土の精霊 2
結局、セシリアさんが「もう少し調べてみます」と息を深く吐いて、その場は終わってしまった。
ぼくは、まだ幼くて危ないからと魔法は教えてもらってないし、魔力を感じることもできないので、土の魔力を調べることはできません。
むーっ、役に立てないなぁ、しょぼーんです。
しかも、馬車に乗る間際に兄様が爆弾発言をしました!
「レン。今回のことに聖獣様は関わってなかったみたいだったね」
「あい」
コクンと頷くぼくに、兄様はとってもとっっても言いにくそうに口をもごもごさせたあと。
「レンはもうブループールに戻りなさい」
へ?
兄様の言葉が上手に理解できなくて、首を傾げて眉をキュッと寄せる。
「あー、だから。白銀と紫紺に対処してもらうはずだった聖獣様が無害だったら、レンがここにいてもつまらないだろう? それに、帰ればリカと会えるよ?」
引き攣った顔の無理やり笑顔で、ぼくをお家に帰そうとする兄様。
むむむ。
確かに、ぼくのお友達の白銀と紫紺が、この国に悪さをする神獣聖獣を叱ってくれるだろうから付いてきたアイビー国までの旅路。
でも、ここに住まう聖獣ホーリーサーペントのお姉さんは、ただ結界を張って閉じこもっている大人しい聖獣だった。
ぼくの出番、というか白銀と紫紺が何かをする必要はなくなった。
そして、ダイアナさんに頼めば、バビューンとお家まで転移ができてしまうこの現状。
「かえる。リカちゃんとあえる」
それは嬉しいんだけど……なんか、モヤモヤする。
「そうだよ、レン。ここにいたら危ないかもしれないからね。宿に戻ったら早速ダイアナに連絡を取ろう」
ほーっと安心した顔の兄様を見ていると、モヤモヤがザワワとさらに胸に広がっていくような?
「いや」
プクッと頬を膨らませて、つい口から出ちゃった。
「え、なんで?」
ぼくは増々頬をプクッと膨らませて、プイッと顔を兄様から背けます。
「い・や。かえらない」
「「レン?」」
兄様に反抗する珍しいぼくの態度に、足元で寝そべっていた白銀と紫紺も怪訝な顔です。
「で、でもね。これから何があるかわからないし。もしかしたら、不作の原因を探すのに時間がすごーくかかっちゃうかも」
「いやいやいやいやいや!」
高速の首振りです。
「……レン」
困ったなぁ、と兄様が言葉にはせず顔で訴えてくるけど、ぼくは嫌なの!
あれ? でも何が嫌なんだろう?
「レン。聖獣様が関係ないとしたら、もう今回のことは国同士の話になる。遊び気分じゃダメなんだよ」
めっ! ちょっと厳しい顔をして兄様がぼくを諭そうとする……けど、そういうのが余計にイライラするのーっ!
「いやったらいや! 帰らないったら帰らない!」
「そんな! 本当にあぶないかもしれないんだよ? また変なのに絡まれたらどうするの? 攫われちゃうかもしれないし」
「……うーん。でも、いや」
「おいおい、レン。ヒューの言う通り大人しく帰っておけ」
「そうよ。アンジェもギルもリカも、みんな待っているわよ?」
何故か、白銀と紫紺まで兄様と一緒になってぼくをお家に帰そうとする。
ぼくだって、父様や母様、リカちゃんに会いたいけど……、でもセバスに婚約者さんのこと約束しちゃったし……。
ぼくは俯いて両手をもじもじさせて考える。
「ピイピイピイ。ピーッ」
<白銀と紫紺はレンがサーペントと会うのを警戒しているだけだろっ>
「「うるさいっ」」
考えて考えて段々なんだかわからなくなって、うーっとなっていたら、急に白銀と紫紺が真紅と喧嘩を始めた。
んゆ?
真紅が何か言ってた? ぼく、聞こえなかったけど、なんて言ったの?
「とにかく、宿に着いたらレンはダイアナに迎えにきてもらうよ」
兄様の強い態度に、なんかプチッときたような?
「いーや!」
「レン!」
「うーっ、うーっ。……わーぁぁっ、にいたま、ちらい!」
体の奥からモヤモヤとイライラが溢れてきて、ぼくは抑えきれないソレを吐き出すように両手をグルングルン回して、足をジタバタと動かした。
狭い馬車の中で激しく動けば、当然同乗している人にぼくの振り回している手や足がぶつかる。
でも、じっとしてらんないの! うわーん!
「ちょっ、レン。レン、落ち着いて」
バシバシとぼくの手や足が兄様の体や白銀と紫紺の背中に当たっているけど、まだ体の奥がムズムズするから止められないっ!
「イーヤーだー! やーだ! うわーん」
身分を隠すために用意した箱馬車では、馬車内のやりとりなど馭者席のセバスとアリスターには筒抜けだったのだろう。
なんとなく、馬車のスピードが速くなった気がした。
「っく。ひっく」
さすがに宿に着く頃には涙は引っ込んでいたけど、しゃっくりがとまってない。
兄様や白銀たちは、疲労困憊というげっそりとした顔で馬車から降りて来る。
「ヒュー」
アリスターがそんな兄様たちを見て、困惑顔だ。
ぼくは、セバスに抱っこしてもらって馬車から降りたけど、ハッ! と気づく。
このままでは、ダイアナさんが呼ばれてぼくはお家に強制帰還させられてしまう。
「うー、やー。はなちて!」
セバスの腕の中で暴れていると、セバスがそっと下に降ろしてくれた。
そして、兄様たちに捕まる前にダーッと宿の中へと走り出す。
「あ、レン!」
兄様が呼び止めようとも、走り続けます!
宿の入り口もびゃーっと走り抜けて、受付のおばさんに挨拶もせずに階段をよっちよっちとよじ登っていきます。
昨日泊ったお部屋の前まで走ってきて、キキーッと急ブレーキ。
「あ……」
ドアノブに手が届かない? いや、頑張れば届く?
うーんっと爪先立ちして手を伸ばして、なんとかドアノブを掴もうと孤軍奮闘としているぼくの後ろからセバスがスマートにカチャリとドアの鍵を開けてくれた。
辛い体勢のまま顔を上に向けてセバスを見ると、目が合ったセバスはニコリと笑ってドアを広く開けてくれる。
ちょっと逡巡したけど、ぼくはそのままタァーッと走って、ぼくと兄様の部屋のドアを開けて、バタバタとクローゼットへと。
そして……。
バタンとクローゼットの中に入って体を小さく丸めた。
父様と兄様は、ぼくが狭くて暗い所が怖いと思っているけど、本当は違うの。
狭くて暗くて……だからこそ安心できる、前の世界のぼくだけの避難場所なの。