家族 1
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いつも、ありがとうございます。
「んゆ?」
眩しい…。
ちょっと顔を顰めて、目を細く開ける。
白いレースに囲まれたベッド、天蓋付きの広いベッド。
ぼくはムクッと体を起こして、左右を見回す。
ここは、兄様と一緒に寝起きしたベッドの上。
なのに、兄様はいない。
いつもなら、起きたぼくの額におはようのキスをしてくれるのに。
ギュッとシーツを掴む。
ダメだった?
兄様、ダメだった?
「…っ。ふぇ……っ。うっ、うっ」
ガチャッ。
「レーン!起きたか?腹減ったろう?ごはんだぞーっ」
トテトテと白銀が能天気な声を出して、ポスンとベッドに飛び乗る。
「レン?起きたの?」
紫紺も続いてポスンとベッドに飛び乗ってくる。
そしてぼくの泣き顔を見てビックリ。
「ど、どうしたの?」
「……に、いたま…は?」
ふたりは顔を見合わせたあと、安心したように深く息を吐いた。
「大丈夫だぞ。ヒューもレンが起きるの待ってたんだ。ほら、ごはん食べに行こう!」
ペロッと白銀に頬を舐められる。
「そうよ。ギルもアンジェも待ってるわ。早く行きましょ?」
トン、とぼくのお腹に両前足を乗せて紫紺が誘う。
コクリと頷いて、もそもそとベッドから這い出して、ぴょんと飛び降りる。
部屋に入ってきたメイドさんが、顔を拭いて着替えさせてくれた。
いつもは兄様と一緒に行く食堂までの廊下を、メイドさんに手を繋がれてトコトコ移動する。
ぼくはドキドキ。
本当に兄様は大丈夫だったの?
怪我がひどくて動けないとかじゃないよね?
「……んゆ?」
食堂じゃなくてサロンへと案内される。
メイドさんの顔を不思議そうに仰ぎ見ると、メイドさんは苦笑して、
「こちらで旦那様たちがお待ちですよ」
「にいたまも?」
「ええ。皆様お揃いでレン様をお待ちですよ」
そう言って開けたドアから、父様と母様が座っているのが見えた。
横にはセバスさんとマーサさんがいつものように控えている。
そして、後ろ向きに見えるのは…。
「にいたま?」
顔をこちらに向けて、金髪が日差しを受けてキラキラしてて、ニッコリ笑って。
「おはよう、レン」
兄様が、そこにいた。
辺境伯として爵位を継いで数年。
煩わしい分家の粛清にもう少し時間をかけるつもりだったが、愛息子の命と優秀な甥の命と天秤にかけたら、分家の取り潰しによる雑事など塵芥よりも軽い。
そう思って計画を早めたが、早めて良かった。
「まさか、呪いなど使う馬鹿がいるとは思わなかった。禁忌中の禁忌だぞ」
「左様ですね。しかしながら、彼らが馬鹿なのは分かりきったことですから」
しかも、甥のヒューバートの怪我が「呪い」のせいで完治しなかったなんて…。
治癒魔法をかけるのに幾度となく教会を訪ね、数えきれないほどの神官と会ったというのに、誰一人気づかないとは……、あいつらは間抜けかっ。
「大神官も気づかないなんて……」
「呪いが禁忌とされて随分経ちますからね」
これっぽちも大神官をフォローする気もないくせに、言葉だけは丁寧に言い繕う、辺境伯の執事。
兄貴のところのセバスチャンの兄だが…この一族の男はどうもいい性格をしている。
「しかも、レイラだけでなくアンジェ義姉上にまで呪いをかけていたなんて…な」
「盲点でした。まさか、そこまで次期辺境伯の地位を狙っているとは……」
まったくだ、と呟く。
辺境伯とは、そんなに旨味のある地位ではない。
高ランク魔獣討伐が頻繁に出されるハーヴェイの森と隣接し、海からは他国の貿易船とともに怪しい積荷と怪しい奴らも運び込まれ、下手したら隣国の兵が軍船に乗って訪ねてくる、愉快な領地だ。
力を付け過ぎれば王家に怪しまれ、財を貯めこめば高位貴族に目を付けられる。
代わってくれるなら代わって欲しいが……、領民のことを考えれば俗物どもに渡せるわけもなく……。
まったく、損な役割だ。
「とにかく、これでレイラ様とユージーン様も戻ってこれますよ」
「ああ…。長かったな。久しぶりに家族が揃う」
ヒューの事故のあと、息子ユージーンの暗殺未遂が続き、2年前から父親の住む海辺の別荘へと、妻と一緒に避難させていた。
時々は帰ってきていたが、やっと家族で過ごせる日々が戻ってくる。
「その前に、奴らの取り調べと裁判と処罰がありますが……」
「ああ…。何人かは王都に送らないと、実家がうるさいだろうな」
分家の伯爵家に嫁いだ侯爵家の者やその使用人。
他にも何人かいるだろう。
「まだまだ、ゆっくりとはできませんね」
執事はとてもにこやかにそう言い放つ。
「ああ、そうだな。楽しみだ」
もちろん、私もいい笑顔でそう返す。
対面のソファには父様と母様。
ぼくの左隣には白銀と紫紺。右隣には兄様。
いつもご飯を食べたあとの、お茶を飲むときと同じ。
あー、落ち着く。
ぼくはにこにこと食事をする。
たまに兄様が「あーん」をして、ハムとか卵とかをぼくのお口に運んでくれる。
もきゅもきゅ。
「食事しながら話すことではないが……。レンにも教えておくな」
「あい」
「ヒューとレンを拐った奴らは全員捕まえて、関係した奴らも捕縛したから、もう大丈夫だ。俺はしばらくその関係で忙しくなるけど……」
あー、父様、また家に帰れない日が続くのか…。
が、頑張れ父様!
「実はな、俺たちの親戚というか、分家たちが犯人でな……。今回で悪い分家は全員潰すから、ブルーベル辺境伯領はますます良い領地になるはずだ。だから……レン、怖い思いしたと思うけど…、もう大丈夫だから…そのう…」
?
父様は何が言いたいの?
ぼくはお口もごもごしたまま首を傾げる。
白銀と紫紺が食べ終わったあとの毛づくろいを止めて、すんごい冷めた目で父様を見ているよ?
「父様……。そんな遠回しに言ってもレンには分からないですよ。レン、これからもここに居てくれるかな?」
「えっ!」
ぼく、ここに居ていいの?
だって。
だって……。
ぼく、辺境伯様のところに引き取られるんでしょ?