レンの日常 7
なんて言ったらいいんだろう……この微妙な空気は……。
母様は美味しそうにお野菜を口に運んでいるけど、リリとメグはあわあわしているし、隣の兄様からは絶対零度の眼差しビームが父様に発射されている。
白銀と紫紺はグルルルと喉を鳴らし、カツカツと前足を床に叩きつけている。
んゆ? 真紅は両翼をバササッと広げているけど、威嚇のつもり? 可愛いだけだよ?
「コホン」
わざとらしく咳払いしたセバスが、パチンと父様の額を叩いた。
「イタッ!」
「いいから、ディナーを食べなさい。ほらっ、これも、これも」
「っんぐ。ちょっ。んぐぐぐ」
セバスはフォークにブスブスと野菜やらお肉やらを刺すと、次々に父様の口に放り込む。
父様がものすごく苦しそうなんですけど?
「セバス。そこまでよ。ギルだって貴方のことを思ってのことなんだから、許してあげて」
「奥様……」
カチャンとお皿の上にフォークを置いたセバスが、スススと静かに定位置へと戻っていく。
「ぐ……くるじい」
父様がドンドンと胸を拳で叩いて、お水をがぶ飲みしているけど、大丈夫かな?
父様の様子を心配して見ているぼくの代わりに、兄様が質問してくれた。
「それで、レンにアイビー国に行ってほしいのは何故ですか? セバスが何か関係しているんですか?」
「そ……それは……」
父様が恐る恐るセバスを窺いながら、どう説明しようか悩む素振りを見せると、母様が口元をナフキンで拭ってにこやかに笑う。
「アイビー国のモンステラ伯爵家には、セバスの婚約者がいるのよ。彼女はシードと似ている研究をしている学者さんなの」
「セバスの婚約者?」
兄様が首を傾げる。
「にいたま? にいたまもしらない?」
ぼくがブルーベル辺境伯家にお世話になってまだ二年に足りないぐらいだけど、その間にセバスの婚約者の話は聞いたことがないの。
でも、兄様も聞いたことがないのは、おかしいよね?
セバスってば、恥ずかしくて内緒にしてたのかな?
セバスは、自分の婚約者の話なのにいつものように涼しい顔で立っていた。
でも、その眼差しが気遣うように兄様に向けられているのに、兄様は気づかないみたい。
とりあえず、ご飯を食べたあとにちゃんとお話ししましょうってなって、ぼくもフォークを持ってご飯を食べました。
ちょっと苦手なセロリがあったけど、残さないようにゴックンて飲み込んだよ。
みんながソファーに座って、リリとメグがお茶を淹れて配り終わったのに、誰も何も喋らない。
「んと、えっと……」
「レン。レンが無理して話さなくてもいいから」
無言の圧迫に耐えかねて、ぼくが何か口から絞り出そうと苦戦していると、苦笑した兄様が助けてくれた。
「父様。レンたちにアイビー国に行ってほしい理由を教えてください」
「いいえ。旦那様のおっしゃったことは忘れてください。アイビー国への助力については、レン様がお決めになることです」
セバスがぼくにきっちりと腰を折って深々とお辞儀をする。
「セバス。僕は父様に聞いているんだ。それと母様、セバスの婚約者がモンステラ伯爵家に滞在しているのは本当ですか?」
母様は優雅に紅茶を楽しんだまま、ニッコリと笑って応えた。
「ええ。彼女がアイビー国へ渡ったのはいつのことだったかしら?」
「奥様っ!」
セバスの大声に、ぼくはびっくりしてぴょんって座ったまま跳ねてしまった。
「セバス。もういい。ちゃんと話そう。もう……悲しいことは終わったのだから」
父様がふーっと大きく息を吐いて、キッと顔を厳しく構えてぼくたちと目を合わす。
「ヒュー。心して聞きなさい」
「……はい」
父様と母様の結婚は早かった。
お互い相思相愛で、父様が王都で騎士団にいて離れ離れだった時期があったせいか、父様が領地に戻ってきてすぐに結婚したそうだ。
父様は結婚すると、ブルーベル辺境伯家を出て一人の騎士として、ブルーベル辺境伯騎士団に所属する。
本来、セバス一族は辺境伯家に仕える一族なので、家を出た父様にセバスが仕える義務はなかったが、セバスの希望として父様の従者として仕えることになった。
父様は、騎士団に入団してすぐに小隊長、隊長、副団長とトントンと出世して、とうとう騎士団長に就任、と同時にブルーベル辺境伯家が予てから準備していた分家への断罪の下準備に奔走することに。
父様とセバスは、ハーバード様の手足となって馬車馬のように働いたらしい。
ここの話のとき、父様の眼は死んでいた。
そして、セバスが愛する女性と出会い、婚約期間を過ごし、とうとう結婚へと進み始めたとき、事件は起きた。
兄様の馬車の事故だ。
「僕の事故? でもあれは分家の仕業で、僕の足が動かなくなったのは呪いのせいでしょ?」
「そうなんだが。あのときは俺もアンジェも余裕がなくてなぁ」
愛する息子、しかもブルーベル辺境伯家の男子として申し分のない才能を持って生まれてきた息子。
その足が奪われた、息子の笑顔も失われた、家族も騎士団もその重くて暗い気持ちを振り払うことができなかった。
そんなときに……セバスは自分の幸せを追い求めることに罪悪感を持ち、結婚を延期することにする。
「そんな……僕のせいで……」
「いいえ。ヒューバート様のせいではありません。私が弱かったのです」
セバスは、慄く兄様の前に膝をつき震える両手に手を重ねた。