事件発生 4
ギルバートは、白銀の髭にぶら下がっているはずの妖精を見ようと、目を寄せてみるが…。
「見えん」
『これも、かっこいいけど、ひゅーのほうが、このみだわ』
「……こいつは、ヒューの父親だぞ」
「とにかく、妖精がレンの所まで案内してくれるそうよ。まぁ、いなくてもレンの所まで行けるけど」
紫紺が胡乱げな視線を、妖精チロに向ける。
「妖精が見えれば、我々の案内を頼みたかったのだが…。そうすれば白銀たちは先に行けると思ったのに……」
ギルバートの両肩が力なく下がる。
白銀と紫紺は目を見合わせて、悪そうに牙をむき出しにして笑う。
「そうね。ギルたちは妖精に案内してもらいなさい。アタシたちは先に行くわ」
「いや、だから…、俺には妖精が見えないんだが……」
紫紺は妖精を前足でチョイチョイと突いて、ふうーっと口から吐いた息でギルの元まで飛ばす。
『な、なにすんのよーっ!』
「ぶっ」
ギルバートの鼻に何かがぶつかった。
無意識にそれに手を当てると、むにゅと柔らかい感触がした。
『きゃー!どこ、さわってんの』
べりっと鼻からその柔らかい何かを離すと、水色のワンピースを着た小さな女の子の姿が、自分の手の中でジタバタしていた。
「見えるようにしておいたわよ。時間が経つと見えなくなるから、ギルたちも急いでね。じゃあ、行くわよ」
「おうっ」
言いたいことだけ言うと、白銀と紫紺は体勢を低くしたあと、弾丸のように飛び出していった。
ギルバートが右手に妖精を握ったまま、左手を二人を止めようと伸ばした姿勢で固まっている。
「お、おーい!これ、どうしたらいいんだっ」
『これって、しつれいねー!』
紫紺は妖精の姿が見えるようにしてくれたが、声を聞こえるようにはしてくれなかった。
白銀と紫紺がチロと一緒に助けに来てくれるまで、チルといろいろお話をした。
ぼくがやっと兄様の手足を縛っていた縄を解いたから、ふたりで床にお座りしているんだ。
チルの話だと、ぼくたちが閉じ込められている小屋の近くに泉があって、「精霊の泉」て呼ばれているんだって。
実際、チルたち妖精の憩いの場所らしい。
行ってみたいなー。
兄様の話だと、精霊は上級・中級・下級とランクがあって、中には人間と契約してくれる精霊さんもいるらしい。
じゃあ、チルたち妖精は?
「妖精はねぇ…、精霊に成長する前の姿って言われてて。なんて言うか、悪戯っ子で…気まぐれで…人と契約することはない……らしいんだけど…」
「へぇー」
でも、ぼくとチル、兄様とチロは契約しちゃったよね?
なんか、知らない間に魔力の交換?をして契約しちゃったんでしょ?
「そうなんだよ…。父様になんて説明しようか」
兄様がちょっと困ってる。
眉がへにょんと八の字になった。
「ぼくがとうたまに…」
バンッ!!
大きな音を立てて、扉が開かれる。
そこには、さっきのおじさんがいた。
さっきよりも真っ赤な顔をして、フーフー荒く息を吐いてる。
その右手には…剣が握られていた。
「レン!」
兄様が僕の腕を掴んで、自分の胸へと抱き込んだ。
ぼくは、驚いて目を丸くしている。
「どうして……。なんで、バレた…。くそっ!もう少しで大金が手に入るはずだったのにぃ!」
おじさんは、ドカドカと小屋の中に入りながらあちこち蹴り上げる。
蹴られた木箱などが、宙に舞い落ちて壊れる。
その音にぼくと兄様は、ビクッと体が反応してしまう。
ぼくは、おじさんの持っている剣の先がこちらに向けられていて、恐怖で目が背けられない。
体が硬直して汗が止まらないんだ。
「ちっ、逃げる前にお前らで憂さ晴らしだ」
ぎゅうっと兄様が、ぼくを強く抱きしめる。
「どけっ」
ガッとおじさんに蹴られた兄様は横倒しになり、その痛みでぼくを囲っていた腕の力が弱まる。
おじさんは、ぼくの腕を掴んでつるし上げ、お酒臭い息を吐きかける。
「チビは殺していいって話だからな」
ニヤニヤと悪い顔で笑いながら、ぼくを見ている。
そして急に手を放されて、ボタッと床に落ちる。
「いちゃ!」
お尻を床で強く打った。
ぼくは、そのまま俯せになって頭を抱えるように小さくなる。
見たくない見たくない、剣の先が怖くて見たくない。
おじさんが剣をぼくに向かって振りかざすのがわかる。
その剣をどうするのかもわかる。
だから見たくない。
ギュッと強く目を瞑る。
ズシャアァァァァッ。
「ぐぅっ」
……。誰のうめき声?
ガアアアァァァァァッッ!!
ザシュッ!ガリッ!
どおっと何かが倒れる音。
フーフーと獣の息。
温かい背中。
「レン!レン!大丈夫か?」
白銀の声?助けに来てくれたの?
ぼく……。動けないんだ?なんでか、背中が重いの。
「おい、ヒュー。ヒュー!大丈夫か?」
白銀がその長い鼻で、ぼくの背中に覆ってたものをズラしてくれた。
ドサッと床に転がったのは…兄様?
「にい……たま」
兄様の背中は剣で切り裂かれ、血がいっぱいいっぱい、流れていた。
「にいたま!」