石柱の魔法陣 3
火の精霊王様は一気にそこまで話して聞かせた後、美味しいそうにセバスの用意したお茶をグヒグビと飲み干した。
「結局、水のは頑固にも浄化の力を授からず、自分の眷属にだけ浄化の力を芽生えさせる能力だけをもらったのさ」
他の精霊王様たちはただちに浄化の力を持つ精霊たちを創り、引き連れ世界を周り神気の混じった瘴気を浄化しまくった。
「その間に創造神は密かにご自分が創った神獣聖獣たちを神界に回収したのさ」
ここで白銀たちもさりげなく火の精霊王様からスーッと顔を背ける。
「でもね、瘴気に満ち満ちた世界の浄化は大変でね。我らの上位精霊たる光と闇の精霊王様たちの全精霊力を込めた浄化で、ようやくほぼ消し去ることができた。でも、まだ燻っている厄介な瘴気が残っているから、チビたちが見つけた瘴気の浄化に我らが赴いている」
昔、本当にものすごい昔に起きた争いの名残がまだあり、そのために動いている精霊がいる。
その事実に兄様たちは衝撃を受けたようだった。
でも、それよりも……。
『う、うそよ。おーさまがじょーか、できないなんて……』
水の精霊王様の秘密を知ったチロはショックのせいか、ポロリと兄様の肩から落ちて地面に両手両足をつけ、シクシクと泣いている。
チルなんて無遠慮に水の精霊王様の周りをふよふよ飛んで『へー』とか『ほー』とか言っているのに。
「チロは妖精なのに浄化の力を得ようと頑張っていたからね」
兄様が優しく両手でチロの体を掬って、労わってあげる。
そういえば、まだ妖精の身で浄化の力を欲してプリシラお姉さんの契約精霊である水の中級精霊のエメに教授してもらっていたね。
「ほら、かわいい眷属もショックを受けているじゃないか。今からでも遅くないから創造神に頭を下げて浄化の力をもらってきなさいよ」
ニヤニヤ笑いのまま火の精霊王様がグイグイと肘で水の精霊王様の体をつつく。
「いやだ。なぜ我があ奴等のために力を得なければならん。そもそもあ奴等が浄化の力を貰えばいいのでは?」
「……そういえば?」
そうだよね。
白銀たちが浄化の力があれば、諸々問題が簡単になるのでは?
ぼくが期待の籠った目で白銀と紫紺を見つめると、紫紺がばつの悪そうな顔で首を竦めた。
「そ、それは無理なのよ。あの方はあたしたちにギリギリの能力を与えたから、これ以上の力の譲渡は無理なのよ。下手したらあたしたちの魂の形が変わってしまうわ」
「あー、それこそ邪神まっしぐらだな……」
じゃしん? 邪神!
「だ、だめーっ! わるいの、ダメ!」
ぼくは慌てて白銀たちに駆け寄り、ひしっと二人の首に抱き着いた。
「じょーかー、ぼくがする! だから、ふたりはそのまま」
ぼくに浄化の力があるんだから、白銀たちの分まで頑張ります!
「コホン。とりあえず魔法陣とやらの規模を確認しておこう」
水の精霊王様がわざとらしく咳払いをして胡坐のまま両腕を水平に広げる。
その指先からチョロチョロと水が零れたかと思ったら、シュルルルと水の縄のように伸びで石柱をぐるりと囲んだあと、左右に伸びていく。
「わあああっ」
すごい! 魔法みたい。
ぼくがキラキラとした目で水の精霊王様を仰ぎ見ていると、ぼくの肩に戻ってきたチルが自慢するように胸を張り、兄様の手のひらの中でチロが感動して震えている。
みんなが水の精霊王様の様子をじっと黙って見守って、どれぐらいの時間が経ったのだろう。
やがて、水の精霊王様は閉じていた目をゆっくり開けた。
「ふむ。魔法陣だが、どうやら阻まれて完成しておらぬようだ」
ぴちょんと水音が耳に残り、鼻孔に雨が降った日の匂いが広がったぼくらに、水の精霊王様は淡々とした口調で告げた。
「魔法陣が完成していない?」
「うむ。どうやら、そこにいる聖獣ホーリーサーペントが張った結界のおかげで魔法陣の魔力が途中で途切れたようだ」
「え? 私?」
隅っこでじっと大人しくしていた蛇のお姉さんが飛び上がって驚く。
しかし、水の精霊王様はみんなの期待を裏切り、それだけ言うと口を噤んでしまった。
「と、とりあえず、魔法陣が未完成なら石柱を破壊して浄化すればアイビー国は元通りになるかもしれない」
「そ、そうだなリン。浄化は俺たち人族には無理だが、石柱の破壊はできるしな」
アルバート様とリンがなぜか焦ったように話し出す。
「……。魔法陣が未完成なのに、石柱を立てた奴らは何もしなかったのか?」
「たぶん、魔法陣の効果が自身に及ぶのを恐れて仕掛けだけして早々にアイビー国から離れたのだろう」
アリスターの疑問に兄様が忌々しそうに顔を歪めて応えていた。
「どうする? 水の」
「何がだ?」
「国一つ浄化するのだ。水のところと我のところだけでは足りぬ。風のはともかく土の居場所がわからぬのでは、助力が頼めん」
ブチッと焼き菓子を食い千切る火の精霊王様に呆れた顔を向ける水の精霊王様。
「土の居場所を知っている精霊を問い質すためにここに来たのだろう? そやつを呼び寄せよう」
サッと水の精霊王様が右手を上げると、シャラランランと鈴のような軽やかな音が当たりを埋め尽くす。
「んゆ?」
みんながそのキレイな音に心を向けていると、後ろのほうでドサッという何かが落ちる音がした。
振り向くと茶色の髪をキッチリ三つ編みにした女の子が、地面に打ち付けたお尻を大きな手で摩っていた。
「……ドロシーちゃん?」
はて? なんで彼女がここにいるの?