クラク森へ 5
ぼくたちはお昼休憩のあと、ソロソロとした足取りで森の中を進みます。
前方にミックさんとザカリーさんを配置したのは、獣人の鋭い気配感知と神官スキルで神気を辿るためです。
白銀が「俺たちがいれば神気はわかるぞ?」と不思議がっていましたが、とりあえずは白銀たちを頼らない方向で進むのです。
ぼくと兄様を真ん中に、左右にセバスとアリスターが、後ろにはアルバート様とリンがしっかりと護ってくれています。
紫紺が「アタシたちが全員を護れるんだけど?」と不服そうですが、とりあえず紫紺たちは最終防衛戦力なので温存するそうです。
「ゆっくり進め。結界ギリギリまで進むんだ」
アルバート様の指示にミックさんとザカリーさんが武器を上に掲げて「了承」の合図を送りました。
白銀たちの予想では、もう少し森の奥に行くと引きこもりの聖獣が張った結界に当たるとのこと。
「しろがね。けっかいに、はいれないの?」
「俺たちは力技で結界を破れるけどな。人は無理だろう。結界に入ろうとすると、あのトカゲのいた所みたいに同じ所をグルグル回らせられるか、違う場所に飛ばされるかするな」
うわわわ。
一人だけ違う場所に飛ばされるのも嫌だし、同じ所を永遠に迷子になるのも嫌です。
しかも、ここは森の中だから、同じ所なのか違う所なのかぼくには判断できません。
「レン。手をしっかり握って離さないようにね。急に駆け出したりしちゃダメだよ」
兄様が握った手をブンブンと上下に軽く振りながら、この頃いたずらっ子になったぼくに言い聞かせます。
「あい!」
返事は大きな声で元気よく!
「アハハ! ヒュー、レンなら大丈夫だろう? いつも大人しいし、キャロルと違って我儘言わないし」
なー? とアリスターが笑顔でぼくに同意を求めるけど、ちょっと心にやましいことがあるぼくは、すぅーっと視線を逸らしてしまいます。
「ギャッ、ギャウ」
「ん? ディディどうした?」
アリスターの腕の中で、火の中級精霊のディディが何か抗議をしてるよ?
「あー、いや、もういいじゃないか。なっ」
アリスターが機嫌を取ろうとしているけど、ディディはギロリと白銀の頭の上で食後の惰眠を貪る真紅を睨んでいる。
ディディたち火の精霊が結界を張って兄様たちを迷わしたのには理由があって、まあ……その場所で無謀なことをして火の精霊王たちに迷惑をかけた真紅が悪いんだけど。
真紅が失われた神気を取り戻そうと、何度も何度も火山の火口に飛び込んで、その一帯の力――精霊力まで根こそぎ奪っちゃったのだ。
力を失い弱っていた火の精霊王に頼まれて真紅を捕まえたぼくたちだけど、火の精霊たち最初は兄様たちを警戒していたから、ぼくと離すために兄様たちを迷わしたんだよね。
『やぁだ! ゆるせないっ。すっごくたいへんだったんだよ、あのデブ鳥のせいで!』
んゆ?
な、なんか、ちょっと高めの男の子の声がどこからか聞こえてきたけど。
兄様とぼくは二人してキョロキョロ。
「あー、ヒュー、レン。今のはディディだ。ディディが喋った」
「「え?」」
確か、ディディと初めて出会ったブルーフレイムの町では、真紅に精霊力を奪われていて満足に話せなかったんだよね。
ギャウギャウ言ってたもん。
中級精霊なのに話せないのか? って契約したアリスターも首を捻っていた。
その後、ぼくたちと一緒にブループールの町に戻ってきても、ディディは喋らなかった。
とっくに精霊力は戻ってきたのに、契約者であるアリスターの唯一の家族、キャロルちゃんと会話できなかったからだ。
これは、キャロルちゃんの魔力操作のレベルがイマイチだったせい。
そして、何故かキャロルちゃんと会話できるまで契約者のアリスター以外とはお喋りしないとルールができていた。
「アリスター。ディディが話すということはキャロルとは?」
「ああ。もう、毎日ケンカばっかりでうるせー、うるせー」
でも、そういうアリスターは嬉しそうですよ?
ぼくはアリスターに抱っこされているディディをじーっと見つめてニコッと笑った。
「よかったね、ディディ」
『うん。ありがと、レン』
二人でフフフと笑っているのを、温かく見守っていた保護者たちの気持ちを引き締めるように紫紺が低く唸る。
「結界よ」
そこには、木々がさらに密集して暗くなった森の風景が、どことも変わらない風景が広がっていた。
結界?
ぼくには違いがわからないなぁ。
うん、もうちょっと近づいて見てみよう。
兄様はアリスターと一緒にディディとお喋りを楽しんでいる。
白銀はフンフンと結界当たりの匂いを嗅いでいるし、紫紺はピンと尻尾を立ててキリリとしたお顔で空を警戒している。
アルバート様たちはセバスも交えて作戦会議中。
誰もぼくに注目していない……あれ? なんか楽しくなってきたぞ?
ワクワクしてきたような? トコトコと歩いていた足がタタタッと小走りになって、ドンとぶつかるはずの結界の壁もスルリと通り抜けたような?
あれ? これってば大冒険なのでは? 誰もいない、ぼく一人で森の中を大冒険して聖獣を見つけちゃう?
あー、なんかすっごいワクワク、ドキドキしてきたぞ!
「きゃあーっい!」
はしゃいだ声を上げて、ダダダッと森の奥へと結界を通り抜けて走り出す。
「え? あ、レン? ダメだよっ、戻ってきてレーン!」
兄様の叫び声を背中に浴びて、ぼくは暗い森の中走って行ったんだ。