聖獣みつけた 5
きょとりとお姉さんは不思議そうな顔で僕たちを見回しました。
あれれ?
「私……そんなことしてないわよ? ずっと静かにここで閉じこもっていただけよ?」
大きな蛇さんでもあるお姉さん――ホーリーサーペントに、アイビー国に意地悪するのを止めてくださいってお願いしたら、想定外のお返事を頂きました。
「アンタ、ここら辺の土に不作の呪いでもかけてたんじゃないの?」
「やあだ、レオノワール。物騒なこと言わないで。そんなことしないし、できないわよ」
どんな土魔法を使えば「農作物の不作」を操ることができるの? と反対に尋ねられて紫紺も首を捻りました。
「そういえば、そうね」
「あー、真紅のときみたいに辺り一帯から根こそぎ魔力奪わないとダメか?」
「ピイッピイピイ」
<俺様はそんなことしてない! ちょっと火口に飛び込んだだけだ!>
ぼくと兄様たちは「あー、そんなこともあったっけ」と懐かしさを感じるエピソードだけど、実際そのとき被害にあったディディは真紅に対して不満気に鼻を鳴らした。
ディディと真紅の間ではまだ蟠りがありそうだ。
「でも、聖獣ホーリーサーペント様の仕業ではないとしたら、この国の長年続く不作の原因はなんだろう?」
兄様が難しい顔をして考え込んでしまいました。
みんな、お姉さんに会って頼めばアイビー国の問題は解決すると思ってたからだよね。
「聖獣ホーリーサーペント様。少々ここら辺の土を持ち帰ってもよろしいですか?」
「? ええ、礼儀正しい人の子よ。許しましょう」
片膝をつき右手を胸に当て恭しく頭を下げるセバスに対して、お姉さんは威厳たっぷりに頷いてみせた。
「けっ。何を今さら体裁を整えんてんだよ、残念聖獣様め!」
「ちょっ! ひどいわ、フェンリルちゃんったら」
「ちげーよ。俺の名前は白銀だっ」
……うん、二人ともとっても仲良しみたい。
セバスはミックさんザカリーさんにも頼んで、いくつかの小瓶に土と草を入れていく。
セバスが持つそのバスケットは、森に来る前にあのモグラ獣人の女の子が渡してくれたものだね。
「セバス。セシリアさんに、あげゆの?」
「はい。土を調べたいから持ってきてほしいと。どうやらアイビー国の中で一番作物の被害が少ないのがモンステラ伯爵領。その中でもここクラク森の近くの畑の影響が少ないみたいですよ」
ふーん。
「それは、お姉さんのおかげ?」
「さあ? それはどうかしら。私も土魔法は得意だけど、ここら辺に何かしたつもりはないのよ? 私たちが居るだけ恩恵があったのはもう昔の話」
お姉さんは悲し気に目を伏せて「そんな力はもうないわ」と言葉を落とした。
「聖獣様ではない、何かが原因……。あー、振り出しに戻っちまったな、ヒュー」
「ああ。だけど何かの仕業であることはハッキリしている。同じ条件の土地なのに、一部だけが影響を受けていないことなんてあるものか」
兄様の青い瞳が爛々と輝きを増していきます。
「ヒューバート様。この後セシリアの研究室に立ち寄ってもいいですか? 一度、彼女の考えをお聞きください」
「わかった」
こうして第一回クラク森の調査は幕を閉じたのだった。
……とはならない……らしい。
「えーっ、どうして、どうして。久しぶりに再会したのに、もう行ってしまうの? もう少しゆっくりしていけばいいじゃない。軽く百年ぐらい」
「アホかーっ!! 百年もいたら人の世界はまるっと変わってしまうわっ!」
ガウッと白銀が吠えると、紫紺も物憂げに息を吐く。
「そうねぇ。そんなに長い間レンとは離れたくないわ。あ、真紅を置いていきましょうか?」
「ピピイ」
<ちょっと待て! 俺様も連れていけ。こんな奴とこんな魔境にいるのはイヤだ>
白銀たちとお姉さんの間で問題が起きました。
ぼくも、白銀たちがここに残るのは反対だなぁ。
だって、ぼくとずっと一緒にいてほしいもん。
「また、私ひとりぼっちになってしまうわ。そんなの悲しいわ」
「「神界にでも行きなさい」」
白銀と紫紺が声を揃えて折衷案を出すが、お姉さんはフルフルと頭を振る。
「ダメ。入り浸り過ぎて狐さんから出禁をくらったわ。その期間は百年間」
「「バカ」」
「ピイ?」
<そんなに一人がイヤなら、瑠璃のところに行けよ>
真紅が珍しく名案を提示したら、白銀と紫紺がうんうんと大きく頷き同意します。
「そうよ。瑠璃のところに行きなさいよ。面倒みてくれるわよ、きっと」
「爺さんも話し相手が欲しいだろうよ」
ポンッと前足を座っているお姉さんの膝に置く白銀と紫紺。
「……海の中はちょっと……」
「「贅沢いうなっ」」
こんなやりとりをぼくが欠伸をするまで、長々と続けていました。
んー、ぼく眠い。
「レン、負ぶっていくから眠っていいよ」
「ううん。にいたま、ぼくあるく」
コシコシと目を擦りながら、右足出して左足出して、次はどっち?
「ほら、危ないよ。白銀と紫紺も帰るよ」
「「はーい」」
「おいっ、ヒュー。お前、聖獣様を無視すんな」
兄様の背中の温かさにほぼ眠りに入っていたぼくの背中にアリスターがお姉さんに謝っているのと、アルバート様たちの騒がしい叫び声が聞こえる。
「あら、真紅ったら火を吐いてるわよ」
「あん? 大丈夫だろ。さすがに森を燃やすほどバカじゃない」
「そうね。でも、アルバートたちは逃げ惑っているけど」
「それこそ、ほっておけ。あいつら冒険者だろ?」
なんか、アルバート様たちの悲鳴がずっと聞こえているけど、大丈夫?
「大丈夫ですよ、レン様」
セバスが頭を撫でてくれるのが気持ちよくて、ぼくはそのまま兄様の背中で深い眠りに落ちていった。