レンの日常 3
お屋敷に戻ってきたぼくらを、セバスが優しい笑顔で出迎えてくれました。
セバスの後ろには、ぼくと兄様付きのメイド、リリとメグもいます。
「ただいまーっ!」
兄様たちはあまり「ただいま」とか「いってきます」とかの挨拶はしないんだけど、ぼくは前の世界の癖で言わないと落ち着かないの。
だから、「いただきます」も「ごちそうさまでした」も、ちゃんと言ってるんだ。
「お帰りなさいませ。……その、お客様がいらしてます。いつもの」
セバスの言葉に兄様が、はあーっと息を吐き出した。
「またなの?」
「はい。またです」
どうやら、お昼ご飯は後回しになる予感。
お腹を減らした白銀たちの機嫌が悪くなっちゃうぞ?
セバスの先導で父様たちが待つ応接室まで、ぞろぞろと歩いていきます。
お昼ご飯が後回しになったので白銀と真紅の機嫌が悪いし、訪ねてきたお客様のことがイマイチ気に入らない紫紺もプリプリしながら歩いている。
ぼくは隣を歩くリリとメグにコソッと、「お菓子うーんと甘いのにしてね」とおねだりしておいた。
気分がイライラしているときには甘い物を食べるといいんだよ。
ガチャリと大きな扉をセバスが開けると、軽やかに笑う女性の声が聞こえてきた。
「やっぱり……」
兄様がガクッと肩を落としているけど、ぼくはタタタッと部屋の中へ駆け込んでご挨拶。
「ウィル殿下! こんにちは」
ソファーにちょこんと座るウィルフレッド殿下と、長い足を組んで座っている闇の上級精霊のダイアナさんがそこにいた。
「……で、何のご用件ですか」
「あら、ヒューってば冷たいわね。せっかく遊びに来たのに」
ちょっとご機嫌斜めの兄様の頬を、人差し指でツンツンと突くダイアナさん。
そんな二人を見てオロオロするのはウィル殿下で、周りをブンブン飛んでダイアナさんを威嚇しているのは水妖精のチロだ。
「……一昨日にも来ましたよね? その前は十日前です。ちょっと気軽に来すぎでは? ここは辺境、王都からは大分離れた辺境なんですよっ!」
「あーはははっ。距離なんて関係ないわ。転移しちゃえばすぐですもの。かわいいア・ナ・タ」
ダイアナさんに揶揄われて兄様の顔が真っ赤に染まる。
「ダイアナ。今日はちゃんと用事があるんだから、そんな言い方しないで」
ウィル殿下がそっとダイアナさんの指を握って、兄様の頬を守ってくれる。
「ごようじ?」
ぼくは兄様を揶揄うダイアナさんのことが怖くて、兄様をダイアナさんの悪戯から守らなかったんじゃないよ?
ちょっとこの、リリとメグが用意してくれたシュークリームのクリームがでろっと出てきちゃうから格闘してただけだよ?
ぼくの顔を見て、ダイアナさんは「ぶっ」と噴き出して、兄様は慌ててナプキンで口元を拭ってくれた。
「えへへへ」
失敗失敗。
「……いや、ヒュー……あちらも大変なことになっているんだけど」
ウィル殿下が指し示す場所では、白銀と真紅の顔がカスタードでべったりと汚れていた。
ペロンと大きな舌で口の周りを舐める紫紺は、その二人とは距離をとって食べてたみたい。
「で、何ですか?」
あ、兄様が白銀たちをスルーした。
でも大丈夫! スーパー執事のセバスが綺麗にしてくれます。
「これよ」
ダイアナさんが胸元から白い封筒を指で挟んで取り出すと、ピッと父様へと投げて渡した。
「投げるなっ。ん? これは王家の……。この紋章は第二王子からか?」
父様がセバスに手紙を渡すと封を開けて戻してくれる。
「で、なんだって。王家からの遣いなら辺境伯のハーバードのところに行けよ」
父様がブツブツ文句を言いながら内容を確認していきます。
ぼくは、もうひとつシュークリームを食べようとして兄様に止められました。
ぶー。
「だめだよ。お昼ご飯が食べられなくなっちゃうだろう?」
「はーい」
でも、白銀と真紅はもう四つ目を食べてます。
ズルい。
「ああ? なんで俺たちが隣国に行かなきゃいけないんだ? しかも……不作の原因を探って解決してこいだと?」
父様の素っ頓狂な叫びが部屋中に響きました。
もの凄く顔を顰めた父様は、その問題の手紙をセバスに渡す。
チラッと流し読みした後、セバスは兄様にその手紙を渡した。
ぼくも兄様の横から覗き見てみます。
ふむふむ。
「隣国ってアイビー国じゃないですか。ここからだとブリリアント王国を縦断しますよ? しかも……不作の原因と思われる項目の一つに神獣か聖獣の存在ってありますけど?」
んゆ? 神獣か聖獣がいる国なの? ぼく、行きたい!
兄様の言葉に、一心不乱にシュークリームを食べていた白銀と、毛づくろいをしていた紫紺が叫んだ。
「「ダメーっ!!」」
「あら、お仲間が仕出かしている迷惑行為よ? 責任感じるでしょう?」
ウフフと意味深に笑うダイアナさんが、ちょっと怖いです。
「待て待て。そもそも、なんだって俺ンとこに来るんだよ。正式にアイビー国からの依頼なら陛下からハーバードに、それから俺に命じられるだろうに」
父様は、嫌そうな目で手に持った封筒をヒラヒラさせてみせる。
「それができないらしいのよ。アイビー国からの依頼にブリリアント王が応えて臣下を動かしたら、そこにいる神獣と聖獣がブリリアント王国を庇護していることになってしまうからって」
ダイアナさんは不穏な空気を引っ込めて、またまた優雅にお茶を飲み始めた。
「んゆ?」
ぼくは首を傾げてクリーム塗れになっている白銀たちを見る。
「あー、つまり、陛下の頼みで俺たちが動くと、白銀たちはブリリアント王の命令には背かない、従順だと他国から見られる……かもしれないってことだ」
「父様。だから辺境伯にも通さず、第二王子の名前で手紙が送られたのですか?」
兄様が手の中の手紙を丁寧に折り畳んで、父様へと返す。
「あー、そうだよなー。ちっ、ハーバードを巻き込むのはダメか」
父様がセバスに気づかれないように顔を横に向けて舌打ちをした。
ぼくは、みんなに気づかれないようにそっとクッキーを口に運ぶ。
お昼ごはんはまだかなぁと呑気に思いながら。