レンの日常 8
200話まできました!
皆さまのおかげです、ありがとうございます。
ゆっくりゆっくりの更新となりますが、これからも頑張ります。
あのときのことを思い出すと、未だに自分は後悔の波に飲まれるし、周りに甘えていたことに恥じ入るばかりだ。
初恋と言ってもいいアンジェと結ばれ、性に合わない貴族の地位を弟に押し付け、唯一、人より優れていると自慢できる剣術を活かした騎士という仕事にやりがいを感じていたあの頃。
俺とアンジェの間に産まれたかわいい子供、ヒューバートの誕生にどれぐらい喜び、幸せを感じ、神に感謝の祈りを捧げたか。
なのに……ヒューバートが八歳のときに馬車の事故に遭った。
それまでもアンジェのことで煩かった分家の奴らが、さらに煩くなった。
ヒューバート以外に子がいないアンジェのことを悪しざまに罵り離縁を勧めてくるわ、足を怪我したヒューバートより優秀な我が子を養子にしようと画策したり。
全ては、ブルーベル辺境伯乗っ取りのための悪巧みだった。
あのとき、俺はヒューバートの身に起きた悲劇に浸るのではなく、分家の粛清に動けばよかったのだ。
その準備は父上の代から粛々と水面下で進めてきたのに……。
父から辺境伯を継いだ弟のハーバードも、そんな腑抜けになった俺を心配して無理に事を進めることはなかった。
この状態は四年間、レンたちが俺たちの前に現れるまで続くことになる。
その間に、俺は兄弟同様に育ったセバスの幸せを奪ってしまっていたのだ。
俺とアンジェが結婚する頃、セバスにも一生を共にしたいと思う女性ができた。
ゆっくりと気持ちを育てていき、ようやく結婚にこぎ着けたときに、ヒューバートの事故が起きてしまった。
俺が現実を受け止め切れずに中途半端にうじうじしていたせいで、セバスは自分の幸せより主人である俺たち家族を優先してしまった。
俺はそんなセバスのことにも気づかないで、アンジェとヒューバートの前では虚勢を張り続け、セバスの前でだけ情けない姿を晒していた。
確かに、セバスが結婚して幸せな時間を持っていたら、俺はあそこまでセバスに甘えていられたかわからない。
しかも、セバスに息子が産まれたら、俺は元気に走り回るセバスの息子にどんな感情を抱いただろう……。
セバスは、全て何もかもわかった上で、結婚を延期したのだ。
「ごめんね、セバス」
「いいえ。ヒューバート様のせいではありませんよ」
そう、俺のせいだよな……。
しかも、レンのおかげでヒューバートの足が治り、アンジェにかけられた呪いも解呪できて娘も産まれた。
今度は自分の幸せにどっぷりと浸るばかりで、セバスの事情にまで頭が回らなかった。
情けない……。
「それに、彼女はこちらに戻ってこれない状態なのです。彼女は三年前にアイビー国へ渡り土壌の研究をしていたのですが、彼の国の不作問題にも関わっていて解決しないことには帰ってこれないのです」
セバスが困ったように笑ってみせる。
「セバスが戻ってきてって頼んでも?」
「そうですね。お世話になった方たちが不作で困っている姿を見て、こちらに帰ってこれるような女性ではありません。普段は頼りないのですが、芯が強いと申しますか、頑固と言ったほうがいいのか」
結局、セバスの婚約者はアイビー国の農作物の不作問題解決に尽力することになり、こちらの分家問題が解決しても帰ってこれない状態になってしまった。
ブルーベル辺境伯に仕えるのはセバスの兄のティアゴの血筋になるので、セバスの子供がヒューバートに仕える必要はないのだけど。
こいつは、いつも俺に厳しい態度を取るが、ただならぬ忠誠を捧げてくれている。
なぜなのか、当の本人である俺には全くわからないんだが……。
なので、将来ヒューバートの従者として仕える人材を自分の子供が勤められないことに責任まで感じているのだ。
ううーむ、こんなに尽くしてくれるセバスに主人として親友として、何か報いたい。
そう思った俺が思いついたのが、結局他力本願なのが情けないが、レンのアイビー国行きだ。
正直にセバスの事情と俺の気持ちを暴露した結果、ヒューバートは目に見えて落ち込んでしまい、レンはしょんもりと眉を下げて俺の顔を窺っている。
「そんなに難しく考えないでいいと思うの」
アンジェが紅茶に蜂蜜をたっぷり入れてミルクを注ぎレンに渡してあげる。
「?」
「ヒューも責任を感じなくていいのよ。貴方だって被害者なんだから。間違えてはダメ。悪いのは悪いことをした人よ」
アンジェが身を乗り出して、ヒューバートの頬を優しく撫でた。
「母様……」
「そうだ、ヒューは悪くない。むしろ、よく耐えてくれた。ヒューは自慢の息子だ!」
もちろんレンは可愛い自慢の息子だよと言って、小さな頭をガシガシと強く撫でた。
揺れるレンの細い体をヒューが慌てて抱き留める。
「……レン、どうする?」
ヒューバートが困った顔をしたままのレンに問いかける。
ヒューバートの心情としても、セバスの事情を知ってしまえば、レンにアイビー国へ行って神獣か聖獣の問題を解決してほしいだろう。
「ぼく……ぼく……」
レンは両手で紅茶の入ったカップを持ち、じーっとカップの中を見つめた。
ここで俺がもう少しプッシュしたらレンは頷いてくれるだろうか? しかし、レンのリカと一緒にいたいという気持ちも痛いほど俺にはわかってしまう。
そんな俺の逡巡を見透かしたように、セバスは座るレンに目線を合わすように片膝をついた。
「……セバス」
「本当は私のことなど気になさらずと言わなければならないのですが……。レン様、このセバスのお願いを訊いていただけますか?」
セバスの優しい声音にレンは微かに頷く。
「私の大事な人を隣国まで迎えに行きたいのです。レン様、一緒に行ってはいただけませんか?」
「……。どうしても?」
「はい。どうしてもです」
セバスの泣き笑いのような顔は初めて見た。
初めてすぎてビックリして、俺は瞬きもできないでいる。
「……じゃあ、いいよ。いってあげりゅ」
きゅっと唇を噛んで泣くのを我慢するレンの姿に胸が痛くなり、抱っこしてよしよしと慰めなければ! と使命感に燃えたのに、そんなレンの体をひょいと膝に抱っこして頭を撫でるのは、我が息子ヒューバート。
「偉いよ、レン! 僕も一緒に行くからね。僕の分もセバスに恩返しできるように手伝うからね!」
「うん。がんばりゅの」
麗しい兄弟愛だろうなぁ……、セバスも怖いぐらいに邪気のない顔で笑っているし、愛しのアンジェは手を叩いて喜んでいる。
うん、なんか丸く収まったよね……俺の希望どおりの結果なんだけどさ、なんでこんなに疎外感を感じるんだ?
セバスのためにって最初に口火を切ったのは、俺だよね?
……くすん、いいよ、いいよ。
後でリカを抱っこして、このやさぐれた気持ちを癒してもらおう。
ただ、リカは俺が抱っこするとギャン泣きするんだよなぁ……なんでだろう?