~神獣エンシェントドラゴンの場合~
空が青いなぁ。
岩山に座ったまま、ぼんやりと空を眺める今日も昨日と同じ一日だろう。
もうずっと、この峻厳な山の頂近くを棲家としているが、一日ボーっと空を眺めて過ごしている日々は変わらない。
ああ……あのときは雨が降りしきる地上を覆いつくす黒い雲を見下ろしていたっけ……。
創られて目覚めると、顔の整った男の人が肩で息をして滝のような汗を拭っていた。
周りを見回すと、狐や狸の耳と尻尾を付けた人たちが、ぼくのことを青褪めた顔で見ていた。
創造神の箱庭に初めての神獣が爆誕した日だ。
どうやら、狐と狸の人たちは創造神に仕える神使らしく、創られたばかりで、ぼうっとしていたぼくの世話をあれこれとしてくれた。
その際の会話でわかったのは、ぼくの能力が桁違いになってしまったこと。
創造神が気合いを入れて最初の神獣を創ったからか、神気を込め過ぎたぼく、神獣エンシェントドラゴンは、膨大な力を持っているらしい。
神使たちはその規格外な力が恐ろしいと、どこかぼくを遠巻きにしている。
意地悪はされないからいいけど……。
全ての力という力が予定以上与えられたぼくは、反対に情緒部分が欠けまくっているとも言われた。
感情が薄くて何を考えているのかわからないとか。
それは、次の神獣が創られたときに、はっきりと違いが現れた。
神獣フェンリルは感情の起伏の激しい、とにかくうるさい奴だったからだ。
「おい! お前ばっかり力が強くてズルいぞ! 俺と勝負しろっ」
……ズルいの意味がわからないし、勝負って何をどうするの?
首を傾げていたら、フェンリルがダンダンッと苛立たし気に足を踏み鳴らし、グワッと口を開け鋭い牙を見せつけた。
「バカにしてんのかっ! いいからどっちが強いか決めるんだよっ」
そう言い放つと、フェンリルは体全身から放電しバリバリと雷を纏い始めた。
うう~ん、力比べかぁ。
別にいいけど……、使ったことないからどれぐらいの力を出せばいいのかな?
これぐらい? そりゃ。
「うぐっ……うわああああああぁぁぁっ!」
フェンリルが神界の果てまで吹っ飛んで行ってしまった。
ただ、翼をパタリとはためかせただけなのに。
驚いて動けないぼくの代わりに慌てた狐たちがわらわらとフェンリルを追い駆けていった。
その次に創られた神獣フェニックスも賑やかな子だった。
「おいっ! お前のせいで空を飛べるのが俺様だけじゃなかった。ふざけんなっ、勝負だ!」
何をどう勝負するの? 空を飛べるの奴がいっぱいいてもいいじゃない。
下界に降りたら、空を飛べるのはぼくたちだけじゃないよ?
フェニックスは何も言葉を返さないぼくに腹を立てたのか、ポコンと細い足でぼくの尻尾を蹴った。
反射だったんだよ? だってそんな所を蹴るから……つい尻尾がビクンって動いちゃったんだ。
「あああああーっ、たーすーけーてー」
尻尾に弾かれたフェニックスが赤い玉となってお空の彼方へ飛んで行ってしまった。
そして、またまた慌ててフェニックスを追い駆けて行く神使たち。
それからフェンリルやフェニックスに喧嘩を売られまくって、その後に創られた神獣になぜかぼくも怒られて。
聖獣たちがポコポコと創られて、神界もずいぶんと賑やかになったある日。
「エンシェントドラゴンはここ。ここにいてほしい」
創造神が指し示した場所は高い高い山が連なる一帯。
ぼくと一緒に創造神に呼ばれた聖獣リヴァイアサンは「ここ」と海の中を示されていた。
どうしてぼくたちがそこに住まないといけないのか、創造神が説明してくれたけど、よくわからない。
困ったなぁと思っていると、リヴァイアサンが呆れたようにため息を吐いて、ぼくに「絶対、そこから動くな!」と命じてきた。
考えてもわからないから、ぼくはコクリと頷き、そのままバサリと翼を動かして神界を出て行く。
「あ、こら! バカ者! もっと準備してから行けーっ!」
リヴァイアサンが何か叫んでいたけど……なんだったのかな?
山の頂上でポツンと一人でいると暇なので、丸くなって眠ることにした。
目が覚めたら、神界に置きっ放しにしていたぼくの荷物と、神使からの贈り物が沢山積まれていた。
「……あー、荷物持ってくるの……忘れてた」
創造神との通信魔道具も忘れてた。
こうして、ぼく神獣エンシェントドラゴンは、創造神の箱庭の要の地を守護する者として降臨したんだ。
どれぐらい微睡んでいたのかわからないけど、気がついたら竜たちが勝手に山の麓に住み着いていた。
火竜や水竜、地竜とか……いっぱいいるね。
しかも、ぼくのことを神のように崇めていて……うるさい。
ぼくは目を眇めて奴らを見た後、しっかりと結界を張って自分の居場所を守った。
勝手に住み着いて、勝手に崇められても知らないよ。
ぼくが守護するのはこの地であって、お前らじゃないんだから。
ふわああっ、暇だな。
ぼくはまた目を閉じて、浅い夢の中へと潜り込んだ。
「おいっ!起きろ、バカ竜」
ひどいなー、ぼくのこと「バカ竜」って呼ぶのは、同じ神獣仲間だけのはず。
「うーん……眠いよぅ」
「はあ? お前何百年単位で眠ってんたよ? 生きた化石になるぞ」
ショボショボする目に映るのは、最後に創られた神獣でいちいち口煩かったあいつだ。
久しぶりに会ったのに、「いいかここで大人しくしていろ」とか、「あの下に集まった竜を庇護してるのか? やめろよ!」とか小言だけ山ほど言って帰っていった。
何しにきたの?
それから、ぼくが夢うつつのうちに下界はたいへんな騒ぎになっていたらしい。
しかも、神獣聖獣たちがその騒ぎを大きく広めていったとか……。
ぼくがそのことを知ったのは、いつも「びえーん」と泣いていた創造神が真面目な顔でぼくを訪ねてきたときだった。
「エンシェントドラゴン。ここを守ってくれてありがとう。他は海以外はダメだった」
「?」
「でも、この箱庭を壊して創り直すことはしたくない。しばらくここ以外は荒れるだろうけど、君はここを動かないように」
コクリと頷くぼくの顔を泣き笑いの表情で見た創造神は、ぼくの仲間に起きた出来事を語ってくれた。
正直、ぼくには何がどうしたのかよくわからなかった。
なんで、守護する地に住む者と仲良くなるの? 契約するの?
なんで、そんな奴のために戦いに参加するの?
なんで、そんなことのために神気を含んだ瘴気を発生させたの?
「わかんない」
わからないし、ぼくにやらなければならないことはないし……ここにいなきゃいけないし……。
「寝よう」
目を閉じている間に、きっと全てが終わって元通りさ。
でも、いつ目を覚ましても下界には雨が降り続いていた。
ぼくのいる山の頂上より低い所に黒い雲が地上を覆っていて、激しい雨がずーっと降り続いている。
山肌も削り、川も溢れ、人も土地も流され、作物は育たない。
それでも、争いが終焉を迎えたのだから、「神の慈雨」なのだろう。
こうして、創造神の箱庭はある意味リセットされたのだ。
雨の烈しさが静まり、時折り雲の晴れ間から日が射す時間もあるようになった頃。
ぼくは久々に神界に呼ばれた。
というか、狐と狸の神使がわらわらと次元の裂け目から現れて、ぼくの体を光の縄でグルグル巻きにして連行して行ったのだ。
なんで?
ポンッと放り出されたぼくの目に映ったのは、ずいぶんと様変わりした神界。
下界を見る水鏡は変わらずだけど、ただ広くて白い空間にちょこんと置かれた使い古された丸い卓袱台と薄い座布団。
……こんなんだったけ?
そして狐たちにズルズルと引きずられて移動させられた奥には、ボーっと立っている創造神。
呼ばれたぼくが現れても、こちらを見ることもしない。
ただ……奥に置かれている五つの大きな石を見つめている。
石? ちょっと違う?
光の縄を体に巻き付けたまま、ぼくはズリズリとその不思議な石の前に進み出る。
「……これ……」
「眠っているんだよ。もう……そうするしかなかったから」
囁くような小さい声。
フェンリル、フェニックス、レオノワール……みんなが体を丸くして石の中で目を閉じている。
「ぼくと、リヴァイアサン……あと……」
地上の愚かな戦いに参加しなかったのは、ぼくとリヴァイアサンとあいつだけ?
「いや。あの子はここまで連れて来れなかった。執着が酷くて……神界には連れて来れなかった」
「じゃあ……」
まだ地上にいるの? まだ争っているの?
「封印したんだよ。あの子は守護するはずだった地の深い深い底で……眠っている」
創造神の言いつけを守ったのは、ぼくとリヴァイアサンだけ。
他の六人は、守護すべき地よりも縁を結んだ種族に肩入れし、争いに身を投じて……とうとう生きる者が生み出す瘴気に神気を混ぜて地上にバラ撒いてしまった。
その神気が混ざった瘴気が、さらに争いを生み出し収拾することができなくなった。
悲しみが募り疲れ果ていた神獣聖獣たちを創造神が眠らせ、瘴気を浄化する能力を創りだし精霊王たちに与えた。
ただ、一人だけ憎しみを滾らせ創造神が与える眠りを拒んだ者がいた。
あれほど、ぼくとフェンリルたちとの喧嘩の仲裁をし、下界では争いに参加しないよう呼びかけ、守護する者を作っていないか目を光らせていたのに。
「……この子たちはいつか目覚める。でもあの子は……」
創造神はいつも泣いているかヘラヘラ笑っているかのどちらかだったのに、今は表情が抜け落ちて怖かった。
それから、どうやって帰ってきたのかわからない。
気がついたら、山の頂にいて体を縮こませて目を閉じいた。
何も見なかった。
何も聞かなかった。
ぼくは、ずっと目を閉じていたから。
だから……何も知らないんだよ。





