神様の失敗
なんだか大きな問題が発覚してしまったような、でもそのおかげでぼくの恥ずかしい行為は有耶無耶になって安心したような複雑な気持ちでベッドにもぞもぞと入り込む。
「おやすみ、レン」
いつもと変わらない優しい兄様に、ぴったりと体をくっつけてぐりぐりと頭を擦りつけるようにして甘えた。
「おやすみ」
白銀と紫紺も床に敷き詰めたクッションの上で丸くなって、真紅は寝床の藤の籠の中で眠っているみたい。
また、明日ね。
「行くぞ」
「ええ」
「……真紅はどうする?」
「連れていくわ」
カプリと熟睡している真紅のモサッとした首の羽毛に噛みつく紫紺。
うわーっ、あれ、肉も噛んでるじゃ? と思ったが俺は黙っていた。
そっと部屋を出て、宿も抜け出す。
たぶん、執事の奴には抜け出したことを気づかれていると思うが、まあいいだろう。
目立たない所まで走ってきたら、シャキーンと伸ばした爪で何もない空間にピーィッと切れ目を入れる。
紫紺と目で合図をして、その切れ目「次元」を越えて行く。
生まれ育った神界へと。
あの方の趣味というか、こだわりで神界は真っ白な空間だ。
だけど、調度品というか置いてある物はやけに生活感が溢れている。
今も呑気にちゃぶ台とやらに茶や菓子を並べて、狐の神使たちと談笑してやがる。
「あれ? 白銀たちじゃないか」
晴れ晴れとした顔で笑って手招きしてくるのに、イラッとしたが一応この世界の創造神だからな、落ち着け俺。
「ぶっ!」
しかし、紫紺はイラッとした感情のままに咥えていた真紅の体をぶん投げ、あの方の顔面にヒットさせていた。
おいおい……。
「い、痛いーっ。ヒドイ、ヒドイよー、紫紺」
シクシクと泣きだすが、いつも泣いているので見慣れてしまった泣き顔に感情は湧かない。
「ピイッ!」
<イテーッ! え、なにここ? なんで俺様、神界に来てんの?>
真紅は無意識だろうが、あの方の顔にガリッと爪を立てて起き上がり、キョロキョロと辺りを見回した。
「ぎゃーっ! 痛いっ」
うわーっと顔を顰めてその惨状から目を逸らすと、ちょうど瑠璃が神界に渡ってきた。
「何をしているんじゃ?」
……爺さん、それは俺が聞きたいよ。
「ひどい、ひどいよ。別に神界にはいつでも帰ってきていいんだよ? だけど、なんでいつも怒っているのさ」
ブツブツ文句をいいながら、ハムッとどら焼きという甘味を口に運ぶのを、俺は冷めた目で眺めていた。
「なんじゃ? ここにはレンのことで相談しにきたんじゃないのか?」
「そうよっ。あ、あとホーリーサーペントと会ったわ。久しぶりに会ったら結界張って引き籠っている困ったちゃんになってたけど?」
「むむ?」
紫紺の話に瑠璃は眉を顰めた。
「あー、あの子ねぇ。すっかり対人恐怖症になってしまって。繊細な子だよねぇ。レンくんの保護を頼みに行ったときも、むしろ自分を神界に保護してほしいと切実に訴えてきてさー」
「……保護してやりゃいいじゃねえか」
実際、久しぶりに会ったが、以前のような図々しいほどのお節介はナリを潜め、何にでもビクビクと怯える厄介な奴になっていた。
鬱陶しいのには変わりはないが。
「う、うーん。神使たちが渋るんだよねぇ。この神界に君たちが居座るのを。賑やかでいいと思う……イタッ」
会話の途中でビクッと体を跳ねさせたかと思ったら、涙目で後ろに控える狐の神使を睨む。
あー、余計なことを言ったから抓られたりしたんだろう、まったく相変わらずな人だ。
「この際、あの子のことはいいのよ!」
「いや、よくないじゃろう」
瑠璃が怒れる紫紺に向けてギョッとした顔を向けるが、ギンッと睨まれてすごすごと首を竦める。
おい、爺。お前、聖獣たちの中では一番強いんだろうがっ!
「じゃあ、何の用なの? あー、レンくんのことだっけ?」
最近のレンくんのこともちゃんと八咫烏が持ってくる珠で把握しているけどなぁって、ストーカー丸出しの発言をかますなよ。
「そうよ。アンタ、レンの体を創るとき、ちゃんと力をセーブして創ったんでしょうね? まさか、エンシェントドラゴンのときのような失敗を繰り返してないわよね?」
一言、一言をあの方にズイ、ズズーイと紫紺は凶悪な顔で迫った。
「へ?」
そのとき、俺は見てしまった。
サッと後ろに控える神使たちが一斉に俺たちから顔を背けたのを!
やっぱり、やらかしてやがったな。
「はーっ、やっぱり。いい? レンの成長のことよ? 気がつかなかったの?」
「へ? あ、ああー、ちょっと噛んじゃうこと? かわいいよねー、にいたまとか。いいんじゃない? かわいいから」
呑気なことを言うあの方も大概たが、隣でうんうんと頷く瑠璃もどうかと思うぞ。
「そうね、それはかわいいとアタシも思うわ」
ニーッコリと笑う紫紺。
そして、あの方の胸倉をガシッと掴み上げるためだけに人化した紫紺は、鼻がぶつかるほどに顔を近づけさせた。
「そうじゃないのよっ! 背が伸びてないのよ! この二年間でちっとも背が伸びてないのよっ! あの子、すごく楽しみにしているし、みんなに内緒でこっそりと柱で背を測ったりしているのよ。なのに、伸びてないの! 成長してないのよっ。かわいそうでしょ!」
俺は紫紺の言葉に遠い目をした。
レンがこっそりと柱で背を測り、あまり変わらないその徴を悲しそうに見つめる姿や、毎朝頑張ってミルクを飲み干す姿。
うっ、いじらしい。
「ピーイッ。ピッ」
<背が伸びないのは辛い。おい、なんとかしてやれよ>
現在、ちっこい姿のままで成長の見られない真紅は、嘴で元凶の頭を突いている。
「イタッ。イタタ。やめてよ、真紅」
「ピイ」
<お前が俺様の名前を軽々しく呼ぶな>
「えー、だって。レンくんとちゃんとお友達になったんでしょ?」
ふへへへとだらしなく笑って真紅を揶揄うあの方に俺と瑠璃は呆れた顔を向ける。
案の定、照れ隠しなのか、カツカツとさらに激しく嘴を頭に突き立てる真紅。
「ぎゃーっ! 痛い、痛い!」
ぴゅーっと血が噴き出したが、神使たちが素早く手当を始める。
「シエル様。もう、正直に話してしまいましょう」
ふさんと大きな尻尾を動かして前に出てきた神使が、鼻水を垂らして泣いているあの方を諭す。
「うん。そうだね。でも、でもね、悪気はなかったんだよ?」
……やっぱり、お前のせいか!