精霊王様を助けよう 7
真紅と二人で土牢の柵の前、立ち尽くしています。
ぼくがシエル様にお祈りして溢れた光が、この部屋の瘴気を浄化して、土の精霊王様の体に蔓延った邪気をほんの少し和らげてくれたみたい。
そう、ほんの少しだけ……。
「に……げ……」
ぐったりとしていた精霊王様は、邪気に侵されて黒くなった肌が光を注がれた効果で、その範囲を縮めていたけど、それでも首元まで真っ黒だ。
薄っすらと目を開けて、ぼくたちの姿を映した精霊王様は、とっても小さな声でこの部屋から出るように促す。
「ど、どうしよう」
近くで見たら、この牢の柵に使われている木の太さが思ったより太くて、意外と頑丈な作りだった。
ぼくと真紅でこの柵を壊すのは無理じゃない?
あわあわとしたぼくは、クルリと後ろを向いて、部屋と地下通路の境目ギリギリで様子を見ている兄様たちへお願いする。
「セバスーッ。やっぱり、けんを……」
この柵に投げて壊してくださーい、てお願いしようとしたら、その柵の方向からバキバキ、メキメキって怖い音がしたよ?
恐る恐る振り向くと、真紅が左右の小さな手に一本ずつ柵を掴んで、力いっぱい横に押していた。
へ? まさかそんな、小さな真紅の力じゃビクともしないと思う……思う……けど、柵がバキバキと音を立てている。
「んゆ?」
パラパラと上から土塊が落ちて来た。
「ふんっ!」
一際力を込めた真紅が左右に腕を広げると柵の一部がぱっかりと広がった。
「わー、すっごい! すごーい、しんく!」
広がった柵の間から精霊王様の体を通すことができそう!
「はやく、はやく」
どうやら、ぼくの浄化の力は後から供給された瘴気を祓う能力まではないので、ここでグズグズしていると黒いモヤモヤに覆われてしまう。
いそいそと柵の間を通り精霊王様の腕を持ち上げようとして……。
「おもい」
あれれ? 重いよ?
そんな、バカな!
いくら精霊王様が大人の大きさだとしても腕の一本も持ち上げられないなんて……。
「……おもい」
あれれ? ぼく、精霊王様を白銀が作った次元の裂け目まで運べない。
ど、どうしよう……。
あまりのショックにウルウルと両目に涙が込み上げてくる。
「何、泣いてんだっ、グズ。早く精霊王を運び出すぞ」
真紅がぼくの体を横に押しやり、さっさっと精霊王様の体を持ち上げようとする。
「え……おもいのに」
真紅一人で精霊王様の体を運ぶなんて無理でしょう?
やっぱり、セバスに頼もうと真紅から目を離した隙に、真紅は「おりゃーっ」と掛け声かけてよいしょっと精霊王様の体を背負ってしまった。
「え? ええっ!」
真紅の体が小さいから、精霊王様の腰から下は地面に引きずっちゃうけど、移動はできそう。
「す、すごーい! すごーい、しんく。かっこいい!」
「そ、そうか?」
「うん。すっごい、すっごい、かっこいい!」
ぼくは興奮して真紅を褒めた!
今までこんなに真紅を褒めたことなどないぐらいに、褒めた!
「べ、別にこれぐらい。じ、自慢にもならないけどな!」
真紅が上機嫌でズルズルと精霊王様を引き摺りながら土牢から出ていく後ろをぼくがトコトコと付いていく。
ぼくも真紅の力持ちにびっくりしたけど、精霊王様も目を見開いてびっくりしてました。
「おーい、真紅。早くしろ。次元の裂け目が閉じちまうぞ!」
おっと、大変、急がなきゃ。
「しんく」
「ああ。レン。お前は俺様のそばを離れんなっ。お前の周りだけ浄化の力が働いているみたいだ」
んゆ? そうなの?
「わかった」
ぼくはコクリと力強く頷くと、キュッと真紅の服の裾を掴んだ。
ズルズル、トコトコと移動して白銀が作っただろう次元の裂け目まで移動していく。
土壁に縦長の空間がある。
覗くとずーっと真っ暗な、何も見えない空間。
これが、白銀が作った神界へと続く次元の裂け目。
「ごきゅり」
「何、緊張してんだ。とっととこいつを放り込むぞ」
真紅は背負っていた精霊王様の体を乱暴に地面に降ろすと両腕を掴んで裂け目へと押し込もうとする。
「まって、まって」
まだ、ダメでしょう?
「ああん?」
真紅が怪訝な顔でぼくを睨むけど、土の精霊王様をえいやって放り込むのは待っててくれるみたい。
「だって、とりさん、いない」
紫紺が言ってたもん。
神界まで土の精霊王様を連れて行ってくれる道案内の鳥さん。
「紫紺ーっ! 鳥がいねぇってよ」
真紅がやけくそのように叫ぶと紫紺の「なんですってー!」という怒声が返ってきた。
ぼくは思わず両耳を手で塞ぎます。
やーっ、うるさい、です。
紫紺が怒りの声を上げると、次元の裂け目からぴょっこりと黒い頭が出てきました。
「んゆ?」
鳥さん……黒い鳥さん……なんか、あっちの世界の鴉みたいな?
「しんく、とりさんいた」
「おう。じゃあ、放り込むぜ」
真紅は精霊王様に了解も取らずに、ほらよっと軽い感じで次元の裂け目にその体を放り込んでしまった。
「あ……」
動揺するぼくの耳に「カアーッ」という聞きなれた鳥の鳴き声。
その鳴き声に呼応するように次元の裂け目は徐々に閉じていき、数秒もしないでただの土壁と戻ってしまった。
「だいじょうぶ、かな?」
「ああ? 平気だろ。あとはあの方の仕事だ。おらっ、戻るぞ」
真紅にポンッと軽く肩を叩かれたぼくは、そのままその場にバタンと倒れた。
意識が……遠く……なっていく。
耳に兄様や紫紺のぼくの名前を呼ぶ声が……閉じかけの目には、ぼくへと走ってくる白銀とセバスの姿が見えた気が……した。