精霊の泉 3
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いつも、ありがとうございます。
とても綺麗な人?だ。
チルとチロによく似た青い真っ直ぐな髪を足元まで長く伸ばして、切れ長の目は青く輝く睫毛が煙ぶるように縁取り、瞳は泉と同じ青くて碧い色を湛えている。
鼻は高く唇は薄い、ちょっと冷たい印象の整った顔立ち。
背が高くてほっそりしているけど、男の人だと分かる程度にはしっかりとした体形。
白いズルズルとした長衣の腰を、いろんな色合いの青い組み紐で縛っている。
「……?」
その人は、ぼくを興味深そうにジロジロと見つめたあと、くしゃとぼくの頭を撫でた。
ひんやりとしたその手は大きくて、ぼくは猫のように目を細めてしまう。
はっ!それどころじゃないよ!兄様の怪我が……。
兄様の体に向き直り、再び力を注ごうと両手を翳そうとしたら、両側から白銀と紫紺にもふんと体当たりされた。
んもう、邪魔しないで!
「ぶー!」
頬を膨らまして怒ると、白銀と紫紺の方が目を吊り上げて。
「ダメよ!力の正しい使い方も知らないのに、そんなことしちゃ!」
「ただ力だけ注いでも、ヒューは治らないぞ!」
と、怒られた。
ぶすぅ。
じゃあ、どうしらいいの?兄様が死んじゃうよおぅ。
ぼくの両目から溢れ出しそうに涙が張られたのを見て、白銀と紫紺がわたわたと慌てる。
「そ…、それは……。あ、ちょっと、アンタ!はやく、ヒューの怪我治してよっ!アンタたち精霊には治癒と同等の力を与えられているんでしょう?」
「……。そこの子供を治してもいいが……。ちと、難しい。おい、そこの童。お前も手伝え」
綺麗な男の人が、ぼくを指差す。
ぼくが手伝うの?それはいいけど、どうすればいいの?
首を傾げて男の人を見つめていると、ふよふよとその人の肩からチルがぼくの前まで飛んできて、ニッコリ笑って鼻に飛びついた。
『おーさまが、なおしてくれるから、もう、だいじょーぶだぞ。レン、よかったな』
「おーさま?」
この人が精霊王様なの?
確かにチルとチロと同じ色合いだけれども…。
あれ?でも二人とは違うこれは、さすが、王様ですね、威厳がひしひしと感じられます。
「おい、童。さきほどのように、その子供の怪我に両手を当てるがいい」
「あい」
ぼくは言われたとおりに両手を出す。
白銀と紫紺がぎゃあぎゃあ文句を言ってるけど、ぼくが「うるちゃい」と言うと、耳と尻尾をしょんもりさせて大人しくなった。
ごめんね、ふたりとも。ぼくの心配してくれてるのに…。
兄様の怪我が治ったら、ちゃんと謝るから今は静かに見守っていて。
「そのまま、さっきのように力を流せ。我は童を通して力を送り込もう」
そう言うと、ぼくの背中にそのひんやりとした掌をそっと当てる。
ぼくは目を瞑り、大きく深呼吸して、さっきのように自分の力を兄様へと流す。
もちろん、兄様が元気になるイメージも一緒にね。
ぼくの体から何かが抜けていく。
水のように流れ出ていくそれは、兄様の中へ注がれていく。
そして、ぼくの背中から冷たい清らかな力が注がれていく。
その力はぼくの体を流れるうちにぼくの体温で少しずつ温まって、キラキラとした透明な輝きがギラギラとした強い光に姿を変えて、ぼくの両手から兄様へと。
その傷ついた体全体を覆っていく。
「……にいたま、おきて」
ギラギラの光が眩しくて、兄様がよく見えなくなる。
でも背中に当てられた精霊王様の手はまだ離れない。
だから、ぼくも力を注ぐのを止めない。
チルとチロが不安そうに兄様の周りを飛んでいる。
不思議な泉。
泉の姿は人の世と変わらないのに、木々は、幹も葉も銀色がかっていて薄っすらと自ら発光していて、茂みも草も芝もキラキラと水が日の光を反射するように輝いている。
花は水で模られていて、いろんな動物がいるんだけど…あれってみんな精霊さんたちの姿なのかな?
そんな世界のなかでぼくと兄様だけが異質。
招かれざる者なのだろう。
その罰はあとで、ぼくが受けるから。
その罪はぼくが背負うから。
だから、お願い兄様を助けて……。
そう願った瞬間、一際兄様を覆う光が輝き、ぼくや白銀と紫紺たちの目を焼くと、嘘のように消えてしまった。
そして兄様の腰の辺りから、ぼわっと黒い靄が出てきた。
「ふん」
精霊王さまは、面白くなさそうに右手で、その靄を払う。
やがて、靄は霞んで消えた。
ぼくは、目をパチパチ。
え?何が起きたの?あれ、何?
「…………っ」
ぽけっとしたぼくらの耳に、兄様の呻き声が聞こえる。
「にいたま?」
「「ヒュー!」」
『ひゅー』
この童はあの方に関係している。
そんなのは神獣フェンリルと聖獣レオノワールが付き添っているのを見れば、分かることではあったが…。
あの方はとうに、人族や亜人などに愛想をつかしたと思っていた。
その証拠に、あの方が生きる者たち全ての保護者とした神獣や聖獣は、与えられた支配地を手放し好き勝手に生きている。
あの時以来、彼らは愛することを止めてしまった。
唯一、聖獣の一人が縄張りの中の一族を守っているぐらいだな。
我らはあの時も今も変わらない。
それはあの方が我らを自然と共にあるように作られたからだ。
神獣たちとは生きる意義が違う。
使命が違う。
彼らは守る者。
我らは命を作り育む者だ。
そのせいか、我らと神獣たちとの交流はほぼない。
どちらかと言えばあの方の寵を得るライバルだ。
私は、大嫌いだ。
奴らは力の使い方が雑だし、単純で短気ですぐに傷ついて引き籠る。
あの時もそうだった。
止めればいいのに人族たちの醜い争いなんぞに首を突っ込んで、勝手に心に傷を負い、それを癒すために長い眠りにつくわ、過酷な場所に引き籠るわ、八つ当たりに力を振るうわ……。
その後の山河を修復したのは我らなのだぞ?
神獣たち勢ぞろいで暴れたあとの世界を修復するのは、結構大変だったのだぞ?
それなのに、久しぶりに会っても礼も言わぬ。
なんて、失礼な奴らだ。
しかも、奴らが訪ねてくるときは、厄介な頼み事ばかり。
いい加減にしろ。
しかも今回は我の妖精と契約した人族を連れてきた。
妖精が人と契約?
できるわけがない。
あやつらは精霊に成長する前の赤子のようなもの。
好き勝手に飛び回り、悪戯をして、自然の気を腹いっぱいに食べて寝るだけの存在だぞ?
だが、本当にこの童たちと契約していた。
チロはいずれ下級精霊になる妖精だから、まだ理解できるが…。
チルは下級精霊に時を経てもなれるかどうか分からないのに…。
まあ、レンという童はあの方と縁深い、愛し子といってもいい存在。
そんなこともあるだろう。
神獣と聖獣から命令されたら腹立たしいが、あの方の愛し子からの願いと言えば、叶えずにはいられない。
力を貸すのに否やはない。
ない…が……。
困ったぞ。
我らは命を作り育む者。
人の世でいう治癒魔法に似た精霊魔法を扱えるが…この子供の怪我は…。
ふむ、愛し子にその力の片鱗があるな。
ならば、その力と我の力と合わせて、この子供に使えば怪我を完全に治し命を繋ぐことも容易だろう。
さすがに、水の精霊王といえど、呪いを解除することは不得手なのだ。