石柱の魔法陣 5
――どうして、こんなことになっているんだろう?
いつものように獣人の子たちに虐められて、逃げるようにセシリア先生の研究室に行って、そこで最近モンステラ伯爵領を訪れた先生の婚約者さんと会って、なんでもないお話をしていたのに、あっという間にクラク森の奥深く、石柱が建つ所に連れて来られたあたし。
そこには、先生の婚約者さん――ティーノさんがお仕えする隣国の辺境伯騎士団長のご子息たちがいたの。
あたしは、大人より子供が怖い。
いつも虐めてくるのは子供たちだし、特に獣人の子供は「成り損ない」と言ってあたしの手を叩いたりするから怖いの。
だからご子息たちはちょっと苦手だし、その従者の獣人の少年はもっと苦手。
連れて来られた場所で、彼らを視界に入れた途端、体が小刻みにブルブルと震えてきてしまった。
胸に隠した秘密のお友達の温もりだけが、あたしを守ってくれる。
ここで、あたしは頑張らないとダメなの。
ご子息たちの一人、弟君はあたしと同じかもしれない。
あたし、見てしまったんだもの。
彼らが泊っている宿の裏庭で、あの子がこっそりと土に魔法をかけて萎れた花を元気にしていたのを!
きっと、あの子もそうなの。
あたしと同じ、土の精霊と友達なんだわ!
この呪われてしまった土地で、同じ土の精霊と友達の子と出会えるなんて……このチャンスを逃がしていけない……と思ったんだけど、話しかけるところでお兄様が気づいてしまって、あたしはその場を駆け去るしかできなかったの。
わかってる!
この地を、あたしの友達の土の精霊――チャドのためにも、あの子に協力してもらわないとダメだって。
あの子の……あの子が連れている神獣フェンリルと聖獣レオノワールの助力を請わないと、土の精霊王様が、このアイビー国が呪いに堕ちてしまう。
だ、だけど……連れて来られた場所にはよく知らない冒険者の人たちとか、変な恰好をした知らない女の人とか、な、なんか怖い男の人と凄い迫力の女の人がいて、ジロリとあたしを睨んでいる?
こ、怖いよう。
……そして、あっさりとあたしの秘密の友達はバレてしまった。
まさか、あの子の連れている子が水の妖精で、あたしの服に潜り込んでチャドをお披露目してしまうなんて思わなかったんだもん。
あたしは、あの日のこと、チャドと初めて会った日のことをみんなにポツポツと話しました。
怖い男の人――水の精霊王様と迫力ある女の人――火の精霊王様の圧に負けました。
ティーノさんが香り高い紅茶と甘いお菓子を用意してくれたから、すこし緊張は取れたけど。
あの日、セシリア先生の研究室での手伝いが終わったあたしは、モンステラ伯爵様から割り当てられた宿舎には帰らずに、農場の物置小屋の裏にこっそりと足を運んだ。
これはいつものことなのだ。
割り当てられた宿舎には、あたしを虐める獣人の子供たちがいる。
虐められるぐらいなら外で寝起きしたほうがマシかもと思い、あたしはずっと外で寝ていた。
もちろん、本当に外で生活しているわけじゃない。
あたしは農具で隠しておいた秘密の入り口から地下へと降りていく。
手の平サイズの灯りの魔道具を頼りにゆっくりと下まで降りると、迷路のように広がっている地下通路をトコトコと馴れた足取りで進んで行く。
ここは、元々あった地下通路……といっても魔物のワームが棲息していた名残だろうけど。
この地下通路まで下に降りる穴は自分で掘って、通路を少し進んで地盤の固そうな所を選び掘り広げた。
そこがあたしの秘密の場所、寝床だったの。
もともとモグラの獣人だから、土の中でも狭い所でも気にならなかったし、みんなが嫌がる獣人の特徴丸出しのこの大きな手と爪だって、土を掘るのに重宝したもの。
いつものことだから……と暗い通路を歩いてるあたしの前にボトリと落ちてきたのは、小さなモグラだった。
「モグラ……?」
自分の鋭い爪で傷つけないように慎重にモグラの足を摘まんで、顔の前にまで持ち上げてジロジロと観察してみる。
「……きゅう」
「い、生きてるの?」
あたしはモグラを両手に持ってアタフタと動揺したあと、一目散に自分の寝床へと走った。
タオルの上に小さな体をそっと寝かして、怪我がないかあちこち確認してみるけど出血もないし、怪我はしてないのかな?
ホッと安心したのも束の間、モグラはその口にあたしの爪を咥えチューチューと吸い出したのだ!
「えっ? ひ、ひぃぃぃぃっ」
怖くて思いっきり手を振って放したいけど、そんなことしたらこの小さなモグラは死んでしまうかもしれない……でも、あたしの気持ちがもたないぃぃぃっ。
半泣きでじっと固まること数分……キュッポとあたしの爪を口から離したモグラはムクリと起き上がると深々とお辞儀をしてきた。
「どうも助けていただきありがとうございます」
「へ?」
「緊急事態でしたので、許可を得ないまま魔力を頂戴しました。すみません」
「え?」
「重ね重ねご迷惑をおかけしますが、どうか助けてもらえませんか!」
「うえっ?」
なになに、何?
このモグラは何を言っているの?
え、ちょっと待って。
「…………しゃ……、喋った……。モグラが……喋ったあぁぁぁっ?」
ズザザザッとお尻で後退りをして、両腕を顔の前で交差して防御の構えをしたけれど、こんな不気味な生き物に対して意味はないのかも。
ど、どうしようっ。
「ふうーっ。すみません、気が急いてしまって。わたし、土の中級精霊のチャドと申します。モグラの姿ですけど」
「へ? 土の精霊様?」
人語を話すモグラの言葉に反応して交差した腕をだらりと降ろして、改めてモグラを見てみる……いや、モグラだよね?
「獣人のお嬢さん。お願いです。助けてください!」
「え、ええっと、土の精霊様。あたしはあまり役に立たない子なので、助けはちゃんとした大人に頼んだほうが……」
「一刻を争うのですっ!」
自称、土の精霊はタタタッと走ってぴょんとあたしの胸に飛び込んできた。
その円らな瞳をウルウルと潤まして、必死に訴える。
「土の精霊王様をお助けください! この奥の土牢に閉じ込められてしまったのです!」
そ、そんな大事件、あたしじゃ無理ですぅぅぅ。
なのに、土の精霊――チャドに求められるまま、あたしは精霊王様が捕らえられている土牢まで地下通路を探検していくことになる。