二人の精霊王 1
お宿で朝を迎えるのにも慣れてきました。
みなさん、おはようございます……、むにゃ。
「ほら、レン。早く着替えないと朝ご飯をアルバート叔父様に食べられちゃうよ」
兄様に体を揺さぶられてもムニャムニャしていたぼくの目がパッチリと開きます。
「だめ! ごはんたべる」
アルバート様は本当にみんなの分のご飯を遠慮せずペロリと食べてしまいそう。
冷静に考えればセバスや白銀がそんな暴挙を許すはずがないんだけど、寝ぼけているからね。
ぼくは着替えもそこそこに、ばびゅんとお部屋を飛び出した。
「アルバートさま、ぼくのごはん、とっちゃ、やー!」
そんな朝の微笑ましいひと時を過ごして、今日はまたまたクラク森へ行きます。
精霊王様に会うんだよ。
「おいっレン。何、呑気に馬車に乗ろうとしてやがる。朝から人を食いしん坊みたいに言いやがって」
「……てへっ」
ちょっとご機嫌斜めのアルバート様に笑顔を一つ贈って、ぼくは馬車によいしょと乗り込んだ。
「おっと、危ないよ」
ぼくがモタモタしていたら、アリスターと話していた兄様が慌ててぼくのところに走ってきちゃった。
「だいじょーぶ」
だってぼく、ちょっとずつ大きくなってるんだもん。
もう馬車にだって一人でちゃんと乗れるよ?
「うーん、しょ。うんしょ」
あれ? ちょっと足が届かないかも? いや、そんなバカな。
「ほらっ」
ドンッと後ろから白銀がぼくの背中を鼻で押し上げて、馬車の中へと放り込んだ。
「はいっ」
よろけたぼくの体を先に乗っていた紫紺の柔らかいお腹でキャッチ。
「よかったな。一人で馬車に乗れたぞ」
白銀がゆったりとした足運びで悠々と馬車に乗り、ぼくにニヤッと笑ってみせる。
「んゆ?」
ぼく、一人で馬車に乗れた? 確認するため兄様の顔を見ると兄様はスゥーッと顔を逸らしてしまう。
「……うん、一人で乗れたよ。え、えらいねー」
あれれ? と思ったけど、白銀にツンツンとされた兄様はいつものにこやかな爽やかイケメン全開でぼくを褒めちぎってくれた。
「むふふふ」
クラク森に到着するまで、ぼくはとっても上機嫌だったのだ。
順調に森の中を進んで、蛇さんが張った結界も紫紺が前足でチョンチョンと突いて破壊して、ズンドコ奥へと進みます。
ぼくは途中で疲れちゃったから、セバスの抱っこです。
セバスはぼくを抱っこしてもスイスイ進みます……執事服をキッチリ着たままで。
「ちょっと、レオノワール。そう、簡単にわたしの結界を壊さないでちょうだい」
木々がより一層深くなり日差しが遮られた空の一角から、ひょっこりと顔を出したのは聖獣ホーリーサーペントだ。
「こんにちは」
ぼくは右手を高く上げてブンブン振ってみせる。
「あら、こんにちは。ちょっと待ってね」
蛇さんはガサッと木々の葉の中へ首を引っ込めて、すぐに人化した姿でスタスタと現れた。
「また大勢で訪ねてくれて嬉しいわ」
いそいそと少し開けた場所に先導し、セバスの顔をニコニコ顔でじーっと見つめる蛇のお姉さん。
「……セバス、お願い」
「はい」
兄様が「はーっ」と深く息を吐いた後、セバスに何かを命じたけど、セバスはリンと一緒にテキパキとお茶の準備を始める。
「アンタね」
「あら、いいじゃない。レオノワールたちは毎日美味しいお茶とお菓子が楽しめて、こんなにいい男たちに囲まれているんでしょ」
ぷくっとお姉さんの頬が膨らむ。
「お前なぁ。聖獣ホーリーサーペントが人にたかるな。もうちょっと威厳を持てよ」
「いやよ。威厳なんてあったら余計に怖がられちゃうわ」
冒険者や騎士団の討伐隊から逃げるのは疲れるのよ? とお姉さんが伏し目がちに言葉を零すと、紫紺たちは黙ってしまう。
「ピイピイピッ」
<いいじゃねぇか。どうせ、精霊王たちが来るまで暇なんだ。菓子でも食って待とうぜ>
真紅はそう言うとお皿にダイブして口いっぱいにお菓子を頬張った。
お行儀が悪いけど、あのお皿のお菓子は全部真紅用に用意したから、セバスは怒らなかった……、怒ってないよね? 笑って……るよね?
ぼくがセバスの本意を探ろうと目を細めたら、お姉さんの悲鳴が聞こえた。
「いややあああぁっ! ここに精霊王が来るですって! た、たいへんだわ。逃げなきゃ、逃げなきゃだわっ」
立ち上がり右往左往するお姉さんに、紫紺は驚きに目を開いたままだ。
「落ち着きなさいよ。精霊王が来たら何か問題でもあるの?」
「レオノワール! 忘れたの? わたしたちが精霊王たちにした仕打ちを!」
「俺たち、何かしたか?」
白銀はマドレーヌをかじってもぐもぐしながら真紅に尋ねるが、真紅はお菓子に夢中で聞いてない。
「お前たちは相変わらずだな」
「久しぶりだな」
お姉さんがパニックになっている間に、水の精霊王様と火の精霊王様がご降臨されました。
「いややややあああああああっ!」
お姉さんの絶叫が静かなクラク森中に響きました。