二人の精霊王 2
なぜか、白銀たちは真紅を除いて人化して土下座をしています。
水と火の精霊王様に向かって……。
ちなみに真紅は紫紺の手で地面に押し付けられて、苦しそうにもがいてるの。
そんな神獣聖獣の姿を、水の精霊王様は腕を組んでちょっと斜めに立って睥睨していて、火の精霊王様は大きな岩の上に腰かけて足を優雅に組んで面白そうにニヤニヤしています。
なんか、ぼくも居心地が悪くて正座してみたり……。
「童、お主は楽にしていろ」
「そうよ。坊やには関係のないことで、こいつらは謝罪してんだからさ」
火の精霊王様に「こいつら」呼ばわりされた白銀と紫紺の肩がピクリと反応したけど、蛇のお姉さんがさらに深々と頭を下げているのを感じて黙っていた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。慈悲深い精霊王様。どうかわたしたちをお許しくださいませぇぇぇぇっ」
ぼくは目をパチクリ。
「にいたま。なんであんなにあやまるの?」
蛇のお姉さんはシエル様がお創りになった、この世界で八人しかいない神獣聖獣の一人でしょ?
確かに精霊王様たちもシエル様がお創りになったけど、そんなに力いっぱい頭を下げるほど上下関係が激しいのだろうか?
「あー……。たぶん、ずっと前に白銀たちが暴れていた頃のことじゃないかな?」
「んゆ?」
ぼくは首を傾げます。
「その通り。こいつらの後始末を六人の精霊王と数多の精霊たちでやってやったのさ。なのに、こいつらは呑気に寝ていやがって。復活した後も礼のひとつもないしね」
「もういいだろう。今日は土のことで出向いたのだから」
フンッと不機嫌に鼻を鳴らして水の精霊王様は冷たい声で言い放つ。
「そうね。今は土のことよ」
火の精霊王様もキリリと上げていた眉をしゅんと下げて、沈痛な表情だ。
アリスターの足元にはいつの間にかディディが、ぼくの頭の上には疲れた息のチルが戻っていた。
精霊王様の存在に萎縮することもなくお茶を差し出すセバスに、精霊王様も感情をセーブするようにひと口。
「……こちらに土の妖精、精霊が見当たらないとのことだが」
「報告を受けて火の子たちにも探してもらったけど、この国全体で土の子たちを見つけることはできなかったわ」
どうやらチルとチロが言っていた「土の精霊がいない」という状況はモンステラ伯爵領地だけでなく、アイビー国全体の異変だったみたい。
二人の精霊王様たちはそっと顔を見合わせると苦し気に顔を歪めた。
「そして、土の精霊界では土の精霊王の行方がわからず、大パニックだった」
水の精霊王様はむきゅと唇を引き結んだ。
土の精霊界では土の精霊王が行方不明で大騒ぎ。
アイビー国では土の妖精も精霊も見つからず、この国の農作物は大不作。
この二つの事柄にはつながりがあるんだろうか?
いや、あるだろう。
僕はレンの頭をナデナデしながら、必死に焦燥を抑えていた。
土の精霊王の不在が意味することはなんなのか?
自主的に行方をくらましたのか? それとも……。
考え込む僕の頭に昨日の情景が浮かぶ。
明らかに土の精霊の話で動揺したモグラの獣人のドロシー。
彼女の隠し事とは、土の精霊王に関することなのか?
「おい、ヒュー。難しい顔で自分の世界に入ってないで、レンをなんとかしろよ」
アリスターにグイッと肩を掴まれて、閉じていた目を開ける。
「……。何をやっているの?」
僕のかわいい弟のレンが水の精霊王に必死に両手を伸ばしていた。
「にいたま! ぼく、あっちいく」
あっち……、いやいや水の精霊王のところに行って無礼者とか怒られたらどうするの?
「レン。大人しくこっちに僕と一緒にいようね」
白銀たちは精霊王たちと距離を置いた場所でひと塊になってこそこそと内緒話をしていて、僕の助けにはならない。
アルバート叔父様たちもさすがに精霊王の登場に、いつもより静かだし。
「童。かまわない。こっちにこよ」
「おいで、坊や」
「あい!」
「あ、レン」
二人の精霊王ら呼ばれたレンはぴょんと元気よく跳ねるように立ち上がりタタタッと二人の隣へと走り寄っていく。
「ああ……、レン」
どうしよう。
精霊王に何か失礼なことをしたら罰を与えられてしまうかもしれないのに。
もし、そうなったら……、僕はこっそりと横に置いた剣の柄へと手を伸ばし、この中で唯一平常と変わらないセバスへと目配せする。
「みずのせーれーおーさま。にいたまのけが、なおしてくださり、ありがとうございましゅ」
冷えた表情で水の精霊王を窺っていた僕の耳にかわいいレンの言葉が飛び込んでくる。
僕の怪我? もしかして背中を切り裂かれたときのこと?
「にいたま。あるける。ありがとうございましゅ」
レンは再び水の精霊王にペコリと頭を下げた。
「いい。きにするな」
水の精霊王は組んでいた腕をほどき、優しい手つきでレンの黒髪を梳いてみせた。
「兄よ。そんなに警戒するな。童には何もせん」
こちらに向けた水の精霊王の顔は、いたずらが成功したような楽しそうな表情だった。
「それよりも、土の精霊王の居場所だわ。どこを探しても見つからぬ。探し物が得意な風のはあいかわらずどこにいるのかわからず。この国に土の精霊界への道があるのはわかったが、そこからはどうやっても土の精霊王の足跡は掴めぬのじゃ」
ムシャァとマドレーヌを口に頬張りながら火の精霊王がイライラと指を叩く。
「この国に精霊界への道が?」
「そうだ。土の精霊王はこの国を気に入ってたみたいでな。土の精霊界への道ができていた。本来ならこの国はどの系統の精霊よりも土の精霊が多いはずなのだ」
「この国の王もエルフ族で自然、特に植物を愛する者たちだからな。土の気性にも合っていたのだろう」
アイビー国を守護していたといっても過言ではない土の精霊王が、アイビー国と繋がる精霊界の道を通る姿を最後に行方がわからなくなった。
これは偶然だろうか?
「いや。アイビー国の不作問題と土の精霊王の不在は繋がっているはずだ」
僕はぐっと眉間に力を入れて天を仰いだ。
木々の葉に隠された狭い空を黒い靄が多い尽くそうとしているように見えた。





