神様の日記帳 4
夜、人どもが寝静まっている時間。
銀色の狼と濃い紫色の豹に似た四足動物がムクリと起き上がる。
狼はトテトテと籠に近寄り、カプリと寝こけている赤い毛玉を口に咥えた。
静かに屋敷を出て、昼間に騒いだ池の前でお座りをして、時を待つ。
パシャン。
「待たせたか?」
池の中から、美麗な青年が姿を現した。
「爺さん。あの池はなんだよ? まさか、海からこっちへ越してくるつもりか?」
「そうよ。勝手にアタシたちの縄張りに出張ってこないでよ」
左右に獰猛な肉食獣を侍らせながら、どこまでも白い空間をゆったりと歩いていく。
「たまに遊びには来るが。別にいいじゃろ、あれぐらい。水の精霊の力にもなるし、そうなればあそこ一帯の護りも強くなる」
若く美しい男は「ふおほほっほっ」と年老いた爺さんのごとき笑い声をあげた。
「ピーイ?」
<爺さん。護りを口実に頻繁に来るつもりだろ?>
両手で掬い持つ赤羽の小鳥に胡乱げに見上げられ、男は顔をついーっと逸らした。
「「おいっ!」」
狼たちの追求が始まる前に、悲愴な悲鳴が一行の耳に飛び込んできた。
「ああーっ! たーすーけーてー」
お互いの顔を見合わせた後、足を早める。
明るい光とともに開けた場所に出た、その場所で……信じられない光景が……。
「あっ! 白銀―っ、紫紺ーっ、瑠璃ーっ! た、助けてーっ。僕が死んじゃうっ」
「「「「……………………」」」」
この世の唯一神であり創造神である、シエル様が……黒いロングドレスの女が履く真っ赤なピンヒールでゲシッゲシッと蹴られ踏みつぶされている。
これは、なんだ?
周りに注意を向けてみれば、かの方の神使いたち、狐と狸が見て見ぬフリをしている。
狐なんか、ちゃぶ台を囲んでお茶を飲んでいるが?
「あれ……闇の精霊じゃねぇか?」
白銀が顎で示したのは、確かにブリリアント王国の王都で出会った闇の上級精霊であるダイアナだった。
「どうする? これ止める?」
ここには、シエル様から自分たちが眠っていた間のことを聞きにきたのだが、シエル様のSMショーの後に聞きたい話ではない。
「ピイピイ」
<帰ろうぜ。俺様、眠い>
既に真紅は飽きている。
「そんなわけにはいかん。おい、ダイアナ。ダイアナよ」
瑠璃がその場から二、三歩進み出て、嬉々として神を甚振っている女に声をかける。
「あら! 聖獣リヴァイアサン様! こんな所で会うなんて……奇遇ですわね」
ニッコリ笑顔を向けながら、ぐりぐりとシエル様の頬を踏み、この世界のどこよりも尊い神界をこんな所と評する。
「とにかく、我らもシエル様に用があるのだ。そこまでにしてやってくれ」
「はーい」
ちょっと頬を膨らませて渋々シエル様の頬から足を離したが、コツンと靴の先っぽで脇腹を蹴っていた。
「いたーいっ! っぐ……ひっぐ。うぇぇぇん、僕、神様なのにぃぃぃぃっ」
床に突っ伏したまま創造神が泣き止まない。
瑠璃は神使いたちに助けを求めようとしたが、揃いも揃って耳穴に指を突っ込んで徹底無視の体勢だった。
「しょうがない。ほら、シエル様、しっかりしてください」
「ひっく、ひっく。ううっ、瑠璃ぃぃぃ。怖かったよう」
はいはい、と適当に慰めながら瑠璃は途方に暮れた。
和やか……とは言い難いが、白銀たちはシエル様から自分たちが眠っていた間の話を聞き、ズズーンと地の底に埋まりそうなほど落ち込んでいる。
ダイアナは、ずーっと文句を言っていた。
「わかりましたか? 我が君とその大切な光の精霊王様がどれほどの苦難を強いられたか?」
「「「「はい」」」」
白銀と紫紺と真紅と、何故かシエル様までがっくりと頭を垂れて返事をする。
「光の精霊王様は眠りについてながらもこの世界の状況を憂えていました。また、再びこの世界が瘴気に侵されると」
ダイアナの話では、光の精霊王がこの世界の危機をキャッチした。
そのため、まだ力が万全ではないのに光の精霊王は目覚めようとしたらしい。
そこへ、二体一対で創られた闇の精霊王が待ったをかけた。
「しかし、人の中で眠りながら力を吸収するとは……すごいことを考えついたな」
「ええ。我が君なので! 光と闇は自然世界から力を吸収するより、生物から吸収するほうが強い力を得られるのです」
ただ、問題は光と闇の精霊王が求めるほどの力を得ている生物が存在するか否かだ。
「私は運が良かったのですわ! とってもピッタリな器をみつけることができたんですもの!」
両手を祈りの形に組んで、瞳をキラキラと輝かしているが、その祈りを受け取る神を足蹴にしていたのは、お前だぞ?
「でも……。まさか器が別々の場所で生活をするとは思いませんでした。我が君に怒られます。かの君と離れさせたとして……」
たちまちにしょんぼりと項垂れるダイアナ。
「ちよーっと待ったぁぁぁっ! お、お前……その精霊王を入れておく器って。も、もしかして……」
白銀が驚愕に目を最大限に見開いて震えだした。
「まさか……器って。ひとつは、あのエルフの王子でしょ? じゃあ、もう一つは……」
紫紺は、恐ろしいとばかりに尻尾を自分の腹に巻き付けてブルブルと震える。
「ピイ?」
<は? 何言ってんの? ヒューのことだろ?>
「「ぎゃーっ!」」
白銀と紫紺が叫び、ダイアナに突進していく。
真紅は両羽を耳に当てて、顔を顰めていた。
「どうするのですか? シエル様」
まだ、えぐえぐと泣いていますが……瘴気が溢れ出せばこの世界は混沌の中へと誘われ、最後には……。
「まだ、大丈夫だよ。僕はこの箱庭を絶対に諦めないんだから」
珍しく、キリリとした顔を白銀たちへと向けていた。
「今度は間違えないよ。僕の箱庭を守ってみせる」