クラク森へ 4
サクサクッと枯れ落ちた葉の上を慎重に歩いてます。
「おーい」
油断すると、ズルッと滑るんだよ? 葉っぱの上を歩くのって難しいんだね。
「おーい、無視するなー」
何回か滑って転んで尻餅をつきそうになったから、ぼくの右手は白銀の毛をしっかりと掴んでいる。
「いい加減諦めて、抱っこさせろよ」
アルバート様、うるさいっ。
ギンッと鋭い眼で睨むと、アルバート様はニヤニヤと笑いながらぼくの頭をポンポンと叩く。
「あのな、冒険したい気持ちはわかるが、後ろを向いてみろよ」
んゆ?
ぼくはアルバート様に苛立った気持ちも忘れて、素直に後ろを向いてみる。
「な、そんなに森の入り口から進んでないだろう? お前、歩くの遅いんだよ。このままじゃ、ここで夜を迎えちゃう。だから、諦めて俺に抱っこさせろって」
「ぶーっ!」
ひどい、ひどい! アルバート様は意地悪だ。
ぼくはなんか胸がムカムカとしてきて、アルバート様の足を握った両手でポカポカと叩いた。
「アイテテ」
アルバート様が痛がってるぞ、よし、もっと攻撃してやる!
「こら。レン様を揶揄わないでください」
ひょいとぼくの体がセバスに抱き上げられる。
「すまん、すまん。かわいかったからな」
むうっ、アルバート様ってば、ちっとも痛がってなかった。
「ほら、かわいい顔を顰めるな。俺も悪かったから。お願いだから俺に抱っこさせて歩かせてください」
ペコリと頭を下げるアルバート様に、少し胸のムカムカが落ち着いた気がする。
「しょ、しょーがないです。いいですよ」
んっ、とアルバート様に向かって両手を差し出すと、破顔したアルバート様が軽々とぼくの体を抱っこした。
そのままスタスタと歩き出したんだけど、やっぱりぼくが歩くのとはスピードが全然違いました。
ちょっと恥ずかしくって、アルバート様の肩にぐりぐりと顔を押し付けちゃう。
「ん? なんだ、くすぐったいぞ」
「……くすぐりのけいでしゅ」
嘘だけど。
アルバート様はくしゃくしゃとぼくの頭を撫でて、森の奥へ奥へと進んで行きました。
ちなみに、兄様はアリスターとどっちが狭い森の中で上手に馬を走らせるかと競争していました。
「ご、ごめんね、レン。馬を走らせるのに夢中になってしまって」
へにょと眉を下げた兄様がぼくの機嫌を必死に取ろうとしています。
「? べつにいーの」
「ああ、レン。怒っている? ご、ごめんね。ほら、これも食べていいよ」
むぎゅっ、口の中に兄様の分のエクレアが押し込められました。
「んー、んんんっと」
お礼を言ったけど口の中がエクレアでいっぱいで、言葉にならなかったよ。
今は、お昼ご飯休憩中です。
これから先は、お馬さんも走れないほどに木々が多いので、目印を付けた場所にお馬さんを繋いで先に進むそうです。
「特に変異は感じられないと言いたいが、恐ろしいぐらいに魔獣が出てこないな」
「アル。魔獣だけじゃない。小動物もいないぞ」
アルバート様とリンが冒険者目線でここまでの意見交換をしています。
ザックさんミザリーさんも周りを警戒して、手に武器を持ったままです。
ここまで大人の足で二時間ぐらい歩いて移動してきましたが、そういえば魔獣に出会わなかったし、兎さんやリスさん、鳥さんも見当たらない。
「しろがね? しこん?」
森に魔獣がいないとか、動物がいないとか、あるの?
「んー、なんかここら辺を避けているみたいよ」
「あいつの神気にビビッてんだろう」
あーんと白銀が大きなお口で鳥肉にかぶりつく。
「「あいつ?」」
ぼくと兄様が首を傾げると、白銀はベロンと口の周りをひと舐めしてニヤリと笑う。
「決まっているだろ。聖獣だよ、聖獣。この奥に俺たちの仲間がいるんだよ」
……。
え? 聖獣がこのクラク森に本当にいたの?
「なんで今まで黙ってたんだよっ。そういう大事なことは早く教えてもらえませんかねぇ、神獣様ぁ」
アルバート様が後半巻き舌で発音しながら白銀に迫るけど、白銀は煩そうに後ろ足で首をかいかいしている。
「あら、わかっててアタシたちに神気を隠せって命じたんでしょ」
紫紺もペロペロと前足を舐めてお顔をくしくししている。
「ちがーうっ! 貴方達の神気で、もしここにいるかもしれない神獣聖獣が姿を隠したら、交渉が長期戦になるから、神気を隠してくださいってお願いしたんです! 断じて、命じてない!」
アルバート様の額にいっぱい血管が浮き出るのが怖くて、ぼくは兄様の背中に隠れます。
ブルブル、怒っている大人の人はまだちょっと苦手です。
「アルバート様、落ち着いてください。揶揄われているのですよ、白銀様たちに」
セバスがふうっと息を吐いて、興奮しているアルバート様の肩を叩く。
リンに目配せして、アルバート様が暴れないように後ろから羽交い絞めにしてるけど、かわいそうじゃないかな?
「あっちのことは放って置こう。白銀と紫紺。その森にいる聖獣は近くにいるのかな?」
兄様はたまにいい笑顔で酷いことをサラッとしますけど、誰に似たのでしょう?
父様やロバートお祖父様ではないし、ナディアお祖母様でもないような気がするので、もしかしたら母様に似ているのかもしれません。
白銀と紫紺は顔を見合わせて、うーんと首を互いに捻ってしまいました。
「うーん、近いのは近いけど……。あの子ったら森の奥に結界を張って閉じこもっているみたい」
「たぶん俺たちが呼びかけても出てこないと思うぞ」
え? 引き籠りの聖獣ですか?