精霊の泉 4
ガチャガチャと鎧が音を立てる。
騎士たちが忙しなく動き回っているせいだ。
騎士は俺の元に来ては、子爵が企てた悪事の証拠がどうとか、隣の領地で暴れていた賊の仲間だとか、必要な報告をしていくが…、俺はそれになんて答えているのか分からない。
機械的に役目をこなしているが、俺の意識は全て物置小屋に残された子供たちの痕跡に向けられていた。
ここには、レンの保護者である神獣フェンリルと聖獣レオノワールもいない。
怪我をしてはいないか?怖がっていないか?無事にいるんだろうか?……生きているんだろうか?
賊の一人がぶちまけた血の痕に、子供たちの血が混じっていないことを祈る。
「……団長…」
気遣った騎士のひとりが遠慮がちに声をかける。
こいつは今日の捕り物で騎士団本部に控えていた騎士で、俺がヒューの捜索に連れて来た精鋭中の精鋭だ。
だからこそ、レンと初めて出会ったハーヴェイの森の調査にも付き合っている。
あの神獣フェンリルと聖獣レオノワールが発した驚異的な魔力の調査で、騎士団の被害を極力抑えるために、少数精鋭で向かった森だ。
そのときの騎士が幾人か、今回も同行している。
みんな、レンと出会い言葉を交わしたからこそ、俺と同様の想いを胸に抱えてくれている。
しかも、ヒューとは5~7年前から騎士団の練習で奴らが新人団員のときに共に過ごしている。
「……団長。街に約束の狼煙が上がりました」
俺は街がある空を見上げると、夜空に細く煙が立ち昇っていた。
数を数えると5本。今回、辺境伯分家で捕縛する5家と同数の狼煙が上がっている。
作戦は成功したようだ。
「…そうか…」
俺は胸を撫で下ろした。
せめて、犯人だけでも捕まえられれば、この先のブルーベル辺境伯領の領政は安泰だろう。
前辺境伯時代からの懸念が払えることに安堵を覚える。
ただ…犠牲が出てしまった……。
辺境伯嫡男の暗殺は未然に防ぎ、辺境伯一家の安全も確保できていた。
ただ、自分の子供を守れなかった……。
四年前も…今も……。
あの、小さな子供まで巻き込んでしまった……。
俺は項垂れ、利き手の剣を強く握った。
胸に苦いものが広がる。
もう……、ヒューにもレンにも……会えないのか…。
「団長!」
「団長…あれ」
バンバンと強く肩や背中を叩かれて、しぶしぶ顔を向けると、
「あ……、あれ。あれ…もしかして…」
騎士のひとりが震える指で森の中を示す。
なんだか、暗闇に薄っすらと白く光るものがこちらに近づいてくる。
「ん?」
よく、目を凝らして見てみる。
白いものの隣に何かが宙に浮いてプラプラ揺れている?
「んん?」
なんか、丸い光がその周りをふよふよ飛んでいる?
なんだ、あれは?
「……ま…」
んん?何か聞こえる?
「とーさまー!」
ビクン!と体が跳ねる。
今の声……。
子供特有の高い声。それは…。
俺は考えるより先に走り出す。
まさか……まさか…。
森の木立を抜けて、白いものの正体は白銀の輝く銀色の体毛で。
プラプラしていたのは、暗闇に紛れて見えなかった紫紺に咥えられていた意識の無いレンの小さな体で…丸い光の玉は…よくわからん。
それよりも……ヒューが、ヒューが、白銀の背中に跨ってこちらに大きく手を振っていた。
「ヒュー!」
名前を呼んで白銀の背中から抱き上げようとした俺の手をすり抜けて、ぴょんと飛び降りるとガクッと体のバランスを崩しながらも、俺の胸の中に飛び込んできた。
ぎゅっうと抱き込む、我が子を。
「ヒュー!」
「父様。……心配かけて、ごめんなさい」
俺は声を出すことができずに、否定するため頭を左右に振って、ヒューを抱く腕に力を込めた。
「こんなものか」
ブルーベル辺境伯領騎士団副団長。
前騎士団長は目の前に捕縛された奴らを見て、満足そうに笑った。
前辺境伯と盟友であり、実は分家である男爵家出身の彼は、今回の捕り物、前時代からの膿を取り除くことに、特にやる気を見せていた。
ちまちまとした小細工が鬱陶しく、最近ではまだ子供の本家の嫡男や我が孫のように可愛がっている弟子の子にまで、その魔の手を伸ばしていることに、怒りが爆発寸前だったのだ。
しかも、いよいよ捕まえて極刑にしてやると楽しみにしていた当日に誘拐まで犯した奴らが、腹立たしくて腹立たしくて!
今、自分たちの前に縄をかけられ一列に並べられ正座をさせられている悪党ども。
「ふむ。いい眺めだ」
自分が捕縛に赴いたのは分家筆頭の伯爵家。
他子爵家3家と男爵家1家の計5家が捕縛対象。
今回と関係のないまともな分家は子爵1家に男爵家が2家しか残ってない。
ただでさえ、辺境の地は魔獣の襲撃や隣国の侵略、貿易船の検めと仕事が多いのに。
権謀術数がやりたければ王都にでも行けっと言いたい。
というか、殴りたい、殴ったけど。
「副団長、各隊狼煙が上がってます。こちらも先ほど上げました」
「了解」
終わったか。
これからは辺境伯直々に取り調べ、裁判、処罰となる。
まあ、家は取り潰され、もっとマシな奴らが爵位を得るだろう。
ブツブツと何かを呟き、現状を直視できていない白髪頭の伯爵がいる。
こいつは前辺境伯と自分と同年代の奴だったが、剣術でも勉学でも前辺境伯に劣り、終いには惚れた女にも相手にされずに、その人は前辺境伯夫人となった。
哀れなやつめと一瞥したあと、騎士団の牢に入れるべく騎士たちに馬車の用意を指示する。
「ギルの奴は、無事にヒューたちを助けられたかな?」
夜空に細く上がる5本の煙の柱を見上げながら、副団長は呟いた。