真紅の場合 ~神獣フェニックス~ 1
なんでこんな奴らと同じ仲間にされるんだ?
生まれたばかりの俺様は、神界での生活が不服だった。
最初に創られた神獣エンシェントドラゴンは、俺たちのことなど無視をして気ままに過ごしている。
ちょっと自由過ぎないか?
次に創られた神獣フェンリルは、そんなエンシェントドラゴンが気に食わないのか始終喧嘩を売っては、何かを壊し創造神を泣かし神使いにしばき倒されている。
とっても短絡的でうるさくて嫌いだ。
創造神は頭が弱いのか、それからも次々と神獣聖獣を創り、ますます神界が居心地悪くなっていった。
仲間……とは考えたくない、奴らの存在は面白くなかったが、自分の与えられた能力には満足していた。
神獣聖獣の中でも治癒能力と再生能力を持っているのは俺様だけだし、真っ赤な羽もピンとした尾羽も気に入った。
まあ、空を飛べるのが俺様だけじゃなかったのは残念だったけどな。
「じゃあ、フェンリルはこの山々とここら辺をお願いね」
ヘラヘラと呑気に笑っているか、神使たちに叱られて大きな声で泣くかしている創造神から、ある日唐突に神界から追い出されそうになった。
「ち、違うよ。どうしてみんな誤解するのかな?」
あれれれ? と首を捻った創造神は、元々俺たちを地上の要所に配置して、この箱庭を護らせるつもりだったみたいだ。
俺たちは、もう凄く強くなってこの箱庭にも慣れたので「巣立ち」をさせたいらしい。
うん、俺様は成長して凄く強く賢くなったからな!
俺様は創造神に胸を張ってみせた。
山々は小さな噴火を繰り返してばかりの火山で、その裾野には岩ばかりの土地と僅かな森がある。
右の翼を確認、バサササッ。
左の翼も確認、バサバササッ。
神界では、長い時間を飛翔したことがなかったけど、大丈夫かな?
「大丈夫だよ。君の翼はこの箱庭を一周しても疲れることなんてないさ!」
優しく愛おしそうに俺様の羽を撫でる創造神に、別れの餞別とばかりに羽を一本くれてやる。
そうして、俺様は神界を飛び立ち、未開の地へと出発した。
地響きが続くと山が膨らんだように見えて、暫しの静寂の後、火口から真っ赤な溶岩が溢れ白と黒の煙が混じり合いながら噴出される。
この溶岩の熱さも、熱せられた暑さも、俺様には関係ない。
気が向いたら山々の周りをバサササッと飛んでみて、飽きたら大きな岩の上で眠るだけだ。
創造神は、この地に留まるだけで、箱庭が安定すると言っていたけど……正直ヒマすぎる。
ちょっと遠出して、ワイバーンを揶揄ったり、大魔猪と競争したり、適度に遊んではいるが……ヒマだ。
そんなとき、僅かに木々が生えてかろうじて森となっている場所から、何かの気配が感じられた。
<なんだ?>
黒くて大きな岩、ちょっとあったかいのは溶岩が冷えて固まった岩だからかもしれないが、その上に横たえていた体をムクリと起き上がらせて、気配のした森の方向をじっと見つめる。
<んん?>
なんか、木と木の間に何か動くものを見たような?
バサササッと翼を動かして低空飛行で近づけば、木々の後ろに身を潜めるように生きているなにかが俺様を睨んでいた。
「ちっ、見つかったか」
なんだ、こいつ?
そこそこ大きな体をしたのが、二つの小さい体を庇うようにして俺様と対峙している。
俺様はコテンと首を傾げた。
創造神の姿形と似ているが、あいつには額に角なんて生えてなかったぞ?
<おまえ、なんだ?>
「はっ! こ……この魔獣は喋れるのかい?」
「ママーっ! 真っ赤な鳥しゃん」
「ばか! そんな可愛いモンじゃないよっ」
俺様の質問に答えないで勝手に囀っているんだが? 俺様を無視するとはいい度胸だなっ!
その後、なんとかそいつらと意志疎通することができた。
この不思議な生き物の周りを三十回ぐらい回ったら、小さいのが目を回してぶっ倒れたから、俺様が治癒魔法で治してやったんだぜ!
「アンタのせいだと思うけどねぇ」
俺様の鮮やかな羽をジト目で睨むのは、大きい体をしたメスだ。
「メスって……。あたしゃ鬼人族のセルマでこっちはアタシの子供のリオとレオだよ」
「ちはっ」
「っス」
小さいのは自分の名前を呼ばれたときに、俺様に頭を下げて挨拶をしたけれども……あのな、俺様偉いのよ? そんな近所のおっさんに挨拶するような適当さで許されると思うのか?
ぐわあっと翼を左右に大きく広げて嘴で突いてやろうとしたら、口をガシッと大きいほうの、母親のセルマの手で掴まれる。
<っぐ……、っなせ!>
「嫌だよ。うちの子に何するつもりさ。もしかしてアンタ、腹が減ってんのかい? じゃあ、こっちに来な」
セルマは俺様の嘴を掴んだ手はそのまま離さずに、反対の腕で俺様の両の翼を抱えやがった。
「さあ、チビども。不可思議な生き物の確認は済んだから村に帰るよ」
「「はぁーい」」
……おい、不可思議な生き物って俺様のことか?
腹が立って必死に藻掻いたが、セルマの力は弛むこともなく、増々力が込められるのだった。
荷物のように運ばれることしばらく、木々の間に煮炊きの煙が見える。
そこは、戦闘種族鬼人族の集落、セルマたちが生活する村だった。
俺様はそのままセルマに村の長の所まで連れて行かれ、なんか知らんが腹を空かした子供の扱いで肉を食わしてもらった。
<美味い>
神界では、気まぐれに食べたり飲んだりしたこともあったが、ただ焼いた肉がこんなに美味かったなんて、俺様知らなかった。
「そうかい。そりゃよかった。まだあるからね。たんとお食べ」
セルマは俺様を拘束していた太い腕で骨付きの肉を包丁で叩き斬り、その肉をリオとレオが鉄板で焼いている。
「鳥しゃん、食べてー」
小さいながらも神獣である俺様に食べ物を貢とは、いい心掛けだ。
はむっと嘴で噛み千切った肉からは肉汁が滴り落ちて……。
<あ、熱っっ!>
翼をバダバタと上下に振り、足でジタバタと激しいステップを踏む俺様の姿に、鬼人族の奴らは大きな声で笑い酒を飲み干していた。
その夜、俺様は木でできた家という中で、リオとレオと一緒に眠った。
セルマの優しい歌声を聞きながら。
俺様は鬼人族の村に居てやることにした。
べ、べ、別に、一人でいることが寂しくなったとか、夜寝るときにセルマが歌ってくれるのが好きだとか、そういう理由じゃない。
俺様は創造神に命じられた崇高な使命があるのだっ!
この地に住まう者たちを守る、守護者としての任務がな!
だから、近くに住んでこの鬼人族とやらを守ってやることにしたのだ。
おい、リオ。
お前が持っているのはなんだ? 赤い木の実で甘酸っぱくて美味しいのか?
俺様もそれを所望する!
毎日、リオとレオ、他の鬼人族の子供と狭い森の中を探検し、食べる物を集める。
セルマは他の鬼人族と狩りにでかけ、やや年老いた鬼人族は村の長と武器の手入れや家畜の世話をしている。
それなりの時間を過ごすと、この村の大人たちが時折り旅に出ることがあるのに気づいた。
<あいつら、どこに行くんだ?>
もしかして、幻の食材とか、極上の肉の魔獣を狩りにいくとか? なら、俺様も手助けしてやってもいいぞ。
「あははは。違うよ。あいつらは依頼があったら戦いに行くのさ。アタシたちは戦闘種族。依頼があれば戦地に行って戦い、金を稼ぐ種族なのさ」
セルマが俺様に鬼人族の事情を教えてくれるのはいいが、おいっ、あんまりバシバシと叩くなよ! すっごく痛いぞ!
「あら、ごめん。まったくアンタは柔い体だねぇ」
いや、俺様ってば、この箱庭に四体しかいない神獣様なんですが?
「いつまでたってもちっこいし。リオとレオなんてそろそろ独り立ちするんだよ?」
<俺様だって、もう大人だ>
生まれたときから大人だぞ?
「嘘言いな! もっと強くならないとアンタは外に出せないよっ」
セルマはカラカラと笑いながら、やっぱり俺様の尊いご神体をバシバシと叩く。
やがて、セルマが言っていたとおり、リオとレオが鬼人族として戦いに参加する日がきた。
「じゃあ、行く」
「行ってくる」
「ああ。しっかりな!」
リオとレオの初陣にはベテランの鬼人族が一緒だが、俺様は心配になった。
俺様に貢ぎ物を運び、俺様の世話をしていた子供が、命のやりとりをする危険な場所に行くという。
心配しないわけがない。
<むむむ>
俺様が一緒なら戦いなんて一瞬で終わるし、二人が怪我しても治癒魔法で治してやれるのに。
しかし、俺様はこの地を守ることが命じられているから、二人に付いて行くことができない。
仕方ない。
プチッ、ブチッ。
<これ、やる>
リオとレオに俺様のありがたい羽を一本ずつくれてやる。
<護りになるだろう。持ってろ>
真っ赤な羽をリオとレオは大切に手に持って、俺様に満面の笑顔を見せた。
セルマからは、長たちが作った武器を渡される。
「しっかりな!」
「「うん」」
心配だ、心配だ。
その羽にはいろんな効果を付与しといたけどな……心配だ。
俺様は空を、村のみんなに見送られて旅立つ二人が見えなくなるまで、ずーっと飛び続けていた。