精霊王様を助けよう 4
地下通路の奥、行き止まりに作られた部屋は思っていたより広くはなかった。
泊っている宿屋のぼくと兄様の部屋ぐらいだった。
ぼんやりと灯りに照らされた空間は重くて冷たい気配に満ちていて、足を運ぶのに躊躇してしまう。
セバスがそっとドロシーちゃんと繋いでいた手を放し、部屋に一歩進もうとして阻まれる。
「……それ以上、進むな」
白銀がグルルルッと喉で唸ってセバスの足元へ爪で一閃し、地面にピシッと亀裂を入れた。
ビックリしたぼくが白銀の顔を見ると、顔を険しく歪めて牙を剥き出しにしている。
「しろがね?」
いつもの白銀とは違う姿にキョトリとしていると、その後ろに立つ紫紺までがピシンと尻尾を強く叩きつける。
「ヒューたちも動かないで。チルとチロ。モグラたちはディディのそばに行きなさい」
「しこん?」
ぼくの肩からチルがビュンと飛んで、ディディの背中へと移っていく。
兄様と離れたがらないチロは、兄様が丁寧に両手で包んで移動させていた。
ドロシーちゃんと土の精霊チャドも、アリスターの姿にオドオドしながらもディディのそばへ。
ぼくは、何も答えてくれない二人の体の隙間から部屋を覗き見てみた。
でこぼこした土の壁に床、それ以外は椅子もテーブルも何もない部屋。
その奥の奥に、ひと際暗い場所がある。
木の格子で遮られた場所……土の精霊王様が捕まっている土牢。
目をよく凝らして見るけど、本当に精霊王様が牢の中にいるんだろうか?
「んゆ?」
なんか、ちょっと土が動いた?
あれれ? 違うよ。
土じゃなくて茶色の長い髪だ!
「しろがね、しこん。にいたま。せーれーおーさま、いる」
ぼくはビシッと牢の方に指を向けて、兄様たちに助けなきゃと訴える。
「レン。ちょっとまて。この中は軽々しく入れる場所じゃない……。邪気に満ちすぎている」
「そうよ。いま、アタシたちが牢に近づいたら、土の精霊王は一気に闇に堕ちてしまうわ」
えっ! そうなの?
「でもでも、じゃき、みえない」
おかしいな? ぼくは白銀たちが見えない瘴気でさえ、黒いモヤモヤとしてハッキリ見ることができるのに、なんで邪気が見えないの?
「白銀。それじゃ精霊王様の救出は白銀たちでは危ないってことかい?」
白銀たちが部屋の中に入れないなら僕が行くよ、とばかりに兄様が前のめりで白銀に問いかける。
「あー、やめておけ。お前らも邪気に侵される。ディディのそばに妖精を移動させたのは、あいつらの場合は消滅しちまうからだ」
ええーっ! チルとチロが消えちゃうの?
「それは、やだ」
ぼくはブルブルルルと激しく頭を左右に振ります。
「うーん。さすがのセバスでも危ないと思うのよ。ただねぇ……」
紫紺が悩ましく眉を寄せて、白銀の背中に陣取る真紅を見つめます。
そして、チラッとぼくのことも。
「「はあーっ」」
二人してすごい深いため息。
「本当なら、精霊王の救出は諦めるべきなんでしょうけど、あたしたちは精霊王たちに借りがあるからね」
「そうだな。本来なら別な奴に頼めと投げたいところだが……」
今度は二人してがっくりと項垂れてしまいました。
ぼくと兄様たちがオロオロと白銀たちの様子を窺っていると、ガバリと紫紺の頭が持ち上がりました。
「あー、もう。しょうがないわ。やるわよっ、白銀!」
「ああ。覚悟を決めようぜっ、紫紺!」
「ピイピーイ、ピイピイッ」
<なんか大変そうだな。ま、頑張ってくれお二人さん。俺様はトカゲの背中で休んでらぁ>
白銀の背中からぴょんと飛び降りてベチャッと着地に失敗した真紅は、短い足でトテトテと歩き出し…………あ、潰れた。
ギュムッと紫紺が真紅の体を踏み潰す。
「なに呑気なこと言ってんのよ。アンタがやるのよっ、アンタがっ」
「そうだ。邪気が神気に反応して増幅するなら、神気の無い神獣の出番だろーがっ」
「ピーイッ」
<俺様が死んでしまうっ>
土の精霊王様を見つけ出し救出する寸前で、神獣フェンリルからストップがかかった。
僕の髪を一房握っている水の妖精チロも、レンの周りを元気に飛び回っている水の妖精チルも、土の精霊王様に近づくのは危険な状態らしい。
ここまで案内してきた獣人のドロシーと土の中級精霊チャドにも、なるべく後ろにいるように指示が出た。
ぼくたちの後ろにいるのは、アリスターと火の中級精霊ディディ。
存在が弱い者たちは、なるべくディディのそばにいて、いざとなったら浄化の炎で包んでもらえと白銀と紫紺は言う。
僕はチルとチロ、ドロシーたちをアリスターに任せて、セバスと目を合わせ部屋の奥にある土牢に入れられている土の精霊王様を助け出すために一歩進もうとした。
「だから、危ないって」
ガウッと白銀にブーツ越しに足を噛まれ動けなくなる。
「だけど、精霊王様を助けないと他の作戦が……」
ここでグスグスしていると石柱の破壊が始まってしまう。
「ヒューやセバスでも、あの状態の精霊王に近づくことは許さないわよ」
ズズイッと紫紺の顔がドアップで迫ってきた。
「でも……。僕らが行かないと、レンと真紅が……」
白銀と紫紺が立てた苦肉の策は、邪気に首まで侵された土の精霊王様にこれ以上邪気を与えないよう、邪気へと転ずる神気を遠ざけつつ瘴気に強く、救出に向かうのは神気の少ない創造神が創ったモノ――つまり神獣フェニックス真紅。
そして、もう一人。
邪気と瘴気が混じったこの場所は、僕たちにとってかなり危険で、クラク森でもらった瑠璃の鱗の欠片に込められた火の精霊王様の浄化の力がなければ即死だろうと。
その邪気と瘴気の中心である精霊王様に近づくには、もっと強い浄化の力が必要だと。
土の精霊王様の影響で力が弱っている土の中級精霊チャドには無理だし、火の中級精霊ディディはチルたちを守るのでいっぱいいっぱいだ。
「いるんだよ……。ここに、もう一人、浄化ができる奴が……」
「本当に……。なんでこんなことになるのかしら……」
白銀と紫紺が助けるはずだったのに、その強い神気のために僕たちと同じく部屋に踏み込むこともできない。
土の精霊王様を救出できるのは、神獣なのに神気がほぼ無い真紅と、浄化の力が使える……僕の弟、レンだけなんて……。
僕は不甲斐ない自分へのいら立ちに、ギュッ両手を強く握りしめる。