土の精霊 3
狭くて暗い押し入れの中で、体を丸めてひっそりと夜を待つ。
じっと黙って動かないで時間が過ぎるのを待っている。
極稀にお外に出れたときは、優しい人とほんのひととき触れ合って。
それで幸せだったのに。
それだけでも、充分にぼくは幸せだったのに。
どうして、こんなにもわがままで悪い子になってしまったの?
「ひっく、ひっく」
握った拳を口元にあてて泣き声を殺すけど、しゃくり上げるのは止められない。
どうして? どうして?
ぼくがわがままを言うから兄様が困っていた。
白銀と紫紺もびっくりしていた。
どうして? どうして?
兄様に「嫌い」なんて言ってしまった。
「っく。ごめんしゃい。……めんしゃい」
どうしてこんなに悪い子になってしまったんだろう。
シエル様に送られたこの世界はとっても優しくて、母様も父様も、みんなもぼくなんかを好きだって抱きしめてくれる。
白銀と紫紺、瑠璃や真紅、チルとチロ、アリスターたち、お友達もいっぱいできた。
それに、兄様! 兄様がいつもぼくを見守って慈しんでくれる。
大好きなみんな、大好きな兄様。
「うぅーっ」
なのに、最近のぼくは悪いことばかりして、みんなを困らせている。
自分でもコントロールできない、すごいエネルギーがぼくの中から湧いてきて、爆発してしまうの。
でも、そうやって吐き出しても、ちっともスッキリしない。
こうして、後悔して落ち込んで、でも素直に謝ることもできない。
あふれ出す涙に濡れる頬をゴシゴシと擦っては、ズッズズッと洟をすする。
コンコン。
ぼくが閉じこもったクローゼットに外からノックの音。
だれ? キュッと口を引き結んで暗い中、扉を睨む。
「レン? 俺だよ。アリスターだ」
「……アリスター?」
意外な人物の訪れに驚き、涙がピタリと止まってしまったみたい。
ぼくは、扉の外にいるアリスターに気づかれないようにソロソロとクローゼット内を移動して扉に耳をくっつける。
「レン、ここは開けてくれないのか?」
コンコン。
ちょっと苦笑いのアリスターは、小さく二回扉をノックする。
う、うーん、どうしよう。
「……ダメ」
「そっか。ま、出てきたくなったら出て来いよ」
アリスターはそのまま扉越しに話すと、床に直接座ってしまったらしい。
ぼくがここを出るまで、居座る気なの?
「……ぼく、ここにいるの」
「そっか」
むむむ。
ど、どうしよう……。
ぼくがここにずっといたら、アリスターもずっとここにいるつもりなの?
「でないよ?」
「ああ、いいぜ」
「……。ずっと、だよ」
「ん? そうだな、ずっとだな」
むむむ。
アリスターってば、手ごわいぞ。
「ぼく、わるいこだから! ずーっとずーっとここにいるんだから!」
ここにいないと、また兄様に酷いこと言ってしまうし、白銀と紫紺も振り回してしまう。
そんなことしてたら、そんなことしてたら、ぼくは嫌われてしまうもん。
ママがぼくを嫌っていたみたいに……。
「レンは悪い子じゃないぞ。むしろ、いい子だぞ?」
自分の思いにしょぼんと落とした頭が、アリスターの言葉に弾かれたように上がる。
ぼく、いい子?
「で、でも、わがままだし、あばれちゃったし……。に、にいたまに……ちらいって……」
うっ、また涙が滲んできて喉がひっくひっくと苦しくなってきちゃう。
こんなに泣き虫でわがままでダメダメなのに、せっかく妹のリカちゃんの「頼もしいお兄ちゃん」になろうと思っていたのに。
「っく。ひっく」
「わがままは言ってもいいんだぞ? レンはまだ子供なんだから」
大人になってもわがままだとダメだけどなーと、アリスターはからから笑う。
「レンがわがままだろうが、ヒューやセバスさんを困らせようがいいと思う。ヒューだってレンのわがままならかわいいって言うぞ」
あいつ兄バカだからなぁ、と今度はしみじみしてる。
「でもでも……」
「あ、ヒューのこと嫌いって言ったのは訂正してやれ。あいつ落ち込んでたから」
「……。ちらい、うそ。ふぐっ。っく。ひっく……ほんとは、しゅき、だもん」
「そっか」
そのまま、クローゼットの扉越しにアリスターと会話を続ける。
「キャロルのわがままなんてかわいいなんてモンじゃなかったぞ。泣き声はうるせぇし、本気で殴ってくるし。そのくせ甘え上手でなぁ」
どうやら妹のキャロルちゃんのわがままに振り回された経験が、兄であるアリスターにはあるみたいだ。
「やっぱり妹はかわいいんだよ。ヒューもそうだぞ。まぁ、あいつはちょっと好きすぎるが……」
「……。わがまま、いいの?」
「いいぞ。大人になったら言えないしな。それにレンのわがままは自分のことだけじゃないだろう?」
レンはいい子だ、アリスターは何度もぼくを褒めてくれる。
そんなアリスターの顔が見たくなった。
兄様や白銀と紫紺、ついでに真紅、セバスやアルバート様たちの顔も見たくなった。
そぉーっと扉をほんの少し開ける。
近くに座っているはずのアリスターの姿は見えない。
もう少し、もう少しだけ扉を開けて、開けて。
「わわっ」
見えないアリスターの姿を探すため頭だけ扉から出そうとしたぼくは、そのまま頭の重さで体ごと段差のある床へ落ちそうになってしまう。
「おっと、危ない、危ない」
咄嗟にアリスターが抱き上げて、ニコニコしながらその場でクルクル回る。
「危なかったなー、レン」
「うん。うん……」
抱っこされて、アリスターの温もりに包まれて、ぼくの涙腺はまたもや大決壊を迎えてしまった。
「うわわーん。ごめんなしゃい。ごめんなちゃーいっ」
「ああ、もう泣くな。泣くなよ」
アリスターが笑いながら大きな手でぼくの頭をナデナデしてくれるから、余計に涙が溢れてきてアリスターの肩に顔を押し付けて拭ってしまった。
「ああーっ、もう我慢できないっ! アリスターどけっ」
泣き笑いの顔でアリスターと顔を見合わせたら、隣の部屋から誰かがダダッと走りこんできてアリスターの体をドンッと突き飛ばした。
「いてぇーッ」
アリスターは体当たりの勢いで尻餅をついてしまったのに、ぼくの体はその人の腕の中、大切な宝物のようにそっと抱きしめられた。
「レン、レン。ごめんね、兄様が悪かった。ごめんね」
「にいたま?」
なんで兄様がぼくに謝るの? 悪いのはぼくだよ?
「にいたま、ごめんなしゃい。にいたま……だいしゅき」
ギュウッと兄様の首をホールドすると、兄様もギュウッとぼくを抱きしめる腕に力を入れた。
そんなぼくたちの足元には、白銀と紫紺が心配そうな面持ちでぼくらを見上げている。
「しろがね、しこん。だいしゅき」
「俺もだ!」
「アタシもよ!」
「あ、ついでにしんくも」
「ピイッ」
<俺様はついでかよっ>
「僕もレンが大好きだよ。僕の大事な弟だもの」
「にいたま」
セバスたち大人組に見守られて、こうしてぼくたちは仲直りをしたんだ。
『たいへんだーっ! たいへんだぞーっ! レン、たいへんなんだぞ』
ビッタン!
ぼくの顔に遊びから戻ってきたチルが張り付きました。
「ぐるちい」
『たいへんだぞ。ここには、つちのこが、いないぞーっ』
つちのこってツチノコ? それってだれなの?
それより、苦しいからチル、離れてよーっ。