白銀の場合 ~神獣フェンリル~ 1
「昔の日記帳」は、週一回の更新となります。
神獣聖獣の昔話にお付き合いください!
俺は、生まれたときから既に不機嫌だった。
いや、神に創られたときからと言い直そうか?
目の前に優し気だけど弱そうな男が笑顔満面で俺の顔を覗き込んでいて、その後ろに興味なさそうな顔をした奴がいた。
そいつが、神獣エンシェントドラゴンだった。
俺より、ほんのちょっぴり前に創られた同じ神獣なのに……、あんのバカ神が!
何が「ちょっと力加減を間違えた」だよっ。
最初に創られたあいつと次に創られた俺の力の差は、「ちょっと」では済まされないほどにある。
ぐぬぬぬっ。
俺は、この世界に生まれたときからずっっと二番目に甘んじなければならなかった。
当然、喧嘩を売るよな? エンシェントドラゴンに。
そうして、フェニックスが創られ、聖獣まで創って、神界は喧嘩の絶えない場所となった。
「フェンリル。君はここを守ってね」
追い出されるのか? 俺たちは……。
確かに神界で暴れまくり、創造神はびゃーびゃーと泣きわめき、狐と狸の神使にはしばき倒されまくった俺たち。
いや、エンシェントドラゴンは我関せずで、聖獣リヴァイアサンと神獣のあいつは、仲介役だったけど。
「違うよ。確かに君たちが暴れたから神界はめちゃくちゃで、狐と狸の機嫌は悪いけど……ははは」
創造神・シエル様は乾いた笑いを漏らした後、俺たちの役目について話してくれた。
もともとこの箱庭の要所の護りとして、俺たちを配置しようと考えていたらしい。
他の奴らがどこを守ることになったのか知らんが、この箱庭の要、峻厳な山脈に神獣エンシェントドラゴン、海を聖獣リヴァイアサンが守ることになった。
俺が守るのは、北東に広がる雪山連山と裾野に広がる森だった。
「寒そうだな」
思わず、鼻にシワが寄ってしまう。
「大丈夫だよ。君の毛皮があればね」
シエル様が優しい手つきで、俺の自慢の毛をもふもふする。
そうして、俺たち神獣聖獣は創造神の命で、各地の護りとして地上に降り立った。
一年中雪で覆われた山々と、氷でできているような木々の森。
だが、そんなに寒くはないし、意外と食べる物にも困らない。
俺は退屈しのぎにトロールを倒したり、ワイバーンを狩ったりして過ごしていた。
どれぐらい経っただろう。
ある日、一頭の痩せた狼と出会う。
ヨロヨロとした足つきで虚ろな目に、そいつの死期が近いことがわかる。
その狼は、俺の姿を目に映すと、雪が積もる地にその身を伏せた。
「神のごとき強き者よ。我らが祖の大神よ。どうか、我が同胞を助けたまえ」
ささやくような小さい声だったが、俺の耳には届いた。
は? こいつ、何言ってんだ?
俺はお前たちの祖先でもないし、神獣だけど狼たちの大神になった覚えはない。
「……とにかく、何を望む?」
助けてくれって何をどうすればいいんだよ。
「我らの縄張りに悪しき者が……。我らでは太刀打ちできずに……無念」
ガクッと力なく体を横たえてしまったが、死んだわけではなく、気を失ったらしい。
ここまで道中が厳しかったのか、俺の神気にあてられたのか……しまった、俺の神気を引っ込めよう。
せっかく、俺を見つけ出し命を懸けて嘆願されたので、俺はそいつを連れて狼たちの巣に足を運ぶことにした。
……決して暇すぎて退屈だったからではない。
チマチマ足を動かすやつれた狼、黒っぽい毛の奴と話をするのに面倒だから、アランとでも呼ぼう。
俺がそう告げると尻尾をぶわっと膨らませて驚いていた。
いや、だって不便じゃん、名前ないと。
しかし、俺が名付けると俺と奴との間に何かが繋がった気がした。
しかも、アランの体から大量の魔力があふれ出してきた。
あれ? なんだこれ?
後で知ったが、名前を付けたことで契約が結ばれ、俺とアランとの間に主従関係が確立され、俺からの力の譲渡があったらしい。
知らなかった……そんなことができるなんて……。
俺、神界では喧嘩ばっかりしていたしな……。
そして、アランが長を務める集落に辿り着いて、サクッと悪い者、魔力暴走を起こして亜種に変異した魔熊だったけど、そいつを倒して俺はその集落の神になった。
えっへん。
シエル様は「この地を守れ」と命じられた。
こいつらもこの地の一部であるから、俺がこいつらを庇護することは間違っていない。
そう、こじつけて俺はアランたち魔狼と共にいることにした。
独りで退屈だったし、寂しかったのかもしれない。
そもそも、狼って群れで生活するもんだし……俺はフェンリルだけど。
魔物を狩って、巣穴を広げて、果物の取り合いをして、宴をして酒を飲んで……いや、待てよ。
「なんで、酒があるんだ?」
「大神よ。我らは魔狼の一族ではありませぬ。我らは人狼族。人化する能力を持つ狼です」
アランが誇らし気にそう宣言すると、アランを中心に数十人の成体の狼たちがポワンっと姿を変えた。
俺の口から魔猪の肉が零れ落ちる。
「へ?」
そこには、大人だと思われる人族の姿をした男女が裸で立っていた。
「どうですか! 人の姿になると器用なことができるのですが、服を着なければならんのが厄介で」
いそいそとズボンを穿きながらアランはニコニコ顔だ。
どうやら、人里に人の姿で行き、森で狩った魔獣の素材と珍しい薬草と引き換えに道具や酒などをもらってきていたらしい。
もちろん、俺も人化の特訓をした。
酒もいいが、人族が食べている料理や菓子に興味があったからだ。
その楽しい時間がどれほど過ぎた頃だったろう。
人狼族である奴らの寿命は人族より遥かに長かった。
アランの奴も息子に長の地位を譲り、孫やその子供に優しい好々爺となっていた。
俺とはのんびりと集落を眺めながら酒を呑む仲だ。
そんな穏やかな日々があっけなく壊れたのは、まずは人里の変化だった。
「なに? 森狩りが始まると?」
人たちは森から襲ってくる魔獣を狩るために、冒険者という奴らが森に出入りをしていた。
ただ、弱い人族では森の奥深くまでは入ってこれなかった。
「どうやら、ゴブリンの巣があるとかで。大きな町からわざわざ騎士団まで呼んだそうです」
騎士団とは、強い人族らを集めて作った群れだ。
冒険者たちが何人か集団で森に入るのはよくあることだと、そのときの俺は気にも留めなかった。
その騎士団に、人狼族の子供が人化の練習をしているところを見られてしまうなんて。
里に度々来る行商人が人に姿を変えた狼、知能の高い魔獣であると知った里の者は、そのまま騎士団に願い出て討伐することを決める。
騎士団はさらに増員を求め、王都にまで連絡兵を飛ばす。
我らの集落の異変の初めは、人里に行った奴がいつまで経っても帰ってこないことだった。
その後、数名で人里に行き、そのうちの一人が満身創痍で集落に戻ってきた。
「た、大変だ! 人が攻めてくるっ!」
喉からヒューヒューと空気を漏らしながら、集落の危険を知らせる男は、全てを語ると血だらけの狼の姿に戻り、息を引き取った。
「長!」
長であるアランの息子の眉間に深いシワが刻まれる。
グルグルルと喉が唸る。
チラッとこちらを見る人狼たち。
「……迎え撃つ。いや、こちらから攻める!」
長の決断に、その場に集まった人狼たちは「おおーっ」と声を上げ片腕を高くつき上げた。
子供の狼たちと若い女は避難の準備を始めだす。
人狼族は強い。
ただの人族であれば、それこそ数を揃えなければ勝てないだろう。
人里に行った人狼たちが殺されたのは、罠に嵌ったことと単純に数で負けたのだ。
「大神様。どうか、子供たちを守ってください。頼みます」
アランが俺の前に平伏して願う。
「いいのか? 俺が出れば簡単だぞ?」
「いいえ。これは我ら人狼族の戦いです」
アランは強く頭を振って、俺の助力を固辞した。
俺は興味を失い、尻尾を一振りしたあと、その場を去った。
べ、別にあてにされなくて、拗ねたわけじゃない。
ただ、長とアランの間で物凄い親子喧嘩が始まったのは俺がいなくなった後だった。
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