聖獣みつけた 3
最初、あの方から下界に降りて指定された地を守護するよう命じられたとき、ほうっと安心したものよ。
だって、エンシェントドラゴンとリヴァイアサンは広大な範囲を守護する地として示されたけど、「動いてはならぬ」とも命じられていて、窮屈に思ったもの。
フェンリルとフェニックスはそれぞれ雪深い山奥や火を噴く山々の地で、それこそ自分の担当ではないことに胸を撫でおろしたわ。
レオノワールは森深く、他の仲間も泉があるだけの寂れた村や砂しかない荒れ地が担当で、自分の降り立つ長閑な地が一番よかったと自慢気に思っていたの。
その地を守護すること。
でも、貴方たちったらあの方の命令を無視して、そこに住まう民と交流を持ち始めたのよね?
あのお節介で世話焼きな仲間から聞いたんだから!
それで……私も随分長いこと一人だったから寂しくて、人里に顔を出してみたの……。
「……子供に怖いって叫ばれて、バケモノと罵られて武器を手に追いかけられたわ」
私に怯えて迫ってくる人の形相が鬼よりも怖くて、私は夢中で逃げた。
岩山の影に身を潜めて潜めて、そして時が過ぎるのをじっと待って。
「別の集落に顔を出しても同じこと。バケモノとして追い払われ、忌み嫌われるの」
創造神が創られた至高の存在である聖獣の一体――ホーリーサーペントである私の尊貴な姿は教会に飾られているのに、ここでの私は恐れられているバケモノ、凶悪な魔獣に過ぎなかった。
他の仲間のように人と交わることを諦めて、人のいない場所へと移り行き閉じこもることにしたの。
それから、何故か貴方たちが人と一緒に争うようになって、私の立場も変わってしまった。
相変わらず恐れ嫌われていたけど、中には自分たちの争いに引き込もうと媚び諂う人もいた。
私にとって心を痛めた存在は、「助けて」と悲痛な叫びを向けられること。
「その人たちを助けるためには、仲間に牙を向けなければならない」
どうして? 私のことを嫌う人たちのために仲間と戦うのは嫌よ。
でも「助け」なければ、また私は嫌われて一人ぼっちに戻ってしまう。
「……どうしていいのかわからなかった。あの方から力を授けてもらっても使い道もわからない。ほとほと自分が嫌になったわ」
正直、あの方を恨んでもいた。
なぜ、私だけがこんな姿をしているの?
なぜ、私だけが嫌われるの?
そして、その呪詛は自分にも向けられた。
それは、あの悍ましい瘴気を生み、聖獣自身の神気に混じり、ゆっくりゆっくりと聖獣ホーリーサーペントと周りの地を穢していく。
創造神シエルが救済に訪れるまで、冷たい地の底で泣きながら自分に呪をかけ続けたのだ。
「気がついたら懐かしい神界にいて眠っていたというわけ。起きて下界のこと、自分のことを聞いて……そして、また下界に降ろされたのよ、悲しいことに」
絶望したわー、でも下界の様子も変わっていたのよ。
私を追い払った人たちが住んでいた地がどこだか判らない程に地形が変わっていたし、見慣れた種族がいなくなっていたり。
それでも、自分の姿を見られたらまたあの地獄のような日々が戻ると恐れて、森の奥深くに結界を張って引きこもっていたのよ。
え? ここに神獣か聖獣がいるって噂になっていたですって?
あー、たまに様子を窺いに動いたりしていたからかしら? でも、人に会うのは再び下界に降りてからは貴方たちが初めてよ。
大きな蛇さん――今はお姉さんの姿をした聖獣ホーリーサーペントは、話し終えるとセバスが用意したお茶をグビリと飲んだ。
「……かわいそう。あんなにキレイなのに」
ぼくは、お姉さんの話を聞いてしょんもりと肩を落とします。
「えっ!」
「ピイッ!」
<本気か? あの無駄にデカイ、ニョロニョロがキレイだって?>
真紅の言い方が何気にヒドイような? それに白銀もぼくの言葉に驚きすぎだよ。
「あい。キレイ。さくらとおなじ、いろです」
ぼくはうっとりと目を閉じて、ありし日の桜の姿を目に浮かべてみます。
……といっても、ぼくは満開の桜の木を見たことがありません。
全部、夜中にママがいないときテレビで見た映像です。
お姉さんの着物は白を基調としていて、襟と袖と裾にピンク色の花模様と銀糸で流線型の模様があって優美なイメージ。
帯はお目々と同じ真っ赤な色です。
髪は頭頂は真っ白だけど、段々と毛先までピンクのグラデーションになっていて神秘的です。
お肌も真っ白で赤いお目々に長い白い睫毛がかかっていて、儚げなお姉さんなのです。
ニマニマとした顔の両頬に手を当てて、ほーっと息を吐いてうっとりするぼくに、白銀と真紅はええーっと若干引き気味みたい。
「レン。その『さくら』ってなにかな?」
兄様が困った顔で尋ねてきましたけど、あれれ? こっちの世界には桜の木はないの?
「うんと、えっと、はるになったらさく、おはなのき、です」
こんなに大きくてこーんなにいっぱい桜の花が咲いて、そんでパーッと散ると花吹雪って言うんだよ。
ぼくは、体全体を使って兄様たちに説明します。
あと、あと川沿いにいっぱい植えるとすごいキレイで、下からライトを当てると夜はもっとキレイ!
お花に興味がなかったアルバート様も、お花見で美味しいご飯とお酒を飲んで楽しむと聞けば、興味が沸いてきたみたい。
「そんなに、私はキレイなの?」
お姉さんがもじもじしてぼくに聞いてくるから、ニッコリ笑ってうん! 大きく頷きます。
そこへ、アルバート様たちがリンたちと確認するように言いました。
「別に俺たちも怖くねぇよ。魔力感知ができる奴なら、アンタからは魔力じゃくて神聖な力を感じるはずだ」
神官のミザリーさんやミックさんもうんうんと同意しているけど、残念! ぼくには魔力感知はわからないようです。
兄様もアリスターと顔を見合わせて「平気だよな?」と確認し合ってます。
「よかったわね、サーペント。これで結界から出ていけるじゃない」
紫紺がバチンとお姉さんの背中を勢いよく叩きます。
「おい! 紫紺、余計なことを言うなっ」
「ピピイ」
<白銀の言う通りだ! 面倒なことになったらどうすんだっ>
「あら、白銀も真紅も冷たいわね。同胞の転換期なのよ。男だったら喜んで手を差し伸べなさいよ」
うん、そのまま白銀と紫紺たちはいつもの口喧嘩が始まってしまったね。
ぼくは、兄様に甘えモードでよいしょよいしょと兄様の膝へ座り直します。
「ふふふ。いいよ、おいで」
わーいっ! て和やかに過ごしている場合じゃなかったよ。
お姉さんに、アイビー国の作物に意地悪するのを止めてもらうようにお願いしなきゃ。
でも、その前に場を凍り付かせる一声が、お姉さんから発せられたのだ。
「ねぇ。白銀と紫紺、真紅って誰のこと?」
あ、もう一人「瑠璃」がいますけど?