初めての冒険 コミカライズ賞受賞記念番外編!
第三回 一二三書房web小説大賞のコミカライズ賞(MAGCOMI)を受賞しました!
お読みいただいているみなさま、応援してくださるみなさま、選考に携わった方々にお礼申し上げます!
感謝の番外編(小説家になろう様オンリー)をぜひお楽しみください。
鞄よーし! スコップよーし! 安全ナイフよーし!
「んっと……」
あとは、採取用の袋が三つと手袋と水筒持ったし、おやつあるけど足りるかな?
兄様たちの準備が終わるのを待っている間、ぼくはしゃがんで鞄の中身をゴソゴソと確認中です。
うーん、おやつは白銀も紫紺も食べるし、真紅も足りないと文句言うし、あっ、ディディの分も用意してあげないと……。
チルとチロの分はいいや。
「ぶーっ。もうっ、ちるのばか」
あんなにあんなに、今日は冒険する日だよって話してたのに、朝起きたら二人とも遊びに行った後だったんだ。
一緒に行こうね! って約束してたのにぃ。
「どうしたレン? ほっぺが膨れているぞ?」
「あらほんと。嫌なことでもあったのかしら」
トテトテと白銀と紫紺がぼくの隣に寄ってきて、膨れているぼくの顔を珍し気に覗き込みます。
「だいじょーぶ」
いいもん、白銀と紫紺、真紅もいるし、兄様とアリスターも一緒だもん。
「おいおい。白銀様と紫紺様は人化して参加するんだろ?」
ふわわわと欠伸をしながら話かけてきたのは、アルバート様たちです……アルバート様ったら寝癖がひどいですよ?
「そうだった」
ボワンと白い煙が白銀の体を包むと同時に白銀の体が人と同じに変化していく。
「アタシもね」
紫紺もボワンと。
白銀は無造作に跳ねた銀髪をそのままに、冒険者らしい革鎧姿で、大きな剣をどこからか出して腰の剣帯に差し仁王立ち。
紫紺は長い髪を赤や黄色の飾り紐で結ってハーフアップにして、鎧はつけずに紺色に金色の刺繍が施されたローブを着ていた。
「おおーっ! しろがね、しこん。かっこいい」
いつもと違う二人の姿に、ぼくは目をキラキラさせて二人を見つめる。
「レン? 僕たちは?」
後ろからひょいと抱き上げられて振り向けば、いつもと同じくキラキラしい兄様がニコニコ笑顔でぼくを見ていた。
「にいたま!」
兄様の後ろには、兄様の従者兼護衛のアリスターも火の中級精霊ディディを抱っこして立っている。
兄様とアリスターはブルーベル辺境伯騎士団の見習い騎士の簡易鎧を身につけている。
銀色の胸当てと籠手、脛当てに黒い革のロングブーツと短い黒のマントがかっこいい。
「かっこいいーの!」
ぼくは大興奮で、兄様の腕の中でぴょんぴょんと跳ねた。
「おーい。そろそろ森へ入るぞー」
ザックさんが大きく腕を振ってぼくたちを呼ぶ。
そう! 今からぼくたちは森の中に冒険をしに行くんだ!
冒険だよ、冒険! ワクワクするよね!
「いや、ただの薬草採取だろ? 冒険って大げさな」
うるさいよ、アリスターったら。
「冒険だよね。レンの初めての薬草採取だよ? 父様もいないしセバスもいない。ぼくたちだけで森に入るんだから、立派な冒険だよ」
「ねー」と兄様とニッコリ顔を合わせました。
ジト目でぼくたちを見て「いや、俺たちも護衛でいるんだけどな……」と呟くアルバート様は無視です。
いざ! 森の中へ!
「いやいや。レン、さすがに自分の足で歩こうな」
白銀の呆れ顔で気づいたけど、兄様、降ろしてください。
冒険は抱っこされたままでは、できません!
一本、二本、……五本で一まとめにするから、紐でクルクルと。
「レン、よく集められたね」
兄様に褒められて、ぼくはニコニコです。
「薬草をすぐにたくさん見つけられて偉いよー」
ぼくのお鼻は褒められてグングン高くなります。むふーっ。
「いや、お前らヒント出しまくりだったじゃ……ふがっ」
「んゆ?」
アルバート様が何か言ってたみたいだけど、今はお口にいっぱいクッキーが詰め込んでいるから喋れないようだ。
そんなに一人でクッキー食べちゃダメです!
ぼくが注意すると、アルバート様の隣に立っていた紫紺が手にクッキーを持ってうんうんと頷いてくれた。
「じゃあ、帰りますか」
リンがクッキーの食べ過ぎで噎せたアルバート様にお茶をあげながら、茶器を片付け始める。
「……もう?」
「っぐ。そんな上目遣いに見てもダメですよ。もう依頼を受けた必要な薬草は集め終わったから冒険は終わりです」
むーっ、でもでも、ぼくはまだ終わりたくないの……。
チラチラとぼくは兄様の顔を窺う。
「どうしたの、レン?」
「……たおすの、みたい……です」
ぼくのお願いに、みんなが首を傾げるけど、どうして?
「レン。倒すって何を?」
アリスターがみんなを代表してぼくに質問してきました。
もちろん、魔獣です!
兄様たちが魔獣を剣や魔法で倒すところが見てみたいのです! そして、ぼくも倒してみたいなーって。
もじもじしながらおねだりすると、兄様とアリスターはムムムとちょっと難しい顔で相談を始めちゃいました。
ダメかな? えーいって剣で魔獣を倒す兄様たちはかっこいいと思うんだけど……。
「しろがねとしこんも、たおすのみたい」
兄様たちがダメでも、神獣と聖獣である二人なら見せてくれるかな? だって、すごっい強いんだもんね!
白銀も紫紺もヤる気になってくれたようで、グルングルン腕を回したり屈伸運動を始めたりしています。
「ピ~イ」
<おい、俺様は?>
真紅が三白眼で睨んでくるけど、真紅はダメでしょ? 真っ先に魔獣に踏みつぶされるか……。
「たべられちゃうから、あぶないよ?」
「ピーイッ! ピイピイッ、ピッ」
<なんだとっ! そんなわけあるかーっ。俺様は神獣の中でも一、二位を争う……ふぎゃっ>
「神獣の中で一、二位を争うのは、俺とエンシェントドラゴンだっ」
白銀が真紅の首をキュッと握ってます。
「しょうがないなぁ。ヒューとアリスターは下がっていろよ。上級冒険者のアルバート様がレンにかっこいいところを見せてやろう」
ふふんと剣を片手にアルバート様が前に出てきたけど、アルバート様たちはいいや。
「え? なんで?」
「にいたまとアリスター。しろがねとしこんがみたいの」
そして、弱い魔獣はぼくのこの、この剣でやっつけるのー! やー! たぁーっ! って。
みんなはぼくが右手に持っている木剣に大注目です!
朝の稽古でも見ているでしょ? ぼく専用の小さい木剣だよ。
結局、ぼくは真紅と一緒に見学になりました。
魔獣を倒すのはもう少し大きくなってからっ、兄様に言い含められました。
ちえっ。
そして、兄様たちは剣を手に森の中へ慎重に進んでいきます。
「ここら辺に強い魔獣は出ない。ま、薬草採取がメインの場所だからなぁ」
アルバート様の説明では、スライムやラット系、ホーンラビットがメインでたまにボアが出るそうです。
「もう少し歩いたら開けた場所に出るから、そこで戦いましょう」
リンたちにとって、ここの森は幼い頃の遊び場だったから、戦いやすい場所の位置がすぐにわかるんだね。
「いたぞ!」
猫の獣人ザックさんが姿勢を低くして弾丸のように走り出していきます。
「あ、ばか。ヒューたちにやらせろよ」
ザックさんを止めるために追いかけていくアルバート様ですが、右手にしっかり抜いた剣を持ってウキウキしてるような?
「あ~あ、叔父様もしょうがないなぁ」
兄様はふぅっと息を吐くと、大きな木の根元に敷物を敷いてぼくをそこにちょこんと座らせました。
「ほら、真紅と一緒に大人しくしているんだよ?」
ぼくはコクコクと素直に頷いておきます。
ぼくも倒すーっと主張したら、大切な宝物、ぼくの木剣を取り上げられてしまうから。
「じゃあ、行くか、ヒュー」
肩に剣を担いでアリスターが声をかけると、兄様もスチャと剣を鮮やかに抜いてみせました。
「……大人しくしていてね」
「あい!」
右手を上げていい子でお返事をしておきますね!
そして、アルバート様たちがホーンラビットに無双している間に、兄様とアリスターは突進してきたボアを上手に連携してあっさりと倒してしまいました!
カッコよかったです! こうアリスターが剣を振ってボアの走るのを邪魔したらこうして兄様が足を斬り裂いて、興奮したボアが前足を上げたところをディディのファイアーボールが胸に着弾!
兄様が背中をアリスターが首を同時に剣で斬って、討伐したんだよ。
ぼくは立ち上がってパチパチといっぱい拍手しました。
アルバート様たちの活躍? んゆ?
「よくわかんない」
だって、大人が小さなホーンラビットに攻撃しているのって、ぼくからじゃよく見えなくて……。
「そ、そんな……」
「俺、風魔法まで使ったのに」
「俺なんて、双剣奥義まで出したんだぞ……」
な……なんか落ち込ませちゃった? ご、ごめんなさい。
「なんで、レンの見えないところで戦ってんのよ!」
「悪かったって!」
白銀と紫紺は、ずーっと喧嘩してます。
なんでも、大物の魔獣がちょっと奥にいたから、ぼくの前まで誘導してからボッコボコにする作戦だったのに、気持ちが先走った白銀が攻撃してしまい、手負いの魔獣は危険だからと紫紺が魔法で仕留めしまったとか。
「戻ってきたら、いいところはヒューとアリスターに取られているし」
「ああ……それな」
兄様とアリスターはふふんとドヤ顔しているように見える……かな?
「しろがね? なに、たおしたの?」
せっかく倒したのに魔獣の体は紫紺の無限収納の中らしい。
「あー、レンが喜ぶかなぁと思ったけど、あいつらが見せるなってうるさくて」
白銀がクイクイと立てた親指で示したのは、渋い顔をしたアルバート様。
「……永遠にしまっておいてください。封印しておいてください。なんで、こんな森の中にオルトロスがいるんだよっ」
ブツブツ呟いてるけど、アルバート様たち大丈夫?
この後、アルバート様たちは森の中の再調査でしばらく忙しくなってしまうんだけどね。
「うー、ぼくも、たおす、したい」
森からの帰り道、ブンブンと右手に持った木剣を振り回す。
そんなぼくを「かわいい」という温かい目で見る兄様とアリスター。
ちがうの! ぼくも「かっこいい」がいいの!
ガササッとふいに足元で草が揺れた。
「んゆ? あーっ、スライム」
いざ、ぼくの必殺技を受けてみよ……と剣を高く掲げてトタトタと走るぼくの目の前をビュンッと何かが飛んでいく。
『レーン! まかせろっ』
ビュッ、ビュッ! と水の小さな刃がスライムの体を細かく切り裂いてしまう。
「あ……あーっ!」
ぼ、ぼくが倒すはずだった……ス、スライムが……。
『あぶなかったな! もうだいじょうぶだぞ』
ぼくの前にフヨフヨと飛びながら、自慢気に胸を反らすのは……。
「……ちる」
もう、もうもうもう! チルのばかーっ!
「ちる…………ちらい」
プイッと顔を背けたあと、兄様に抱っこされてグズグズ泣いてみんなを困らせてしまった、ぼくの初めての冒険でした。
ちゃんと、チルと仲直りしたよ。
だって、友達だからチルはぼくのことを守ってくれたんだもんね!