石柱の魔法陣 6
剥き出しの土の上をなるべく静かに歩き進むと、ほんのりと灯りが見えてきた。
いったいどれぐらい歩いたのだろう?
感覚的には、モンステラ伯爵様の広い農場を横断してしまったぐらい遠い道のりだった。
こんな奥深くまで進んだことはないし、元々は魔物のワームが掘った地下通路だと思えば魔物への恐怖も湧いてくるし、胸に抱いた土の精霊様である小さなモグラに対しての警戒心も薄っすらとあるし……。
しかも、このまま進めば土の精霊王様が悪党たちに捕まって牢に閉じ込められた所に行きついてしまうのだ。
……か、帰りたいようぅぅぅっ。
灯りに近づこうとしたあたしの耳に誰かの話し声が聞こえてきた。
「だ……だれ?」
小声でモグラ姿の土の精霊様に問いかけてみれば、ピンク色の嘴を小さく開けて「隠れて」と発する。
キョロキョロと辺りを見回して見つけた窪みに自分の体を捻じ込む。
灯りがどこからか入り込む空気の流れに揺れてユラユラとその人たちの影を浮かべていく。
ゴクリ……恐怖で失神してしまいそう……。
それでも恐る恐る首を伸ばした覗いたその先には、数人の見慣れない人相の悪い男の人たちと、何故か珍妙な恰好して道化師の化粧をした男の人?
その奥に木で雑に組まれた格子があり、その中に長い髪を垂らした女の人が力なく横たわっていた。
手足を鎖のようなもので縛られていてぐったりとしているその体の足先は、真っ黒に染まっていた。
「…………っ!」
その黒さの悍ましさに叫び声を上げそうになったあたしは、自分の両手で口を塞いだ。
男たちはその女の人――たぶん土の精霊王様を見ながら何か揉めているようだった。
男の人の一人は苛立たし気にガツッと足で地面を蹴り、牢の中へバッと土を放り込んだ。
「ちっ! ここまでうまくいっていたのに」
「おい、落ち着けよ。俺たちの仕事のほとんどは終わってんだ。失敗したのは俺たちのせいではない。なぁ、そうだろう? 道化師の旦那」
もう一人の男の人が、いきり立っている男の人の肩を掴み、ニヤニヤとした笑い顔で奥に佇む道化師の恰好をした男の人へと声をかける。
「そうだな。俺たちはあの石柱を建てる大工たちに潜り込んで例のブツを仕込んだし、こうやって土の精霊たちの力を削ぐのにも成功している。それも! 土の精霊王とやらを捕まえるなんて神業までやってのけたんだ」
もう一人の男の人は他の男の人たちの背中をバンバンと勢いよく叩き、上機嫌で自分たちの仕事ぶりを道化師の男の人にアピールした。
「だから、アンタが望んでいた結果が出なかったのは、俺たちのせいじゃない。そうだろう?」
ニヤリと嫌な笑いを浮かべ、道化師の男の人の顔を覗き込んだその人は、「うわっ」と仰け反って慌てて道化師の男の人と距離をとる。
「……や、いやだなぁ、旦那。そんな怖い顔で睨まないでくれよ」
上機嫌だったのに一転、その男の人は脂汗を額に浮かべ、諂うような顔になった。
「そ、そうだよ。俺たちはただ、そのぅ、報酬を約束どおり払ってくれればいいんだよ」
「そ、そう。そうそう」
二人の男の人も、道化師の男の人に向かってビクビクしながら引き攣った笑顔でお金を要求している。
道化師の男の人はユラリと奥の暗がりから出て、ポーンと革袋を男たちへと投げた。
受け取った男の人の手が、その袋の重さで僅かに下がる。
「お……、おおーっ! すまねぇな、旦那。おい、俺たちはここまでだ」
「そ、そうだな。この後のことは俺たちには関係ないしな」
お金を受け取った男たちはいそいそとここから出て行こうと、土壁に立てかけていた武器を手に取り、道化師の男の人にヘラヘラと愛想笑いで頭を下げた。
……ゴトリ。
ひいいいいっ!
あたしは涙目で口を塞いだ両手に力を込める。
な、なんで? どうやって?
道化師の男の人の横を通り過ぎようとした男の人の……首が……落ちた。
「ひいいいっ!」
「うわわわわっ!」
あたしが上げられない悲鳴を、殺された男の人の仲間が上げた。
しかし、その声がまだ地下通路に響いている間に、ゴトリ、ゴトリと首が……落ちた。
「…………」
道化師の男の人は、殺した仲間を一瞥することもなく牢の前と進み、じっと土の精霊王様を見ているようだった。
あたしからは道化師の男の人の背中しか見えないから、本当はどうなのかわからないけど。
道化師の男の人がパチリと指を鳴らすと、ほんの少しの地響きのあと、三人の死体が土に呑まれ消えていった。
ひ、ひいいいっ! 怖い怖い怖いっ!
見つかったら、死ぬ! 絶対に殺されるぅっ!
そう確信したあたしは、土壁の窪みから覗くことを止め、ぴっちりと窪みに嵌り微動だにしなかった。
だから、ここから先は会話だけ……ううん、土の精霊王様の言葉だけです。
あの、道化師の男の人は一言も喋りませんでしたから。
「仲間を殺したか。外道め」
「ふふふ。我を邪気に染めて何かを達成したつもりか? 浅はかな。精霊王はまだいるぞ。お前など他の精霊王に容易く消されるだろうよ」
「ああ、悔しいのか? ここまで瘴気を操り土地を汚染させたのに、肝心の魔法陣が不発だったのが?」
「あーはははっ。愚かな。魔法陣によってこの国の者から魔力を奪い何をするつもりだったのか知らんが、所詮、外道の成すことよ。これから何度試そうとも、お前の思い通りにはいかぬ。我ら精霊王がある限り瘴気など浄化してやるわっ」
「今回は我らの力ではないがな。お前らが知らずに記した魔法陣の中に、とぼけた奴がいたからじゃ」
「ふふふ。まさか聖獣なんぞに助けられるとは思わなんだ。だが、お前らの悪事は必ずあの方の知ることとなろう。さすれば、あの方の僕たちが立ちはだかるだろうよ。神獣聖獣たちにお前如き矮小な者がどこまで通用するか。この地の底から我は楽しみにしていてやろう」