レンの日常 2
瑠璃がこっそりと騎士団の敷地に作った泉は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
この泉は人魚族とのハーフのプリシラお姉さんを守護するために、瑠璃が水の精霊をこちらまで送り出してくれるために作ったんだけど、泉はそのまま精霊の棲家になったの。
ちゃっかり、瑠璃が転移場所として使っているけどね。
泉の周りには、プリシラお姉さんとアリスターの妹でぼくの家のメイド見習いのキャロルちゃん、水の中級精霊のエメが立っていた。
「キャロル! また仕事サボってんのか?」
アリスターは自分が契約している火の中級精霊ディディを抱っこして、キャロルちゃんの肩をチョンチョンと突いてみる。
「違うわよっ! ちゃんとプリシラ様のお世話をしているの。ここで水魔法の練習をしてたのよ」
フンッと胸を張って主張するキャロルちゃんに、アリスターは顔を顰めた。
「お前……。俺たちには水魔法は扱えないぞ? なにやってんだよ」
「そんなの、わかんないじゃない! 練習してたら水魔法だって使えるようになるわよ」
ありゃりゃ、口喧嘩が始まっちゃったよ。
アリスターは、ぼくや兄様相手だと年上らしく落ち着いているのに、妹のキャロルちゃん相手だと素が出るのか、結構短気みたい。
「フフフ」
ぼくと手を繋いだ兄様も口元を緩めている。
兄様の肩に立っていたチロもビューンと飛んでエメにご挨拶だ。
『ししょー!』
「おう! 弟子よ、今日も元気だな」
エメは、アイラインを引いた切れ長な目を細めてチロをその手に乗せる。
二人はいつのまに師匠と弟子の関係になっていたの?
「チロは浄化の魔法の訓練に、キャロルは水魔法の習得か……」
兄様の綺麗な顔がちょっと呆れた色を滲ませる。
「ぼくも、まほーしたい」
「レン。あんまり強い力はまだ使わないほうがいい」
「そうよ。小さいうちは体に負担がかかるわ。ヒューぐらい大きくなったらアタシがちゃんと教えてあげるわよ」
「ピイ。ピピイ」
<俺様がとびっきりかっこいい火魔法を伝授してやる!>
魔法の訓練は、神獣聖獣組みからもお許しがでませんでした。
兄様もニコニコ顔で首を左右に振っている。
ぶー、ぶーな気持ちです。
「なんじゃ、賑やかだと思ったらヒューとレンが来ておったか」
後ろからのっしのしと大股で歩いてきたのは、ブルーベル辺境伯騎士団の副団長マイルズ、マイじいです。
愛用の大剣を肩に担いで、日に灼けた顔に笑顔を浮かべてぼくたちの側に。
「マイじい」
ぼくは、反射的にマイじいに駆け寄って、んっと両手をバンザイとあげます。
「おおぅ。だっこか?」
よいしょっとぼくの両脇に手を入れてひょいと抱き上げるマイじいの逞しい腕が安定感バツグンなのです。
マイじいに抱っこされたら、後ろから歩いてくるアルバート様たち冒険者パーティーが見えました。
「アルバートさま、おはようごじゃいましゅ」
ペコリとマイじいの肩越しに朝のご挨拶。
「あれ? 今日はこちらですか? 辺境伯家ではなくて?」
兄様がアルバート様たちの姿を見て首を傾げている。
しばらくブルーベル辺境伯領地に滞在して冒険者稼業をするように、辺境伯のハーバード様に命じられたアルバート様たちは、ぼくたちが住むお屋敷の客間に泊っていたんだけど最近辺境伯家に移っていたのに……。
「……しまった……。体が鈍ったからってマイルズに手合わせを頼むんじゃなかった……。死ぬ……」
アルバート様はブツブツと何かを呟いたと思ったら、ズルルとその場に崩れ落ちた。
「わーっ!」
た、たいへん!
「なんだ? もうバテたのか?」
「体力ないなー。冒険者稼業大丈夫か?」
アルバート様たちに声をかけながら現れたのは、ぼくとも仲良しな騎士のアドルフとバーニーの二人。
座り込んだアルバート様に手を差し伸べて助け起こしている。
アドルフは巨人族と人族の混血児で体が大きいから、アルバート様の体をひょいと持ち上げている。
バーニーは楽しそうに狼の尻尾をフリフリさせて、青い顔をしたリンの背中を摩ってあげている。
他にも、無口なクライブも、もじゃもじゃ頭のレイフも、アルバート様の仲間のミックとザカリーに水を飲まして介抱しているよ。
「ふむ。アルバートよ、随分と怠けていたようじゃな。明日から騎士団の訓練に混じるがいい」
「えーっ! そんなーっ!」
アルバート様の情けない雄叫びにみんなで口を開けて大笑いしてしまった。
でも、ぼくだって騎士たちの訓練に混じって剣のお稽古頑張るよ。
えい、えい、やーっ!
お昼ご飯の時間になったから、みんなとはお別れして兄様と手を繋いで屋敷まで帰ります。
アルバート様たちは、今日は騎士団の寮で食べるみたい。
「レン、疲れてない? 大丈夫? 抱っこしようか?」
兄様が心配してくれるけど、もう何回目? ぼく、自分で歩けるよ?
「レン。俺の背中に乗るか?」
「あら、アタシが転移で屋敷まで連れて行く?」
「ピーイ」
<しょうがねぇな。俺様が乗せて飛んでやろうか?>
「だいじょーぶ!」
もう、みんな心配症なんだから。
ぼくは大丈夫です! ちゃんと歩けます!
……ん? 真紅がぼくを乗せるのは無理じゃない? まだ小鳥サイズだし。
「ピッ」
あ、拗ねちゃった。