽しそうに笑った。
「それは、内緒よ」
シーッと人差し指を艶やかな唇に当てる。
いや、君の仕える主が誰かなんて、みんな知っているし、紫紺はその依代が誰かすでに察しているよね?
真紅……もうちょっと賢く創ってあげればよかったかな?
ひと通り嫌味を言って落ち着いたのか、ダイアナは神界の主のように優雅にお茶を飲んでいる。
しかも、恭しく狐の神使たちが給仕をしているんだけど?
むうーっ、僕に対してはいつも小言ばかりで扱いがぞんざいなんですけどぉ。
「ほら、菓子でも食えよ」
ひょいと真紅から差し出されカステラをむしゃぁと齧る、創造神の僕。
「おいしいですぅ」
両手にカップを持ってニコニコ顔の土の精霊王……君、さっきまでダイアナに対してガクブルしてたよね?
「んで、これからどうすんだ?」
ペロリと口の周りを舌で舐めて、真紅が小首を傾げる。
僕がレン君に頼まれて、ほんの少し神気を与えてあげたから人化した体は成長しているのに、食べ方が下手だなぁ。
「そうねぇ、我が君の復活にはまだ時間がかかるし……」
ふうっと悩ましく息を吐いたあと、じろりと僕を睨むのはやめて欲しい。
怖いんだから。
「とにかく、土のはここで少し力を蓄えておきなさい」
「えっ? でも、我はアイビー国の土地を元に戻さねば……」
頬いっぱいのカステラを慌てて飲み込んで、土の精霊王はあわあわと慌てる。
「わかっているわよ。あの国の王と縁があるのでしょう? でもね、今は他の土の子に任せて、貴方はここで新しい精霊を生み出す力を得なさい。いずれ浄化ができる精霊が必要となるはずだから」
「……浄化の力……」
「ええ。なのに、水のは相変わらず浄化の力を得ていないし、風のはどこにいるかわからないし。どいつもこいつも、使えないぃぃぃぃ」
ああーっ、そのカップは高かったんだから、壊さないでよっ。
びっくりしたなぁ。
貴族夫人のようにお茶を嗜んでいたのに、急に魔女のようなオーラを振りまいて怒らないでよ!
「風の精霊王はどこに行ったかわからないのか? 他の風の精霊たちはどうしたんだ?」
真紅がダイアナの青筋が立った顔を覗き込んで質問する。
君……無謀だよね?
「さあ。風のは昔からフラフラしていて掴みどころがないのよ。今回も協力姿勢がこれっぽっちもないし。頭にきたから風の精霊界に行ってうちの子に暴れてもらったわ。オホホホ」
オホホホじゃないよっ。
「な、何やってんの? 基本、君たち闇の子と光の子はただの精霊でも力が強いんだから、暴れないでよ!」
バランス、バランスがね、とっても大事なんだよ? この箱庭は特に!
「ふん。大丈夫よ。ちょっーと、光を奪ってきただけだから。今ごろ真っ暗闇の中でブンブン飛び回ってるんじゃないかしら?」
「……真っ暗闇って……」
あっぶないでしょ?
何やってんの、君?
「へぇー、そりゃ、すごいな。俺様は真っ暗闇の中は飛びたくないなー」
「わ、我の精霊界は……。も、もしかして……」
真紅は無邪気に暗闇飛行を想像しているが、土の精霊王は自分の精霊界に置き換えて、顔を青白くしているぞ。
「土の精霊界には手をだしてないわよ。ま、でも……この子はちょっとお仕置きね」
えいっとかわいい声でぎゅむっと真紅の頬を抓った。
「いひゃひゃい! いひゃひゃーいっ!」
真紅の子供特有のぷにぷにほっぺがびよーんと、ダイアナの尖った爪で伸ばされる。
「まったく。浄化が必要ならリヴァイアサンではなく私を呼びなさいよっ。なんで呼ばないのよ。だから、邪気なんて厄介なモノに侵されるのよ」
「ひょんにゃこといって、おめゃえ、じょーきゃできにゃいだろー。じゃきは」
「そうだけど、仲間外れで面白くないのよ」
ええいっと頬を抓んだ指に力を込めるダイアナに、僕は止めるこもできずに見て見ぬふりをした。
だって、とばっちりがこっちにきたら怖いでしょ!
「そんな薄情な神獣聖獣には、お仕事を与えてあげますね」
「にゃんだってぇぇぇっ」
にゃんだって? いやいや、なんだって?
なんで、僕を無視して話が進むのさっ!
僕、神様だよ? 創造神だよ? 偉いんだよ?
わーん、僕のこと無視しないでーっ。