クラク森へ 3
セバスの婚約者さん、セシリアさんのお仕事場で働く小さな女の子はモグラの獣人で、あの大きな手と爪はあまり獣人たちの間では良く思われていないと、アリスターが教えてくれました。
「んゆ?」
同じ獣人なのに、どこに獣人の特徴が出るかで差別されるのは理解ができないよ?
「レンが難しい顔をしているな。キャロルに教えたときもそんな顔していたよ」
アリスターたちは元々両親が冒険者で、あちこちの国や町を旅していたから、獣人の悪しき習慣に染まることはなかったらしい。
「だって、本当に色々な種族がいるし、人族だって髪の色や瞳の色は違うし身分とかで違うし、そんなのいちいち気にしてらんないよ」
両腕を頭の後ろで組んで上半身を反らしたアリスターの足を、ペチンとセバスが軽く叩いた。
お行儀が悪いってことかな? ふふふ。
「モンステラ伯爵領地では、獣人たちの差別意識が高いってことかな?」
兄様がふむっと呟くと、セバスが「農業を主にしているので土地に縛られ、余所者と接することも珍しく古い考えから抜けられないのでしょう」と補足してくれる。
「あー、そうかもな。俺たちみたいに放浪してたら色々な価値観に触れることができるけど、ここでは保守的な考えが強いんだろう」
フンッと鼻息を荒くするアリスターと、その鼻息でフワサと白銀の毛が揺れる。
「元々は、そのう……言いにくいのですが……獣人たちや他の種族に差異が生じたのは大昔の争いで、種族の淘汰がされた結果と言われてます」
珍しくセバスが言い淀むけど、大昔の争いって白銀たちが喧嘩していた時代のこと?
「喧嘩……。まあ、俺たちが暴れてあちこち壊していた時代の話だなぁ」
「そうねぇ。あの争いで幾つかの種族は滅亡してしまったし。種族の保存のため異種族間で婚姻が活発でもあったわ」
つまり……どういうこと?
ぼくを膝抱っこしてくれている兄様の顔を下から仰ぎ見て、解説をおねだりします。
「レン。かわいいねぇ。つまりね、自分たちの仲間がいなくなってしまうことに焦りを感じた幾人がか、似ている種族の人と結婚して子供を授かるようにしたんだよ。そうしたら同じではなくても似ている種族は残ることになるでしょう?」
ふむ、そういえば前世のテレビでも絶滅危惧種の特集で見たことがあるかもしれないな。
「その結果、長い時を経て獣人たちの形も様々になったけど、あの子みたいな特徴が出ている者を忌避するようになったんだよ」
んゆ? なんか違うの? 特徴が出る場所によって、獣人としての能力とか何かが?
「いいや。何も変わらないさ。俺たちみたいな奴らが多数ってだけだ」
「そういうものかな。残念だけど多数であるってことが正しいと勘違いする人がいるからね」
アリスターと兄様が「そういう奴はバカなんだっ」と鼻で笑うようにぼくに教えてくれるけど、目が笑ってなくてちょっと怖いよ。
精神安定のために、足元にいる白銀と紫紺をもふもふも、もふもふ。
「あれ? しろがね? しこん? ついでに、しんく?」
「ピーイッ」
<俺様はついでかよっ>
なんか、みんなが元気がなくショボーンとしているんだもん。
「俺たちのせいで、そんなことに……」
「……きっかけはそれぞれの種族同士の争いでも、戦渦を広げたのはアタシたちだものね。責任感じるわ……」
そのあと、ぼくと兄様たちは、クラク森の入り口に着くまで白銀と紫紺たちを励まし尽くしたのだった。
うん、セバスが出したお菓子の山で気持ちが上昇してくれたみたいで、よかったです!
クラク森の入り口は……ちょっと不気味な雰囲気です。
徐々に木々が密集していくので、しばらくはお馬さんを連れて歩くそうですが、立派な太い幹の木ばかりなのに、所々に黒い幹に枝が折れ葉が枯れた木が混じってます。
ギュッと兄様と繋ぐ手に力が入ってしまったのは、しょうがないと思います。
「レン、大丈夫だよ」
兄様が励ますように頭を撫でてくれ、白銀と紫紺がポフンと体を優しく寄せてくれる。
「しかし、改めて畑が多い土地だ。ほぼ平地で国境沿いに低い山脈があるんだな」
アリスターが手を額に翳して遠くを見ている。
モンステラ伯爵領地も国境沿いにある領地だけど広い平地の領地で、隣の国との間にはクラク森がある。
他の国とは、ちょうどアイビー国を囲むようにある山脈で遮られているみたいだ。
「んゆ?」
「どうしました?」
馬車から必要な荷物を降ろしてアルバート様たちの馬に乗せていたセバスがぼくの顔を覗き込む。
「あれ、なあに?」
セバスがぼくが指差した方へと顔を向け、「ああ」と頷いてみせる。
「あの石柱のことですか?」
そう、アリスターのように額に手を翳して遠くを見るぼくの目に映った不思議なもの。
等間隔に立てられたとっても高い黒い柱みたいなもの。
「ありゃ、アイビー国が立てた国境沿いの目印だそうだ。特に何か意味があるものじゃないらしいぞ。なんでも魔獣には効かないが農作物を食い荒らす害虫に効く魔法陣が組み込まれているとか」
ああー、大量に発生する虫の被害って困るものね。
「むし、こないの?」
「らしいぞ。まあ、こんだけ不作だと食うものがないから、虫も飛んでこないだろうがね」
それは、笑えない冗談ですよ? アルバート様。
「ほら、レン。森に入るぞ」
アルバート様は胡乱げな目で見るぼくにバツが悪い顔をして、グリンとぼくの頭を掴んで森へと向きを変えさせる。
「はーい」
木々のせいで少し薄暗い森へと足を動かすと、森の向こう奥に立てられた黒い石柱の先端がちょっぴり見えた。