レンの日常 6
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よっこいしょと、眠って重くなったレンの体をベッドに横たえさせると、アンジェは優しく微笑みながらレンの寝顔を見守る。
「奥様、こちらを」
「あら、ありがと」
同じく子供部屋で寝ているだろう娘のリカには、乳母のバドがついて見守っている。
アンジェは、セバスから受け取った蒸しタオルでレンの涙で濡れている頬や目元を優しく拭った。
いつものように子供部屋でバドと一緒にリカを見守りながら刺繍をしていたら、レン付きのメイドのリリとメグが慌てた様子で呼びに来た。
セバスの命でアンジェを呼びにきた二人の話を聞いて、最初アンジェは首を捻ってしまった。
あのレンが大泣きして癇癪を起している? そんなことはないでしょうって。
だが、リリとメグに急かされるままに部屋を移動していると、徐々に廊下に響く大きな子供の泣き声が聞こえてきた。
まさかと部屋に飛び込んでいけば、レンは床で転げ回って泣いているし、いつも頼りになる夫と息子はオロオロしているばかり。
セバスが宥めに動いて、ようやくアンジェも驚きから我に返り、レンの側に走り寄った。
あの部屋の中で余裕があったのは、闇の上級精霊のダイアナだけだったろう。
神獣聖獣たちも尻尾も耳もペタンと下げて右往左往するだっけだった。
「あとで冷やしてあげないと、目が腫れてしまうわ」
汗で額に張りついた髪を丁寧に撫でつけて、アンジェは困ったように息を小さく吐いた。
「用意させます」
「お昼ご飯もまだなのでしょう? かわいそうに」
「軽食の用意は整っています」
「……それで、なんでレンちゃんは泣いていたの?」
「それは……」
セバスが珍しく言い淀みながら、アンジェにダイアナ訪問からの経緯を話した。
隣国アイビー国の農作物の不作や神獣か聖獣の存在、同じ神獣聖獣が住まうブリリアント王国に助力を求めてきたこと。
レンが嫌がったのはアイビー国への旅路に三ヶ月の長い期間がかかることと、それにより可愛い妹のリカと離れてしまうこと。
「それと……寂しかったのだと思います。リカ様がお生まれになってから、奥様とは一緒の時間が少なくなってしまいました」
朝食も夕食も別々になってしまったし、午後のお茶の時間もなくなった。
「夜、寝る前の時間も取れなくなってしまったものね」
アンジェは白い手を頬に当てて、小さく首を振る。
「リカ様と離れることを嫌がってましたが、奥様と離れることへの寂しさもあるかと……」
短いリカとの逢瀬のあと、ヒューバートに連れられて部屋を出て行くレンが、アンジェの姿を目で追っているときが多々あった。
「まだまだ、母親に甘えていたい年頃ですし、特にレン様は……」
親に甘えられない境遇、若しくは親がいなかったかもしれないのだ。
「ふふふ。でも、嬉しいわ。レンちゃんがあんなにダダをこねて大泣きしてくれて。これって私たちに気持ちを許してくれていることよね」
アンジェは急に顔を晴れやかに変えて、セバスへ身を乗り出すようにして言い募った。
「そう、ですね。今まではどうしても遠慮がちでしたが、この頃はご自分のなさりたいことや欲しい物を口にすることが多くなりました」
セバスもニッコリと微笑んで同意する。
「やっと、家族らしくなってきたかしら。私、レンちゃんのお母さんになれているかしら」
「ええ、きっと。あんなに一緒にいたいと思ってくださっているのですから」
フフフと二人が密やかに笑う声がレンの体を柔らかく包んでいった。
「ご……ごめんなさい」
夕食時、母様に手を引かれて食堂室に行ったぼくは、席に座っている父様と兄様に向かって頭を深々と下げて謝った。
申し訳ない気持ちに顔が真っ青になるところだけど、赤ちゃんみたいな醜態をさらしたことに恥ずかしくて顔が真っ赤になっちゃう。
そして、タタタッと小走りに白銀と紫紺たちのところへ行って、バフンとそのもふもふな体に抱き着く。
「ごめんね。しろがね、しこん、しんく」
真紅はついで。
ぼくが部屋に入ってきたとき、二人の耳と尻尾はしょんもりしてたけど、次第にピンと耳が立ってふさふさ、ブンブンと尻尾が動き出した。
「いいのよ、レン。レンがしたいようにすればいいの」
ペロンと紫紺が頬を舐めてくれる。
「そうだ。レン、いつでも俺たちが一緒だ!」
スリスリと白銀が顔を頬に擦りつけてくる。
「ピイッ」
<赤ちゃん丸出しでしょーがないなー、レンは……ぶっ!>
失言した真紅は、白銀と紫紺の前足でバシッと踏みつぶされた。
「「お前が言うなっ!」」
ぼくは、さりげなくセバスに誘導されて自分の席に座る。
「レン……」
隣に座っている兄様がこちらに顔を向けて、ぼくの顔を心配そうに窺う。
「えっと……ごめんなさい。ぼ、ぼく、ちゃんとおとなりのくに、いきましゅ」
やっぱり、さっきまでのぼくの行動が恥ずかしくて、俯いたまま両手の人差し指をツンツンしながら言う。
「いいんだよ。アイビー国の問題はレンには関係ないんだから。ブリリアント王国として援助すればいいんだから。レンはここにいていいんだよ」
兄様がガシッとぼくの両手を掴んで、ぎゅーっと強く握りしめた。
「え……でも……」
お隣の国にいる神獣か聖獣に会って、ちゃんと農作物が収穫できるようにお願いしなきゃ困るんじゃないの?
コテンと首を傾げて兄様の顔をじーっと見つめていると、白銀と紫紺がぼくの両脇に走り寄ってきて騒ぎ出す。
「いいのよ! 隣の国のことなんて。いざとなったら瑠璃の奴に行ってもらって解決してもらえばいいわよ」
「そうだぞ。レンは無理しなくてもいいんだ。どうしてもっていうなら、創造神の所に真紅を遣いにやるから! 豊作にしてもらうから、気にすんなっ」
えーっ、シエル様にそんなムチャブリするのはどうかな? それに瑠璃に行ってもらうのもどうなの?
ぼくを囲んで兄様と白銀と紫紺が「アイビー国に行かなくてもいい」と大合唱しているなか、父様がコホンと軽く咳払いをした。
「父様?」
「とうたま?」
カチャリと持っていたグラスをテーブルに置いて、悲愴な顔してぼくたちを見る。
どうしたの?
「レン。申し訳ないが……俺からも頼む! 白銀と紫紺を連れてアイビー国へ行ってくれ!」
父様はそう叫ぶように言うと、ゴツンとテーブルにぶつけるほど頭を下げた。