不作の原因 2
ぼくたちは晩ご飯を食べたあと、お宿の部屋に集合して今日わかったことを報告し合っています。
「あの子の結界範囲はそんなに広くなかったわ。念のため端の所の土を採取してきたから。はい、セバス」
「ピピッ」
<俺様の出番がなかったぜ>
紫紺はテーブルの上に広げられた地図の上にポテンと前足をのせて結界範囲を教えてくれた。
セバスは器用に投げられた土が入った瓶を受け取る。
「あー、俺たちはこれと言って何もないなー。とりあえず作物が育たない不満が蓄積されて気が荒くなっている奴が多かったな。せっかく農地を守る石柱まで建てたのにって愚痴ってたし。土を悪くするような虫や荒れさせる獣の目撃もなしだ」
アルバート様はお手上げだというように両手を万歳して首を軽く振る。
「ここと、ここの被害が甚大です。そうですね、皮肉にも聖獣様が結界を張られた近くの畑には被害が少ないかもしれません」
「じゃあ、農作物が育たないのは聖獣の嫌がらせだというのは噂か? 逆のことが起きているんだもんな」
ザカリーさんの詳しい報告に合わせてリンが地図に印をつけていく。
ミックさんは聖獣ホーリーサーペント様がアイビー国へ齎す現象が噂と逆だったことに、鼻にシワを寄せて不快感を現した。
「そうなると、農作物の不作は土の精霊たちがいないことが原因という推測が成り立つね。聖獣ホーリーサーペントの結界のおかげで神力が周りの畑に注がれて影響が出なかったのかもしれない」
兄様がふむと顎に指をかけて、じーっと地図を見下ろす。
「しかし、土の精霊がいない土地なんて他にもあるんじゃないのか? ここだけ特別にひどいなんて有り得るのかな?」
アリスターが首を捻る。
「……ドロシーちゃん」
ぼくがポツリと呟いた名前に、兄様たちがハッと顔を上げた。
「そうだ。あの獣人の子は何かを隠しているみたいだった」
「確かに。土の精霊がいないと話したら動揺していたな。ま、動揺したのはセシリアさんも同じだけど……」
兄様とアリスターがそのときのセシリアさんの激しい動揺っぷりを思い出したのか、ククッと笑いを堪えた。
セバスはそんな二人を苦々しい顔で見ている。
白銀が「土の精霊がいない」とうっかり零してしまったので、セバスが改めてセシリアさんにここアイビー国には土の精霊、妖精が不在であることを説明した。
セシリアさんは驚いて勢いよく立ち上がり、お腹をテーブルにぶつけてその衝撃でテーブルの上のカップが転がり紅茶が零れ、それに慌てたセシリアさんがテーブルの上を拭こうとして自分が倒した椅子に足を取られ派手に転びそうになった。
……セバスが神業で助けていたけど。
「繊細な子なら精霊がいない国と言われたら動揺するんじゃね?」
アルバート様がセバスの顔をニヤニヤした顔で見ながら、グビッとエールを飲む。
「アイビー国はエルフ王が治める国ですからね。特に土の精霊とは相性がいいように思いますけど?」
神官見習いのザカリーさんは思案気に呟く。
「いや、あのドロシーっていう子は何かを知っている。それをセシリアには隠している。僕たちに打ち明けてくれればいいけど、僕やアリスターには苦手意識があるだろうし、アルバート叔父様たちには萎縮して顔も合わせてくれないと思います。セバスは……」
「セシーの婚約者として、ある程度は信用してくれるかもしれませんが、そもそもセシーにも話していないことなら、私にも無理かと……」
そうなると……みんなの視線がぼくに集中した気がします。
「んゆ?」
首を傾げてみんなの顔を順番に見ていくけど、なんだか引き攣った笑顔を向けられました。
「……別の方法を考えよう」
「そ、そうだな」
兄様とアルバート様がわざとらしく話を変えようとしているような? あれれ?
セバスがアルバート様が掴んでいたエールの瓶を取り上げて冷たい水のグラスを突き出していると、お部屋の窓がガタガタと激しく鳴りました。
「うひゃあ!」
び、びっくりしたぁ。
アリスターが立ち上がってカーテンをサッと開けるとディディが前足で窓を叩いていました。
「ディディ。窓から入ってこようとするなよ」
呆れたように言うけれど、契約している火の中級精霊ディディが戻ってきて嬉しそうなアリスターは、いそいそと窓を開けてディディを部屋の中に入れてあげます。
『レーン! かえってきたぜー!』
「ぶっ!」
「おかえり、チル」
窓が開けられると同時に弾丸のように飛び込んできたのは水の妖精チルですっ!
うん、勢いがよすぎて白銀の顔面にぶつかって止まったね。
「痛いだろうがーっ! お前は毎回毎回……ぶっ!」
『ひゅー、かえってきたわよー』
チルの後ろからチロが戻ってきて白銀の顔面を足で蹴って兄様の胸に飛び込んでいく。
すりすりすりすり、と高速で兄様の胸に頬ずりするチロを兄様はそっと撫でてあげる。
相変わらずの兄様激ラブのチロですけど……白銀、大丈夫? 額の弱い所をピンポイントで蹴られて悶絶してます。
「しろがね。いいこいいこ」
顔面に張りついたチルを回収して、ぼくは白銀の額をナデナデ。
『レン、おーさまがくるぞ』
「え?」
チルが言う「おーさま」とは、水の精霊王様のことでは?
「に、にいたま、たいへん!」
「待って。アリスター、火の精霊王はどうするって?」
『おうさまもくる。みずのといっしょに、くる』
ディディのかわいい声が響きます。
妖精のチルとチロの声はぼくと兄様、白銀たちしか聞こえないけど、ディディは二人よりも位の高い中級精霊なのでアルバート様やセバスにも声は聞こえます。
『おれだって、やろうとおもえば、できる!』
チルってば、変なところでディディと張り合わないでよ。
「水の精霊王と火の精霊王が来るって、そんなにヤバいことなのか? 土の精霊がいないってことが……」
アルバート様は顔色を悪くして、そう言葉を落としました。
この後、チルとチロの話はよくわかんないから、アリスターがディディの話をまとめてくれました。
つまり、それぞれの精霊界に戻ったチルとチロ、ディディは王様に報告としてアイビー国の土の精霊の不在とついでに農作物の不作も報告してくれた。
別に精霊がいない土地があっても不思議ではないので、普段なら「あ、そう」で終わる報告だったんだけど、それが「アイビー国」だったことが問題だったみたい。
ザカリーさんが疑問に思っていたみたいにエルフを王とするアイビー国は昔から自然溢れ農耕が盛んだったお土地柄。
当然、土の精霊たちも多く棲息していた。
つまり、ここアイビー国には土の精霊界に通じる場所がある。
「んゆ? せーれーかい、どこでもいける? ちがう?」
最初に行った水の精霊界には、ぼくと兄様が拐われた森の泉から行ったし、火の精霊界はブルーフレイムの街からバース山脈のオルグレン山から行ったはず。
でもチルとチロ、ディディはここアイビー国からそれぞれの精霊界に行けたよね?
『おれたちはいける』
『たまにひとがまよう、つうじているところから、くる』
んゆ?
兄様がぼくにわかりやすく説明してくれました。
なんで、同じ話を聞いているのに兄様には理解ができて、ぼくにはわからないんだろう?
簡単にまとめると、妖精や精霊はその属性の近くに自分たちの力で妖精の輪を作って精霊界と出入りが自由。
チルとチロは水の妖精だから水のある所で、ディディは火の中級精霊だから火がある所なら妖精の輪が作れるんだって。
そして精霊界からこっちの世界に出入りしていると、その境目が曖昧になって妖精の輪を通さなくても行き来ができちゃうときがある。
それが精霊界と通じている場所。
主に上級精霊や精霊王が出入りしていると力が強すぎて境目が曖昧になってしまうんだ。
「だからね、ここアイビー国は土の精霊王や上級精霊が出入りする場所ということなんだよ」
兄様のキレイな眉が困惑気に下がる。
「……なのに土の精霊がいないなんて、異常事態だよ……」
えっ! それって大変なことなんじゃ……。