聖獣みつけた 1
タタタッと足を頑張って動かして走ります。
夢中で真っ直ぐ走って、案の定木の根っこに足を取られてすってんころりんと転びました。
「イタタッ」
頭は打たなかったけど、膝を打ってしまって痛い……痛い……。
「うえーん、いたいよー」
ぐすっぐすっ。
その場でしゃがんでグシグシと涙が溢れて来る目を擦るぼくに、いつもならリリとメグが抱き起こしてくれるし、白銀と紫紺がペロペロと泣いて真っ赤になった頬を舐めてくれるのに……。
「……にいたま」
兄様が優しく頭を撫でて、怪我した場所を手当してくれるのに。
「ぐすっ。みんなのところ、もどるの」
急に淋しくなって、走って転んで限界がきている自分の足をよっこいしょと動かして、ヨロヨロと立ち上がる。
おっと、バランスを崩して後ろに倒れそうになるところを、ちょうどいい高さの岩があったので手をついた。
「ふうっ。あぶない、あぶない」
ふーっと息を吐いて、かいてない額の汗を拭うフリをして、もう片方の手を……手を……。
うん?
ぼくが転ばないように掴んだ岩? 岩なの、これ?
「……ぴんく」
触った感触はツルツルで、日本のお城にある石垣みたいに高くて大きくて一つ一つの石が規則的に並んでいるみたいで、色が薄紅色。
圧倒されるような存在感と桜を思わせるキレイな薄紅色。
「ほわわわ」
暫しその岩もどきに見とれていると、不意に上の方からガササッ、ガサッと葉擦れの音がした。
ビクッとぼくの体が音に反応する。
ど、どうしよう……、問題なく結界を抜けられたのに浮かれて、兄様が止めるのも無視してここまで走って来ちゃったけど……。
ここはクラク森、そう、森の中、魔獣が出没する危険な森の奥。
もしかしたら、すっごく強い魔獣かもしれないし、狂暴な肉食動物かもしれない。
ぼくは震える体でしゃがんで自分を小さくさせながら、おそるおそる視線だけを上に向けた。
空が見えないほどにみっちりと繁った葉の隙間から見えたのは、鮮やかな赤。
「……キレイ」
真っ赤に輝くそれに目が奪われたぼくはフラフラと立ち上がり、ぺとっとその大きな顔に手をつける。
「んゆ?」
顔? 大きなお顔なの、これ? じゃあこの赤い宝石のようなのは、瞳?
ぼくが首をコテンと傾げるのに同じ方向に大きなお顔も斜めになる。
「ぼうや、私の目がキレイって言ったの?」
涼やかで優しい声が聞こえてきたよ?
ぼくはしっかりと頷いてから、どこから声が聞こえたのかな? と周りをキョロキョロ探してみる。
でも、高くて太い木や大きな葉っぱばかりでここには誰もいないよ?
「あっ、もしかして……」
この大きなお顔が喋ったの?
ぼくがじーっとお顔を見つめていると「ふふふ」と笑った……ような?
「あら、私が怖くないのかしら? これならどう?」
ガササッ、ガササッという葉擦れの音と、バキッバキバキッという砕かれる音がわーっと一気にぼくに襲ってきた!
「わーっ、わーっ!」
上から落ちてくる葉っぱに驚いてあっちに走って転び、こっちに走って木にぶつかって尻餅をつくぼく。
もう、もうパニックです!
「ほ~ら、どうかしら?」
さっきから聞こえている女の人の声は、笑いを含んでぼくに問いかけてくる。
「えっ? あ、おっきなへびしゃん」
石垣のように高い壁みたいだった体は解かれて下半分は地を這い、上半分はシャーッと鎌首をもたげて上からぼくを見下ろしている。
桜みたいだと思った薄紅色の岩は蛇さんの大きな鱗で、とぐろを巻いていたから物凄く大きく見えたんだね。
真っ赤な瞳がぼくを映しているけど、言葉ほど楽し気ではなさそうな? まるでぼくを怖がっているような不安に揺れている。
「こわくないの。へびしゃん、キレイなの」
ぼくは大きな蛇さんの大きなお顔に向けて両手を広げてニッコリ笑ってみせた。
「ぼうや……」
赤い瞳がユラユラ揺れて潤んで、大きな滴がポタリと今にもこちらに落ちてきそう。
蛇さんが泣いちゃうとぼくがオロオロと動揺していると、背後からダダダッという駆け足の音が。
そして、再び何かが砕かれ地に倒れる爆音の波が襲ってきます。
バキーッ、バキバキーッ、ドガッーン!
「うひゃあ!」
「「レンーッ! 無事かーっ!」」
白銀と紫紺が、獣姿で全力で飛び込んできたようです。
あー、ビックリした。
「あら、久しぶり。フェンリルちゃんとレオノワールじゃない! あらあら、そのちんまい小鳥はもしかして、フェニックスちゃん?」
「「えっ?」」
白銀と紫紺がグルルルルと唸っていたのを止めて、声の主である大きな蛇さんに気づく。
「あなた……やっぱりホーリーサーペントだったのね」
「マジかー。ああ……会いたくなかった」
懐かしそうに目を細めて大きな蛇さんに歩み寄っていく紫紺と、その場で頭を抱えて地に伏す白銀。
んゆ?
もしかして、この大きな蛇さんは白銀と紫紺のお仲間なのでは?
ホーリーサーペントさんっていう聖獣さんなのでは?
「ピイピイ」
<そうだよっ。聖獣ホーリーサーペント。俺様とは相性がめちゃくちゃ悪いお仲間だよっ>
白銀の頭の上で羽が毛羽立ったぼさぼさの真紅がやけくそ気味に教えてくれた。