瘴気と浄化 5
なんか……静寂が怖いです。
ぼくが、アイビー国の国境沿いに建てられて六本の石柱が「黒い」と発言したから、みんなが怖い顔で黙り込んでしまったの。
瑠璃だけは厳しい目で石柱を睨んだあと、緩く頭を横に振り神界へ報告しに去って行った。
「やれやれ。万能でない儂らには瘴気が見えん。だが、神気の混じった瘴気、不在の土の精霊王、そして黒い石柱のこと、しっかりとあの方に報告してこよう」
「頼んだわよ。たぶん、あの石柱……瘴気に染まっているんだわ」
紫紺がグルルと低く唸り、眉間に深いシワを刻む。
チルとチロ、ディディも神気の混じった瘴気の報告にそれぞれの精霊界へと走っていった。
いや、チロは兄様の側を離れるのを嫌がったけど、「おねがい」と兄様に頼まれて矢のごとく飛び出して行った。
『おれ、おいていくなー』
チルが泣きながら後を追い駆けていったけど。
「とりあえず、明日はモンステラ伯爵の所に行って、あの石柱のことを調べてこようぜ」
アルバート様がガシガシと頭を乱暴に掻いて言い放つと、リンたちも重々しく頷いて同意する。
石柱がいつ建てられたのか、何の目的だったのかの再確認と、誰が建てたのかの追求をするらしい。
「……だれ?」
アイビー国の国境沿いに建てるなんて公共事業なら、王様が建てたんじゃないの?
「うーん。命じたのはアイビー国の王様かもしれないけど、進言した人がいるはずでしょ。あと……アイビー国が不作に悩まされる前、若しくは石柱を建てる前に道化師の男、または道化師の男を連れた旅芸人が入国していないか、調べられないかな?」
「そうですね。ハーバード様に連絡してブリリアント王国からの質問として書簡を送ってもらいましょう。少々時間がかかりますが」
セバスが兄様に答えながら、既にスラスラと手紙を書き始めている! す、すごい!
「なんで俺たちには瘴気が見えないのか……」
「そうよねぇ。それに私たちが浄化の力があれば、自分たちが蒔いた種の尻ぬぐいもできたのにね」
蛇のお姉さんが頬に片手をあてて、ほうっと辛そうに息を吐いた。
「ピイピイ」
<今からでも力増やせないのか? 俺様が空からぶわーっと浄化をすれば……>
真紅が短い翼で腕を組もうとして組めない姿をニコニコ眺めていたら、紫紺の前足が真紅の小さな体をぶにゅと踏んだ。
「アンタねー、大人しくしてなさいよ。まだ神気だって戻ってないのよ? だいいち、アンタたち神獣にこれ以上力はいらないでしょ」
フンッと腹立たし気に鼻息を荒くした紫紺は、真紅を踏んだ前足をそのままに蛇のお姉さんに話しかける。
「ねぇ。本当にあの瘴気はアンタのせいじゃないのよね?」
「や、やだーっ! 疑っているの? 私はただ引き籠っていただけよ。本当よ?」
ジロリと睨まれた蛇のお姉さんは両手をバダバタと動かして身の潔白を申し立てるけど、動揺しすぎて余計に怪しくなっているような?
「紫紺。聖獣ホーリーサーペント様は無実だよ。むしろ、その結界のおかげで土の中の瘴気が抑えられたのかもしれない」
兄様が紫紺の背中を優しく撫でて、さりげなく前足から真紅を救出してくれた。
「ヒュー。どういうことだ?」
白銀がぼくの側に来てちょこんとお座りをするので、ぼくも白銀の背中をナデナデ。
「セシリアが調べただろう? 結界の中の土は、他の場所の土よりは状態が良かったって。それって土の中の瘴気が少なかったからじゃないかな? その場所に聖獣がいて神気が漂っていたから瘴気は広がらなかった」
「わ、私の神気?」
「ええ。貴方の神気が含まれた土がクラク森が枯れていくのを抑えていたんだと思います」
兄様のニッコリ笑顔に蛇のお姉さんは青白い肌をサッと薄紅色に染める。
「そ、そう。それなら、よかったわ」
はにかむように笑うお姉さんは、なんだか少し嬉しそう。
「おいおい、和やかになっているところ悪いんだが、明日の予定を決めちまうぞ」
アルバート様が不満そうにコツコツとテーブルを叩くので、ぼくたちはハッとして意識を変える。
そうだ、明日からはあの石柱について調べないと!
「ぼく、はしらにいく! ぼく、しょーき、わかるもん」
ぼくは雄々しく右手を上げて、主張したのだった。
次の日の朝。
まずは、モンステラ伯爵家を訪ねていろいろと聞き出してくるチームはアルバート様たち。
昨日の夜にお手紙を出して訪問の承諾は得ているとのこと。
セバスはセシリアさんの所に行って、石柱の近くで採取した土の調査を頼みに行くとみせかけて、モグラの獣人ドロシーちゃんの隠し事を探ってくる任務です。
そのかっこいい任務は、ぼくがやりたかった……。
でもドロシーちゃんは、一緒に働いている農場の子供たちから虐められているから、兄様やアリスターだと警戒しちゃうし、ぼく一人じゃ上手くお話聞けないから、セバスが適任なんだって。
ちぇっ。
じゃあ、兄様とアリスター、白銀たちとぼくはどこを調べるのかっていうと、ふふふ。
「はしら、いく!」
石柱の近くに行って神気が混じった瘴気なのか調べに行きます。
「レン。石柱は消えるものじゃないからチロたちが戻ってきてからでもいいんだよ?」
「んゆ?」
ぼくは兄様の言葉をよく考えてみる……考えて……んゆ?
「ぼくがいくの。ぼくもわかる」
ムッと眉間にシワを作ると兄様が慌てたように「そ、そうだね。レンもわかるものね」と言い繕い始める。
兄様ったら、瘴気がわかる妖精のチルとチロか、浄化が使える中級精霊のディディに調べに行かせて、ぼくを近寄らせないつもりだったでしょ?
もうっ! 心配してくれるのは嬉しいけど、ぼくだって役に立ちたいの!
「大丈夫だ、ヒュー。俺たちもいるしな」
「そうよ。危険がないようにわざわざサーペントがいるクラク森の近くの石柱を選んだんだから。これだけ神獣聖獣がいるんだもの。レンは大丈夫よ」
「ピーイッ」
<俺様に任しておけ。子分の一人ぐらい守ってやるぜ>
ぶにゅ。
あ、また真紅が紫紺に踏まれた。
「誰が子分よ。アンタなんて居候じゃないの。役立たずの」
「ピッ」
<ガーン!>
紫紺の的を得た言葉にしおしおと萎れた真紅を優しく抱っこして、ぼくは勇ましく馬車に乗り込む……乗り込……。
「にいたま」
「ふふふ。真紅を抱っこしたら手が塞がってしまったんだね。いいよ。ほら」
兄様にひょいと抱き上げてもらって馬車に乗ります。
てへへ。
「いざ! しゅっぱーちゅ」