瑠璃の場合 ~聖獣リヴァイアサン~ 1
あけましておめでとうございます。
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人魚国の王が使う応接間の一室のソファーに人化して慣れた動作で座り、メイドが淹れた冷茶を味わう。
ここに人魚王はいないが、代わりにベリーズ侯爵たちが対面に座ってこちらの様子を窺っていた。
「そんなに心配するな。あの子にはちゃんと水精霊が契約しその身を守ってくれようぞ」
儂の言葉にベリーズ侯爵たちは、ほうっと深い息を吐き笑顔をみせる。
人魚国の宰相を勤める仕事の鬼コリン・ベリーズ侯爵には、陸に上がって行方不明になった息子が一人いる。
その息子が人族の女性と結婚し生まれたのが、いまブルーベル辺境伯家に世話になっている人魚族のハーフ、プリシラだ。
今回、聖獣リヴァイアサンは、ベリーズ侯爵の懇願を聞き入れて水の精霊をプリシラの護りにとブルーベル辺境伯家へ派遣させた。
二人の相性もよく契約を済ませることもできたし、ついでにブルーベル辺境伯騎士団の敷地に小さな泉を作り自分が行き来できる近道を作ることに成功した。
「ふうっ。プリシラを人魚国の我らの屋敷にて保護できればよかったのですが……。本人が人族の街がいいと望むなら仕方ない。それでも! 心配なのです」
ぐうっと苦しそうに喉を鳴らしベリーズ侯爵が訴える。
「水の精霊がついていれば余程の危険は回避できるじゃろ。近くにはレンを守る神獣聖獣もいるしな」
正直、あいつらがどれだけ役に立つかは未知数だが、あれらの存在を知れば軽い気持ちで、ちょっかいはかけんだろう。
「はあ~っ。どうして我が一族は外に出て人に紛れて生きていく奇人が多いのか。ブランドンも小さいときから海の外の世界にばかり興味を持って」
ベリーズ侯爵は頭を抱え込んでブツブツと愚痴を零す。
「仕方なかろう。お前たちの先祖からしてそういう気質だったのだから」
ひょいひょいとテーブルの上の茶菓子を口に運ぶが、ううむ、レンのところで出された焼き菓子には劣るな。
「はて? 聖獣様は我が一族の先祖様をご存知で?」
「ああ。お前たちベリーズ侯爵の元は王弟だ。その当時から鮮やかなエメラルドグリーンの髪は変わらんな」
懐かしい……あやつのことを思いだすと別のことも思い出すので、避けてきたのだが……もういいのだろうか?
「ちなみに先祖はどんな人だったのですか? そんなに海の外に魅かれていたのに、なぜ海に留まったのですか?」
「そうさな。話してやろう……愚かな王子とその伴侶と献身を尽くした友の話を」
グビッと冷茶を飲み干して、儂は静かに目を閉じた。
儂が目を開けると、ほうっと安心した息を吐く麗人とその後ろでやんやと喝采をあげる者たちが映った。
あとで聞いたのだが、儂は麗人、創造神が創った最後の聖獣で、ようやく神使たちに及第点をもらえた存在だったらしい。
創造神がやっとまともな神獣聖獣を創ったから、神使たちは喝采をあげていたとか。
儂がまともかどうかは自覚はなかったが、先に創られた神獣聖獣を見ているうちに納得した。
最初に創られた神獣エンシェントドラゴンは無気力だし、次の神獣フェンリルとフェニックスは反対に短気で感情の起伏が激しい。
もう一体の神獣が仲裁役になっているが、その姿は憐れである。
聖獣同士はそこまでいがみ合ってはいないが、個性が強すぎる。
聖獣レオノワールはまだ理性的ではあるが、もう一体の聖獣と合わさるとキャピキャピとうるさくなる。
もう一体は自尊心が強すぎて扱いづらい。
儂は仲間である神獣聖獣とは少し距離を置いて接することにした。
そうして過ごすうちに、とうとう神界を旅立つときがきた。
儂と神獣エンシェントドラゴンだけは、創造神に別に呼ばれて守護する地の説明を受けた。
曰く、儂らが受け持つ地はこの箱庭の重要地であり、何かあれば物理的にこの箱庭が崩壊すると。
「だから、くれぐれもよろしくね。無闇に暴れたりしないでね! 暴れているのがいたら叱ってよ!」
儂らはコクリと頷き、その地の守護を誓った。
なぜか、他の奴らは「神界を追い出される!」と騒いでいたが……ちゃんと説明を聞いたのか?
そして、ほどなくしてそれぞれがそれぞれの地へと旅立った。
儂にとっては「海」自体が初めてだったのだか、創造神が儂の本体を最初からその地に合うように創っていたので、むしろ解放感に満たされた。
あるがままの姿で過ごせるからかもしれない。
神界では、巨大な儂の姿では鬱陶しいと言われ、人化して過ごしていたからな。
悠々と海を泳ぎ、クラーケンなどの危険な魔獣はそこそこに間引きながら、守護する地の把握に努めた。
危険な魔獣は海の奥深くに追い込み、人の住む地に被害が及ばないように、小魚や貝などの弱い生き物は穏やかな海域へと誘導した。
一日、何も考えずに海を泳ぐのも気持ちがよかったものだ。
海を揺蕩うことに慣れた頃、人のような生き物が集落を作って生活しているのをあちこちで見かけ、興味を持った。
よく観察してみると、上半身は人型のようだが、下半身は魚と同じく鱗に覆われたヒレがあった。
魚や海の魔獣とは違い、武器を持って狩りをし食べ物を確保し、海藻や貝を採って調理をする不思議な生き物だ。
岩場の裂け目や穴を住居として利用し、水魔法を器用に使っている。
「ふむ」
この海を守護する者として、あの不思議な生き物たちに接触してみよう。
だが、本来の巨体で近づけば、魔獣と勘違いして恐れられると思い、その不思議な生き物と同じ姿に変化して、集落を訪れることにした。
手土産に珍しい貝と魚を持って、儂は人魚族と初めて交流を持つことになる。
人魚族は幾つかの集落がバラバラに存在していて、その集落が合流したり潰し合ったりして、やがて一つの国を興した。
たまたま、儂が最初に会った集落の長だった人魚族の男が初代の人魚王となった。
儂は、その人魚族の国に適した場所を探し移動を助け、凶悪な魔獣に無駄に襲われないように防御陣を張ってやった。
小さき者たちが助け合って暮らしていくことに対する慈悲のつもりだ。
そうして、人魚国と度々交流し、儂が海を守護する聖獣リヴァイアサンとわかると奴らは儂を崇めるようになり、なかなかに良好な関係を築いていったのだ。
「聖獣さまーっ。遊びに来たよー」
「ん? お主たち、また王に無断で来たな?」
いつの日か、王の息子とその乳兄妹、幼い従者の三人が、儂の寝床に遊びにくるようになった。
可愛い幼い人魚たちだが、少々やんちゃが過ぎるな。
「父上は忙しいからな! 兄上はお勉強だ!」
何故か胸を張り儂にそう主張するのは、人魚国の第二王子クリフォードで、その王子の右腕を掴んで必死に儂に向かって頭を下げさせようとしているのが王子の幼馴染で従者のキースだ。
二人の後ろでクスクスと笑いを漏らしているのは、王子の乳母の娘ペネロピだ。
この三人は頻繁に儂を訪ねてきては遊ぼうと誘うのだ。
儂は聖獣リヴァイアサンで、お前たちの王は儂を神の如く敬っているのだがな……。
しょうがない、暇だし付き合ってやるか。
「遊びではなく、魔法の練習だな。クリフォードは兄を守る人魚騎士団の団長になるなら、槍だけでなく魔法の腕も磨かなければ」
「はいっ」
「お、俺も頑張ります!」
「あたしは魔法得意だから、クリフォードを守ってあげるわ」
なんとも微笑ましいことである。
しかし、儂はこの三人に魔法を教えたことを後悔することになるのだ……あの忌まわしい騒乱のせいで。