瘴気と浄化 4
まずは、状況を整理することにしました。
セバスが改めて美味しい紅茶を淹れてくれます。
あ、ぼくの紅茶にトポトポとミルクを注いでくれました。
「アイビー国の土地が神気が混ざった瘴気に侵されている可能性が高い」
兄様の発言に、みんなが頷きます。
兄様は一同を見回した後、さらに言葉を続けました。
「その瘴気の影響で数年前からアイビー国の土地は不作の農地が広がり、いまや国全体に被害が広がっている」
ここでアルバート様がアイビー国の地図を広げます。
天候のせいでもなく、害虫のせいでもなく、瘴気のせいで不作だったなら、被害の土地の広がりが一定方向からではなく、あちこちから発生したのも納得らしい。
「北の地で不作だった年に南でも不作。次は東か西かと思っていたらまさかの中央地区での被害……。法則性がない広がりかただと思っていたが、原因が土の中の瘴気ならあちこちで勃発的に被害が出るのもしょうがないかもな」
たしかに、地図には被害が出た年が書き込まれているけど、北から南へとか西から東へ、中央から地方へという方向性はまったくない。
「問題は……瘴気に敏感なはずの精霊や妖精が気づかないことと、このアイビー国にいた土の精霊たちの不在だね」
「瘴気が酷くなったから土の精霊たちは別の場所に移動したんじゃないのか?」
アリスターがコテンと首を傾げる。
「瘴気があることで勘のいい者はその地を離れるかもしれんが、精霊に限っては許されない行為じゃな」
瑠璃が長い髪の毛を指で弄りながら、アリスターの疑問に答えた。
「どういうこと?」
だって、神気の混じった瘴気って強烈なんでしょ? だったらその地を離れたいんじゃないの?
「そうじゃの。そこの妖精たちなら神気の混じった瘴気を見つけたらすぐに逃げるだろうな。ただの瘴気でも不快に感じるはずだ」
チルはぼくの分の焼き菓子を両手で持ってあむあむ食べていたが、顔を上げて教えてくれる。
『しょーき、おれたちきけん。きえるからな』
「きえる?」
なんか物騒な話になってきたぞ。
瘴気に中った妖精は、力を削がれ酷いとその存在が消えてしまう。
神気の混じった瘴気に中ればほぼ消滅してしまうらしい。
「妖精は生じやすいからこそ、消えやすいのじゃ。修行を積み下級精霊と進化するまでは儚い存在じゃ」
「チル、きえちゃう?」
それは大変! 消えちゃうなんていやだよ。
「チル。かえる」
アイビー国なんて危険な所にいたら危ないもん。
ぼくはチルとチロをブループールの街へ帰そうとチルに訴えたのに、チルったらお腹を抱えて大爆笑している。
「ぶー!」
『あーははははっ。だいじょーぶ。おれはレンとけーやくしてるから!』
契約している妖精、精霊は、その強い結びつきによって存在が強化されるから、そんな簡単に消滅しなくなるとか。
本当に? ぼく、いやだよ? チルとチロとずっと一緒にいたいもん。
『おう。おれもレンと、いっしょにいるぞ』
「そして、浄化の力を得た精霊たちには、誓約が結ばれる。神との誓約じゃ」
コクンと誰かの喉が鳴った。
「神気の混じった瘴気の浄化を優先すること。逃げることは許さず。たとえ己の存在が消えようとも、神からの使命を全うせよ、じゃ」
「それは……」
兄様とアリスターが目を丸くして驚く。
大人しくしていた白銀と紫紺が伏せていた体をガバッと起こした。
「じゃあ、土の精霊王、土の精霊たちは、この地の浄化で消滅した……」
アルバート様の最悪の想像に、ぼくたちは息を飲んで黙り込む。
土の中の瘴気に気づくのは、土の精霊たちが最初だろう。
だって、水の妖精であるチルとチロ、火の中級精霊であるディディは気づかなかったんだから。
もしかして、本当に……浄化できずに瘴気に中って消滅してしまったの?
「いいや、精霊王はもちろん、精霊が消滅するほどの瘴気など滅多にないわ。安心するがいい。ただ、だからこそ、神との誓約を果たさずに土の精霊王が不在なのが不可解なのじゃ」
瑠璃は静かに目を閉じて、深く思考の海へと入ってしまった。
「そもそも、なんで瘴気は土の中だけにあるのでしょうか? だから他の妖精、精霊はアイビー国に瘴気が蔓延していることに気づかないんですよね?」
セバスの疑問に、ぼくたちはうーんと首を傾げて考えるけど、答えが出るわけではなかった。
ちょっと考えることが多くて頭がグワングワンしてきたぼくは、ソファーからぴょんと飛び降りて窓際までトテトテと歩きます。
お外の空気を吸いたい気分なのです。
白銀と紫紺もぼくの隣にきて、お行儀よくお座りしています。
「う、うーん。と、とどかない」
窓の鍵が高い位置にあるから、ぼくが背伸びしても届きません。
「無理するな、レン」
「そ、そうよ。すぐに大きくなるから!」
なんか白銀たちが必死にぼくを慰めるようなことを言い出したけど、なんで?
「ほら」
ぼくの奮闘の助太刀としてアルバート様が参上しました。
カチャッと簡単に鍵を開けて、窓を大きく開けてくれます。
「ありあと」
「おう。だけど、外は曇ってんぞ。雨が降りそうだな」
ピューッと冷たい風が部屋の中へ入ってきました。
「うっ」
お顔に冷たい空気があたって、咄嗟に目を瞑っちゃいます。
お空はアルバート様が言う通りどんよりと曇っていて、重そうなグレーな雲が垂れこめています。
「うー、おそら、まっくろ。きもかれてゆ。……はしらもまっくろ」
気分転換に窓を開けてお外の空気を入れたのに、外の風景にさらに気分が落ち込むなんて……。
「ん? レン、柱ってなんだ?」
アルバート様が変な顔をしてぼくを見ます。
柱って、あの柱ですよ? アイビー国の周りに建てた六本の石柱です。
「んゆ? あれ。あのいしのはしら」
ぼくが真っ黒な石柱を指差すと、アルバート様が険しい目でぼくと石柱を何度も見比べました。
「本当に、アレが真っ黒なのか?」
ぼくは、アルバート様の迫力にちょっと気おくれしながらも、コクンと頷きました。
「レン……。俺には、ただの石にしか見えない。黒くなんてない」
「え……」
アルバート様は石柱が黒くないって言いましたが、ぼくが目をコシコシと擦ってから改めて見ても……。
「まっくろ」
真っ黒な石柱にしか見えないです。