瘴気と浄化 7
お口いっぱいに焼き菓子を頬張って、もきゅもきゅ。
兄様が差し出してくれた果実水をごくごく、ぷはぁ。
「おいしい?」
「うん。おいちい」
兄様がニッコリ笑顔でぼくの顔を見つめるので、ぼくも笑顔でお返事です。
白銀は真紅と取り合いしながらもわいわい楽しく食べているし、紫紺と蛇のお姉さんは仲良くきゃいきゃいはしゃいでます。
アリスターは焼き菓子を豪快に一口で食べてます。
でも、こっそりとディディの分を取っておいてあげる優しい人です。
はっ! こんなにのんびりしている場合ではなかった。
お腹が満ちて眠気もゆっくりと襲ってきているけど、兄様にご報告しなきゃ!
ぼくは眉をキリリと引き締めて、「にいたま!」と大きな声を出しました。
アリスターがグルグルと石柱の周りを走っています。
「アリスター、何か感じたか?」
「ハアハア。何もないぞ。それより、いつまで走ればいいんだ?」
兄様はアリスターの返事を聞いて、今度は白銀たちに石柱の周りを調べるようにお願いする。
走り疲れてへたり込んでいたアリスターの体を乱暴にどかした白銀は、フェンリルの体で大きく伸びをして前足をカツカツと足踏みしてみせる。
「フン。俺が原因とやらを見つけてやるわ」
高らかに宣言すると石柱の周りを爆走し始めた。
「……バカじゃないの。競争してるんじゃないのに」
「ピイピッ」
<あいつがバカなのは元から>
仲間からの辛辣な声が聞こえたわけではないが、白銀は急にキキーッと急ブレーキをかけたように止まる。
「……おい、紫紺。ちょっと」
「なによ」
眉が下がって困り顔をした白銀が紫紺を呼び寄せ、ちょんちょんと地面を足で叩いてみせた。
「んゆ?」
何かおかしい場所でもあったのかな?
ぼくが石柱の周りの国境を越えると胸がひょん! てなっちゃう原因、わかった?
「ちょっとホーリーサーペント! 結界を解いてちょうだい」
「えっ! な、なんで? 今日は結界壊されずに済んだと思ってたのにぃ」
蛇のお姉さんの顔がべしょりと情けなく歪んでしまう。
「ちょうど石柱のある国境とアンタの張っている結界が重なっているから、感覚が鈍るのよっ。自主的に解かないと、あたしが無理やり壊すわよ?」
紫紺が最後の「壊すわよ?」だけ低っい声を出して、お姉さんに催促します。
「ひいいっ。わ、わかったわよ。ほいっ」
お姉さんが着物の袖をヒラリと翻すと、強固に張られていた聖獣の結界が解かれたようです。
「どう? あの子の神気がなくなったら、わかる?」
「……なんか、嫌な気があるな。フンフン。紫紺はどうだ?」
「そうねぇ」
地面を見つめながら難しい顔で白銀と紫紺が何かを話し合っています。
同じ神獣聖獣仲間なのに、ずっとお菓子を食べている真紅と結界を消してちょっとオオドオドしている蛇のお姉さん。
ぼくは、テテテとお姉さんに駆け寄り気になったことを質問してみました。
「あのね、おねえさん」
「あら、なあに。かわいい人の子よ」
白銀たちはお姉さんたちの神気が誰の神気なのかわかるみたいなんだけど、瘴気に混ざった神気が誰のものかはわからないのだろうか?
それがわかれば、瘴気に神気を混ぜている神獣か聖獣を説得して止めさせればいいのでは? とぼくは考えたのだ。
「難しいわねぇ。私たちの神気はそれぞれ特徴があって誰の神気なのかはわかるのよ。でも瘴気に混ざると変質してしまうのか、神気が混ざっていることはわかっても誰のものかはわからないの。そもそも私たち神獣聖獣には、瘴気がわからないしね」
そうだった……。
白銀たちは瘴気が判別できないんだったけ。
「しょっか……ざんねん」
落ち込んだぼくの頭をそっとお姉さんが撫でる。
「いい子ね。……私たちのせいでごめんなさい」
蛇のお姉さんは悲しい目をして優しく笑いました。
僕は白銀の説明に首を傾げた。
なんでそんなことになっているのか、わからないんだけど。
「いい、ヒュー。これは大変なことよ。この石柱の建てられた目的が何なのかはわからないけど、六本の石柱によって魔法陣が形成されているの。このアイビー国は大きな魔法陣の中にあるわ」
「魔法陣によって齎されたのが農作物の不作ならいいが……。たぶんもっと厄介なことだぜ。なんてたって媒介に瘴気を使っているんだからな」
白銀と紫紺が揃って顔を顰める状況で、レンの見たとおり瘴気が関わっているなら僕だけで安易に答えは出せない。
「アリスター。ここにセバスとアルバート叔父様を呼ぼう。今後のことを考えたら僕たちだけでは力不足だ」
「そうだな。一介の貴族子息ができる範疇を超えているよな。じゃあ、俺がセバスさんを呼んでくるよ」
アリスターが森の出口へと走りだそうとしたそのとき、何もない空間から大きな水の輪と大きな火の輪がそれぞれ出現し、その中からビュンビュンと何かが飛び出してきた。
『ただいまーっ!』
『ヒュー。あいたかったわ』
水の妖精チルとチロが水の精霊界から戻ってきたらしい。
チロはいつもの場所である僕の肩に鮮やかに着地してみせたが、チルはまたまた白銀の顔面に激突していた。
「うわっ。精霊王も来たぞ」
白銀の嫌そうな声に水の輪と火の輪に視線を戻すと、のっそりと水の精霊王が、スタスタと火の精霊王が姿を現したところだった。
……なんだか、嫌な予感がするな……。