土の精霊 4
『だから、つちのこがいないって、いってんだろー』
チルは、ぼくから離れてアイビー国のあちこちに遊びに行っていて、帰ってきたらずっと「つちのこ」がいないって主張を続けている。
兄様とアリスターもチルのいつもと違う態度に首を傾げつつ、全員集合をかけた。
今、みんなが座っている中央にふよふよと浮いて腕を組んだチルは、ちょっと不機嫌な顔で「つちのこがいない」と叫んでいる。
ぼくは、馬車の中から部屋までのわがまま三昧の恥ずかしい姿をみんなに見られたのがいたたまれなくて、兄様の背中に隠れてひょっこり顔だけ出しての参加です。
ううーっ、アルバート様がぼくを見てニヤニヤ笑っている。
「やめなさいっ」
ペチン。
「イタッ! なんで俺を叩くんだよ、ティーノ兄」
セバスがアルバート様を窘めるのにリンの頭をペチンと叩きました。
当然リンは猛抗議をしますが、セバスはツーンとして取り合いません。
ムッとしたリンは、アルバート様の顔面を手で掴みググッと力を込めていきます。
「わーっ! リン、ストップ。ストーップ」
ジタバタ藻掻くアルバート様を無視して、ミックとザカリーさんがチルのいる方向へ目を凝らしています。
「見えるか?」
「うーん、光の玉がチカチカしているレベルです」
水の妖精であるチルは、まだまだ成長途中なので力が弱く、魔力の強い人にしかハッキリとは見えないし、話している声も聞こえないんだ。
猫獣人のミックさんはチルがわからないけど、ザカリーさんには光の玉に見えるみたい。
ぼくと兄様はチルとチロと契約しているから、しっかりと見えるんだけどね。
あとはチルの気が向いたときに見えたり声が聞こえたりするらしい。
「そもそも、つちのこってなんだ?」
「ギャウ?」
火の中級精霊のディディを抱っこしたアリスターが、尤もな質問を投げかけた。
「つちのこ? 聞いたことがないが魔獣かな?」
「つちのこ……ワームのことか?」
兄様とアルバート様もムムムと難しい顔で考えこんじゃった。
ちなみにワームっていう魔獣は、お口の大きなミミズみたいなウニョウニョした魔獣です。
『……ワタシのこと、みんな、みずのこって、よぶ』
兄様のキラキラな髪の毛ひと房をギュッと握ったチロが、ポロッと重大なことを零しました。
「「「「えっ!」」」」
チロの声が聞こえる兄様、アリスター、アルバート様、リンが驚いた顔でチロを見ますが、同じく声が聞こえたはずのセバスは落ち着いたすまし顔のまま。
「チロ。ま、まさかつちのこって土の妖精のこと?」
『ようせいだけじゃねぇぜー。せいれいもいないぞ。もぐもぐ』
みんなに相手にされなくて飽きてしまったのか、チルはクッキーを頬張っています。
「つまり、このアイビー国には土の精霊たちが不在?」
「それは……。ん? 何か問題があるのか、それって?」
アルバート様たちが困惑顔でぼくたちを見るけど、ぼくもわかりません。
「チル?」
『んーっ、しらん。でも、ほかのこはいるのに、つちだけいない。それはへん』
うん、他の妖精や精霊がいるのに、土だけいないのは確かに変だし異常事態だと思うけど、具体的にはどう問題なのかな?
難しいことにむむっ眉間にシワが寄っちゃいます。
「もしかして、アイビー国の農作物の不作は土の精霊がいないせいでは?」
顎に長い指をあててセバスが呟きました。
兄様とアリスターはハッとした顔でお互いを見て「それだ!」と言い合います!
「そうだよ。土の精霊たちがいないせいで土地に影響が出ているんじゃないのかな?」
「ああ、そうだよ。ディディたちがいた所より酷い状況で、力が不足して特に農作物に被害が出ているんだ」
兄様とアリスターの意見にアルバート様たちも賛同し、次々に土の精霊不在の影響を上げていく。
「んゆ?」
土の精霊がいないから土に元気がなくて作物が育たない……ってこと?
「チル。そうなの?」
『だから、おれにはわかんねぇよ。でも、つちだけが、だぁーれもいない、それはおかしい』
精霊や妖精も好む場所とそうでもない場所というのがあるので、精霊たちが疎らな土地はあるそうだが、ある属性の精霊だけが全くいないという場所は、チルたちにとっても珍しく異常なことらしい。
「土の精霊の不在による土の魔力の欠乏……いや精霊力の欠乏か?」
うわわわ、セバスまでブツブツ言いだしちゃった!
土の精霊さんたちがいないのはとっても大変なことらしいけど、チルの重大報告のおかげでぼくのわがまま騒動はみんなの記憶から消えてくれたみたい。
兄様の背中に隠れて、ほっと息を吐いたのでした。
『レンはのんきだな。こんなに、たいへんなことが、おきているのに』
チルはぼくの顔の前で頬を膨らませてふよふよ飛んでいるんだけど、ぼく呑気かな?
「だって、つちのせーれーさん? いないとどうなるの?」
兄様たちは土の精霊がいないせいで農作物に影響が出ているって話していたけど、本当にそうなの?
ぼくの質問をチルはツーンと顔を横に向けて無視します。
……チルってば、大事なところが抜けているよ? ぼくだってそれが大惨事を招くことだったら大騒ぎするもん。
ぷくっと不服そうに頬を膨らましたぼくの顔を見て、ギョッとしたチルは誤魔化すように咳払いをする。
『おい! チロ。おーさまにほーこくだっ! いくぞ』
『いやよ。ずっとアンタにつきあって、ヒューがたりないの』
んべっと舌を出してチロが同行を拒否すると、チルはブルブル体を震わせたあと「チロのばかー」と言い捨てて外へ飛んでいった。
兄様は困った顔でチロを見ているけど、彼女はうっとりと兄様の顔を見ている。
「にいたま、へるの?」
兄様と一緒にいないと、兄様が減ってしまうの?
「あはは。大丈夫だよ」
兄様が苦笑してぼくの頭を撫でたあと、アリスターにいや、ディディに頼み事をする。
「念のため、火の精霊王様にも、土の精霊が不在なことを報告に行ってきてもらえるかな?」
「わかった。ディディ頼めるか?」
『うん。アリスター、竈まで連れていって』
どうやらディディは竈の火から精霊界へと渡るらしい。
このときのぼくは、チルの言うとおり呑気に考えていたんだ。
いない土の精霊を呼んでくれば、問題が解決するって。