不作の原因 1
ブルーベル家のお屋敷ではないけれど、兄様と同じベッドで目覚める朝はいつもと同じくちょっと眠いです。
ふわあっと欠伸をしながら体を伸ばせば、いつもぼくより遅い目覚めの白銀が目をシパシパさせて起きていた。
「……おはよー、しろがね」
「……おう」
明らかに寝不足な状態の白銀は、ぼくの朝の挨拶をスーッと顔を背けて受けた。
んゆ? どうしてお顔をあっちに向けるのさ。
不思議に思ったぼくがベッドから降りて問い詰めようとしたら、それより先に寝坊助真紅が籠ベッドからペシャリと落ちてズルズルと匍匐前進し、白銀の体をよじ登って頭頂に届くと体を平たくして……。
「プーゥ」
また、眠ってしまった。
真紅はいつも朝ご飯の時間まで寝ているから、一瞬でも起きた今日が珍しいのかも。
なんだか紫紺も毛並みのツヤがいまいちな気もするし。
「みんな、どうちたの?」
「「なんでもない!」」
首を傾げたほくにみんなはブンブンと頭を勢いよく振って答えてくれたけど、あーあ、真紅がベシャッて床に落ちちゃったよ?
「ピッ」
<イテーッ……。……。ぐぅ>
また、寝ちゃった。
身支度を終えた兄様にぼくの着替えも手伝ってもらって、朝ご飯を食べました。
でも、白銀たちがミルクをんくっんくっと飲むぼくの顔を痛ましげに見つめていたのは、なんで?
全員、宿に停めた馬車の前で整列です。
「じゃあ、今日はバラバラに行動しようか?」
兄様がセバスと地図を見ながら意見を交換しています。
その地図を覗き込んだアルバート様が、トントンといくつか地図の上を指で示しました。
「俺たちはもう少し情報を聞きこんでくるよ。流石に土の精霊探しは、精霊が見える奴は早々見つからないだろうから無理だとして、聖獣の噂と不作になる前に見慣れない虫か獣を見た事があるかの確認ぐらいか?」
冒険者仲間であるリンたちに振り返って確認すると、お互い視線で頷きあった。
「そうねぇ。なら、アタシはもう一度あの子のところへ行ってみるわ。何か気づいたことがないか話を聞いてみる。あとは、あの子の張った結界の範囲を調べてくるわ」
紫紺はクラク森の調査に行くらしい。
「白銀。アンタはレンの護衛よ」
「ああ。言われなくてもレンはちゃんと俺が守るさ」
寝不足白銀がキリッとかっこよく宣言してくれました。
「アンタはこっち」
かぷっ。
「ピーイッ」
<なんで、俺様がお前と一緒なんだよっ>
紫紺は真紅の首辺りを口で咥えると、スタスタと森の方向へ足を進めてしまう。
たぶん、紫紺も一人で行動するのが寂しいのかもね。
ぼくはピイピイ悲愴な声を上げる真紅に笑顔で手を振った。
「ピーイピイ」
<おいっ、レン! お前、友達なら助けろよーっ>
大丈夫、紫紺は優しいしお世話好きだし、聖獣ホーリーサーペントはキレイなお姉さんだもん、真紅も楽しい一日を過ごせると思うよ。
「じゃ、じゃあ、俺たちも行くわ。宿で馬が借りられたから馬車はセバスたちが使えよ」
やや引き攣った顔でアルバート様たちはササッとその場から去って行った。
「にいたま?」
ぼくたちはどこに何を調べに行きますか?
兄様とぼくとセバス、アリスターは馬車に揺られてセシリアさんの研究室を目指してます。
白銀? 馬車だと眠っちゃうから馬車と並走しています。
タタタッと気持ちよさそうに走っているよ。
セシリアさんには、昨日セバスが採取した土を再度調べてもらっているんだ。
その結果を聞きに行くのと、チルたちが教えてくれた土の精霊の不在のことを報告に行きます。
セシリアさんに報告する前にモンステラ伯爵様に報告しなくていいのか兄様がセバスに聞いたら、チルたちが戻ってきて精霊の不在が確定してから報告するんだって。
「わざわざ騒ぎを大きくする必要もありませんし。私たちはただの観光客ですので」
キランと片眼鏡を輝かしてそう言ってました。
馬車の揺れにも体が馴れてきたぼくは兄様のお膝で少しおねむだったのですが、もう少しで目的地という所で女の子の悲鳴が聞こえてきました! 何事!
「やめてーっ!」
兄様とアリスターは馬車の窓を開けて、体を外に乗り出して状況を確認しています。
「セバス!」
「……。大丈夫です。いま、セシリアが女の子を保護しました。虐めていた子供たちは散らばって逃げてしまいました。……あの子ですよ、昨日宿に訪ねてきた獣人の子供です」
……え? ぼくと友達になったあのモグラの獣人の子? ドロシーちゃん?
「いじめられてる?」
なんで? 昨日のあの子はとっても大人しくて誰かに虐められるような子には見えなかったよ?
「ちっ!」
珍しくアリスターは舌打ちをすると、ドガッと音を立てて座る。
馬車を停めてセシリアさんの研究室へ行こうとしたそのとき、セバスが兄様の前に右手を出して制止した。
「セバス?」
「まだ子供が動揺しているかもしれません。私が様子を見てきますので少々お待ちを」
兄様はセバスの顔を真摯に見つめたあと、重々しく頷いた。
どうやら、馬車の窓から見たところ、モグラ少女を虐めていたのは兄様たちぐらいの少年だったらしい。
「アリスターのような獣人だけでなく、人族も混じっていた。確かに、ぼくらが訪ねて行ったら心が落ち着かないかも」
「まったく、弱い者いじめなんてしやがって」
アリスターが片方の拳を片方の手のひらにバチンと打った。
しばらく白銀の前足をヒョイヒョイと持って遊んでいると、ひょっこりセシリアさんが顔を出して手招いてくれた。
研究室は前に来たときよりも片付けられており、既にお茶とお菓子も用意済だった。
……うん、セバスの仕事だね。
兄様の隣の椅子に座って大人しくセバスに手を拭いてもらう。
例の獣人の女の子は泣いた後の赤い目を伏し目がちに、ちんまりとテーブル端の椅子に座っていた。
兄様が敢えて彼女のことには触れずに、セシリアさんに話しかける。
「クラク森から持ち帰った土の魔力分析は終わりましたか?」
「ええ。森の奥へ行くほど土の状態は良くなるわ。これは土の中に魔力があるからだけど、ただその土に含まれる魔力が少なくて分析までできなかったの。でもね、人が使う魔力とは違う力が含まれているような気がするわ。 ごめんなさい、こんな結果しかわからなくて」
兄様は笑顔で緩く頭を左右に振った。
「ちがうちから?」
ぼくは、じーっとお菓子を夢中で食べている白銀を見る。
だって、あの蛇しゃんの所から持ってきた土なんでしょう? 白銀と同じ神獣聖獣仲間だもん、何か知っているんじゃないかな?
「あー、その魔力の代わりの力はもしかしたら、結界を張っていた聖獣ホーリーサーペントの神力かもしれない」
じとっとした視線を感じた白銀はお菓子のお皿から顔を上げて、口の周りをベロンとしたあと厳かに言葉を放った。
でも、ご自慢の毛並みにお菓子のクリームがべっとり付いてますよ。
セバスにゴシゴシ拭かれていました。
「……神力」
「もういい、セバス! あー、俺たちは元々精霊たちとは仲が悪くてな、俺たちがいる所には精霊たちはあまり居つかない。だから土の魔力は土の精霊たちがいないここら辺の土と同じ状態だったんだろう。その代わり神力で補っているから、木々に影響が出ることはないが」
むにっと前足でセバスの持つタオルを避けたあと、丁寧にセシリアさんに説明をする白銀。
「え……、土の精霊が……いない?」
でも白銀の話に反応したのは、興味津々に身を乗り出して聞いていたセシリアさんではなくて、端っこにいた獣人の女の子だった。
「ドロシー?」
その子はセシリアさんの呼びかけにも気づかないで、胸に両手をあてブルブルと震え出してしまった。