紫紺の場合 ~聖獣レオノワールの場合~ 2
12月23日レジーナブックス様から「みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!」が発売されました!
初書籍になります。
イラストがとっても可愛いので、書店様・電子書籍サイト様で見かけたら挿絵だけでも見てください!
小人たちの集落での生活は穏やかで華やかで楽しくて最高だわ!
アタシの世話係になったリンジーとは、仲良くなってなんだか知らないうちに契約状態になっていたけど、問題ないし。
人族の子供と同じサイズの小人たちに合わせて、獣体から人化に変化して生活することにしたんだけど、これがまた最高なのよっ。
長い髪を編んだり結んだりして、そこに色々な色に染めた紐を合わせて飾ってみたり。
着ている服にも花柄の刺繍を入れてもらって、飾り紐でウエストを絞ったり肩から斜め掛けにしてみたりして、オシャレを楽しんでいるわ。
この子たちったら木工も得意で、可愛い小物も自ら作って、飾り彫刻まで施すの。
「はあ~っ、可愛いわ」
ため息のように息を吐いて、うっとりと手にした器を眺めるアタシに、リンジーはクスクスと笑い声をあげる。
「またですか。レオノワール様は大げさです。街に売りに行っても二束三文なんですよ?」
「あら、街に行ったことあるの?」
この森を出てしばらく東に進むと人が住む集落があるのは知っているけど、アタシは森から出たことはないから行ったことはなかった。
「ええ。渡り鳥の季節にその背に乗って街へ行商に行きます。森では手に入らないものが幾つかあるので」
リンジーの言葉に、周りでチクチクと針仕事をしていた小人たちもウンウンと頷く。
「へー。……て、渡り鳥の背に乗るって、帰りはどうしてんのよ?」
「そうですね。角ウサギの背に乗ったり、早いのはボアですが、なかなか背に乗るのは難しくて」
交換した荷物もありますから……と、リンジーは何事もないように言うけれど、それって危ないのでは?
だって、魔獣の背に無断で乗って移動するってことでしょ?
しかも、渡り鳥の季節って、一年に一回しか行商に行けないじゃないの。
そりゃ、荷物も多くなるわよね?
「ふむ。なんだったらアタシの背に乗って移動する? それならいつでも行き来できるし、荷物ならアタシの収納魔法で持ち運びできるし」
なんとなく提案してみたんだけど、小人たちの食いつきは凄かったわ。
あれよあれよと話が進み、気づいたときにはリンジーを背に乗せて森の中を疾走していたんだもの。
長老たちの必死な嘆願に、さすがのアタシも首を縦に振ることしかできなかったわよ。
辿り着いた人の集落はそこそこの大きさのように思えた。
創造神様から与えられていた知識では、もっと大きな街もあるし小さな街や村もあるらしいから。
リンジーはアタシの背から器用に滑り降りて、小さな手でパンパンと服の土埃を払った。
「レオノワール様。人化したほうがいいですよ」
ポワンと獣体から慣れた人型に変化して、アタシも身だしなみを整える。
うん! 今日も完璧に綺麗だわ、アタシ。
街に入るときにリンジーは冒険者登録をしていたからギルドカードの提示ですんなりと通れたけど、アタシはしっかりと門番に止められた。
身分証もお金もないと言ったら、若い門番に冒険者ギルドまで連れて行かれて冒険者登録をさせられて、ついでに森の奥深くで狩った魔獣の素材も売り払ってみた。
そうしたら余裕で入街料が払えたわ。
「僕たちの商品を売らなくてもいいかも」
リンジーの目が白黒しているけど、ずいぶんと大金になったみたいね、魔獣の素材。
呆然としているリンジーを急かして、いつも商品を卸しているお店の前まで移動する。
「ここです」
リンジーが指差す店は、まあまあの大きさの商店で雑貨店のようだった。
でも……なんか感じが悪いわ。
アタシはリンジーの体を抱きかかえて走って冒険家ギルドまで戻り、さっき大量に魔獣の素材を売ったからか対応の良い受付嬢に事情を説明して小人たちの商品の売買先を紹介してもらった。
「な、なんであの店ではダメなんですか?」
人の好いリンジーはしきりに首を捻っていたけど、聖獣の勘を舐めないでよね。
あの店は感じが悪い……だけでなく悪意に満ちていたわ。
アンタたちの商品が二束三文で買われていたのも怪しいものよね?
商業ギルドでリンジーを行商人として登録させて、商品をギルドに直接買い取ってもらった。
「こ……こんなに!」
リンジーはまたもや目を白黒とさせて、両手に持ちきれない金貨を見てぴるぴる震えだした。
「とてもいい商品です。これからもよろしくお願いします」
ギルドの担当員に丁寧に礼をされて、リンジーはペコペコと頭を下げていた。
「あ、あのー、個人的に売買するのはダメですか?」
リンジーが危惧していたのは、この街でもうひとつ商品を卸している店があると。
そこのお店とは、今までどおりやり取りしたいとのこと。
「かまいませんよ」
ギルド員のにこやかな顔に見送られ、懐が激熱になったアタシたちは、そのもうひとつのお店へと移動する。
「あら、あら、あらあらあら。とっても可愛いお店!」
街の中心から少し外れたそのお店はこじんまりとしていて、ピンク色やオレンジ色に彩られたとっても可愛い佇まいだった。
「雑貨店なんですけど、どちらかというと手芸店なんです」
リンジーが店の扉を潜りながら説明してくれるけど、店の中の商品もとっても可愛いわ!
結局、そのお店に染めた糸や紐を大量に売って、代わりにビーズやボタン、針を手に入れた。
「あら、商業ギルドに登録したのかい。そりゃ、よかった。あのエルフの店との取引には心配していたからね」
店の主人である優し気な老婆は、リンジーの頭を優しく撫でながらそう言った。
そして、こっそりとアタシに小人たちを守ってほしいと頼んできたのよ。
いい人間が営む可愛いお店にアタシは大満足で、その願いを受け入れたわ。
その日は街の宿屋に泊って、朝早く森へと帰ることにした。
小人たちが商品を作る時間も必要なので、アタシとリンジーは大体三ヶ月おきに街に行商に行くことにした。
長老の頼みで、リンジーの他に何人か連れてね。
若い小人たちが人里に住みたいと思ったときのために、って長老たちは言っていたけど、そうやって若い小人たちのことを考えられるなんて素晴らしいことよ。
でも小人たちは森の生活に満足していて、余所の生活を羨むこともなさそうだけどね。
集落に張られた結界のおかげて魔獣たちは襲ってこないし。
「いやいや、この結界は魔獣と森の民から我らを守ってくださっているのです」
森の民?
話を聞くと、もともと小人たちは森の入り口の近い所に集落を構えていたんですって。
弱い魔獣しか出ないから、それなりに狩りもしていたみたいよ。
でも、森の民はしばしば襲ってきて、戦う術を持たない小人たちはその数を減らし、もうダメかと思ったときに一体の神々しい獣が森の奥へと小人たちを導き結界を張ってくれた。
実は、その神々しい獣に心当たりがあるのよね、アタシは。
結界の魔力媒体に使われているのは神獣エンシェントドラゴンの鱗。
そして、この魔力の持ち主……神獣のあいつよねぇ。
確かに、あいつはアタシと守護地を交換したあとに一度訪ねてきたわね。
それとアタシたちの仲間でエンシェントドラゴンの鱗が貰えるなんて、あいつと聖獣リヴァイアサンぐらいしか思いつかないわ。
アタシが守護することになった小人の民を最初に助けたのがあいつだなんて、癪に障るけどしょうがないわよね。
これからは、アタシが守るわ!
ある日、リンジーと小人二人を背に乗せて街へと移動していると、突然リンジーが大きな声をあげた。
「街の方向に煙が見えるよ。しかも……いくつも!」
アタシが街の方へと視線を向けると、白い煙が幾筋も空に昇っていくのが見えた。
「なにかしら?」
アタシは胸騒ぎを覚えて、リンジーたちを背から降ろすと岩陰に隠れているように命じた。
念のため、リンジーたちの周りに結界を張っておくことにする。
「早く、戻ってきてね」
リンジーたちは、お互い体を寄せ合ってぴるぴると心細げに震えている。
「ええ。すぐに戻ってくるわよ」
アタシはリンジーたちと別れ、街へと全速力で駆け出した。
街門にいつも立っている門番は、その体を地面に静かに横たえている。
そして、あちこちで家屋が燃え人が倒れていて、主を失った馬がパニック状態で走り回っていたわ。
「なに……これ?」
見たところ、どこぞの輩に攻め入れられ蹂躙されたようだけど……こんな辺鄙な街に誰が攻めてきたの?
アタシは獣体のまま、冒険者ギルドの建物へと足を向けた。
「ここも、ダメか」
冒険者ギルドは火に包まれていたし、その周りには冒険者であろう人の物言わぬ骸が積まれていた。
アタシはクルリと方向を変えて、老婆が営む雑貨店へと走った。
店はいつものように静かにそこにあったけれども、店の中は何者かが暴れた後でめちゃくちゃになっていた。
倒れた棚の下敷きになっていた老婆を人化して助け出すと、彼女はまだ微かに息があった。
「しっかりしてちょうだい。いったい、何があったの?」
「あぁ……あんたか……お逃げよ。……ここはもう、ダメだ……。エル……族が、隣国の……兵士と……攻めて……」
老婆はそこで激しく咳き込み、血を吐いた。
「ちょっと、しっかりして。そうだ! ポーションを……」
収納魔法でしまってあったポーションを慌てて取り出し、老婆の口に瓶をあてがったが遅かった。
「そんな……」
エルフ族が隣国の兵士と攻めてきた? この国は隣国と戦争になるのかしら?
アタシは、老婆の体をそっと横たえさせて口元の汚れを綺麗に拭いてあげた。
「とりあえずリンジーたちの所へ戻りましょう」
森の奥に居れば、戦争に巻き込まれることはないだろうけど、アタシの胸騒ぎは落ち着くどころか増々酷くなっていく。
リンジーたちと合流したときに、街がエルフ族と隣国の兵士に襲われたことを説明すると、リンジーたちの顔は真っ青になった。
「大変だ! 森の民が攻めてくる!」
わたわたと焦りだすリンジーたち。
「森の民? エルフ族はアンタたちがいう森の民のことなの?」
リンジーたちは大きく頷く。
そして、大急ぎで集落に戻ったアタシたちが見たのは、街と同じく誰かに蹂躙された惨状だった。
「どうして?」
ここの集落には、結界が張られていたはずよ? それも神獣の結界が……。
「……魔獣と森の民だけを弾くんだ。……隣国の兵士は、結界を通れたんだ」
「リンジー」
仲の良かった針子のおばさんや長老たちの変わり果てた姿に、声をあげて泣くリンジーたち。
でも、おかしい。
息絶えた小人たちの数が少ないのだ……それも若い小人の数が……。
アタシは、感情のままにその場を飛び出していった。
街を過ぎて別の街を襲っていた隣国の兵士を見つけると、次々とアタシの爪で斬り裂いてやった。
エルフ族の奴らも混じっていて、攻撃魔法を撃ち込んできたけど、それはアタシの毛一本すら傷つけることができなかったわ。
ひととおり片付けた後、その集団のどこを探しても連れ去られた小人たちを見つけることができなかった。
アタシは顔を隣国へと向けて疾走した。
もしや、小人たちは隣国に連れて行かれたのでは? と思ったからだ。
身体強化を自分にかけ風の早さで森の中へと戻ると、隣国へと進む兵士とエルフ族の一団を見つけた。
でも、アタシが追いつくまでにエルフ族は味方であろう隣国の兵士と縄で縛られていた小人たちを殺してしまったの。
「何すんのよっ」
「わあああっ! 魔獣が出たぞーっ」
こちらの問いに答えることなく攻撃してきたから、一人を残してとっとと片付けたわ。
「なんで、小人たちを襲うの? なぜ兵士まで殺したの?」
エルフ族の答えは腹立たしく自己中心的だった。
曰く、同じ細工物を街に卸していたエルフ族は、細工の上手な小人たちを疎ましく思っていた。
最近、街に小人たちの商品が流通しだしてエルフ族は面白くなかった。
そこで、領土拡大を狙っている隣国に働きかけ兵士を動かした。
国に戦争をけしかけて、そのついでに小人たちを根絶やしにしようと。
なのに、隣国の兵士は小人たちの技術の高さに目を付けて自国に連れ帰ろうとした。
それが、エルフたちは許せなかった。。
ただ、自分たちのプライドのために、国同士の争いを産み小人たちを犠牲にした。
「許さないっ」
アタシは、そのエルフの胸に爪を突き立てたあと、森にあるエルフ族の集落へと突撃した。
悪い奴らを全て片付け、毛皮が血に汚れたまま小人の集落に戻れば……そこには誰もいなかった。
「リンジー?」
嘘よ。
リンジーと他に二人、小人たちがいたはずよ? どこにいるの?
集落中を探したし、森の中も探したわ。
街へも、もう一度行って探したのよ? なのに、どこにもいないの……。
「どこに行ったの? リンジー?」
森の奥深くまで兵士たちが来るから排除するのに面倒でたまらないわ。
アタシはリンジーを探しているのよ、そこをどきなさい。
そこに死んでいる小人の中にいるんだろうって?
はっ、リンジーは死なないわよ。
だって、アタシと契約しているのよ? そう、契約しているの。
エルフ族の集落を襲っているときに感じた喪失感は、別のものよ。
エルフを片付けた後に戻ってきた小人の集落に入り込んでいた隣国の兵士は、アタシがすぐに追い払ったもの。
リンジーはどこかにいるのよっ!
でも、探しても見つからないの? どうして?
焦りと悲しみと怒りが制御できずに、アタシの体から膨大な魔力が溢れ出していくわ。
不足した魔力を補うように周辺の土から木々から花から生気を奪い取っていく。
そうして、森は徐々に白く立ち枯れていった。
土も死に、この森だけでなく広く広く荒れていく。
あの街も、この国も、隣の国の領土さえも白く枯れ果てていく。
真っ白に変わった森の景色に、薄曇りの空が見える。
「ねえ? どこにいるの?」
今日もアタシは森を彷徨いリンジーを探している。
カサリカサリと乾いた足音を立て、ハラハラと灰色の葉が風に舞う中で。
針子のおばさんも長老もちゃんと埋葬して墓石を置いて……。
でも、白くて細い枝のような石のような塊は、そのままにしてあるの。
その塊ってば、リンジーがアタシとお揃いって喜んで身に付けていた濃い紫の飾り紐を持っていたけど。
でも、あれはただの白い塊よ。
「レオノワール。もういいんだよ。さあ、お眠り」
優しい声。
誰? リンジーがどこに隠れているか知らないかしら。
「……ゆっくり休みなさい」
目を閉じて、また目を覚ますときにはリンジーは側にいてくれるかしら?
森は緑を取り戻して、赤や黄色の花々が咲いて、みんなで針仕事をして、焚火でアタシが捕ってきた肉を焼くのよ。
ねぇ……リンジー。
どこにいってしまったの?
アタシ……さびしいのよ。