ただいま 3
王都にいるときに、ブループールの街から何通かお手紙が魔法便で届いてました。
ぼくと兄様にも、母様からお手紙届いたし。
セバスから父様宛には一言、「問題なし」と書かれた一通だけ。
でもセバスは、ナディアお祖母様宛にはお手紙を何通も書いてたみたいだったよ。
父様は、セバスにピキリと青筋を立てていたけど、母様からの手紙も「お仕事頑張って」としか書いてなかったのにね。
父様宛に頻繁にお手紙が届いたのは、騎士団の副団長マイじいからの手紙。
報告書で、騎士団に何があったとか、どんな訓練をしたとかが書いてあるんだって。
でも、毎回「騎士団の敷地内に池ができた」って書いてあると父様が首を傾げていたっけ。
その突然できた池が、これなんだ……。
池の底まで見れるようにぐっと首を伸ばすと、後ろ襟をがぷっと白銀に噛まれた。
「落ちるわよ」
紫紺の鼻にお腹を押されて、二、三歩後退りします。
「きれいなおみず」
透明度が高くて、底までしっかりと見える綺麗なお水でした。
「いきなり、池ができるなんて。ここら辺に湧き水なんて湧いてたっけ?」
兄様も不思議そうに首を傾げています。
どうやら、池ができたのはぼくたちが王都に向かって旅立ってすぐのことだったらしい。
なのに、なぜ今日に限って、騎士たちが覗きこんでいるかというと……。
「何かがいるんだ。大きな水音がしたからな」
へえーっ、お魚でもいるのかな? それとも、ザリガニ?
白銀も興味が出たのか、ぼくの隣に立って首を池に近づけました。
もちろん、白銀の頭に乗っていた真紅も興味津々で覗き込んで……。
パシャンとした軽い水音と、パタパタと誰かが走ってくる音が重なって聞こえた。
「んゆ?」
「わーっ! 真紅が池に落ちたーっ」
「なにやってんのよ」
真紅がバシャバシャと池で溺れてアップアップしているのを、紫紺が猫パンチで水面から真紅の小さな体を掬ってました。
ビシャン。
「ピーィ」
<ひどい……。俺様、ずぶ濡れ>
ピイピイといつものように真紅が泣き出したけど、ごめんね、今はそれどころではないのです。
「プリシラ」
「プリシラお姉さん!」
プリシラお姉さんとは、とっても久しぶり!
ぼくたちの前で走るのを止めたお姉さんは、胸に手を当てて呼吸を整えてから、ニッコリ笑ってぼくたちに挨拶してくれました。
「おかえりなさい、ヒューバート様。レン君」
「「ただいま」」
プリシラお姉さんの後ろには、アリスターの妹のキャロルちゃんもメイド服をきっちりと着て控えています。
そこへ、バッシャーン! と大きな水音と池の縁から溢れる水。
「うわわわっ」
間際に立っていた騎士たちが片足を上げて踊るようにして水を避けています。
池の上には……あれ、なんだろう? 青い金魚さん?
「なんだ、あれ」
「アリスターにわからなかったら、僕にもわからないよ」
みんなで顔を上に上げて、その不思議なお魚さんを見つめます。
「ご、ごめんなさいっ。あの魚は私の契約精霊ですっ」
プリシラお姉さんがそう叫ぶと、お空のお魚さんはポワンと人化しました。
「やあ、人間どもよ」
サッパリ短髪な水色の髪と、切れ長な藍色の眼で青銀色のアイラインをシュッと引いた印象的な目元。
色白な肌に細身な体で、身長は兄様より頭ひとつ分高いぐらいで、着物みたいな服を着ています。
裾もズルズルと長めで、袖も振袖みたいに長いけど。
「水の中級精霊のエメです。私の護衛にって……お祖父様たちが瑠璃様に頼んでくださったの」
プリシラお姉さんは、ちょっと体を縮めるようにしてぼくたちに水の中級精霊、エメを紹介してくれた。
騎士さんたちは、ぼくたちの後ろで「精霊の住処だったのか」「あの水音は精霊が立てたのか」「じゃあこの水って湧き水じゃないんだな」とか色々話している。
しかも、騎士団の建物の父様の執務室の窓から「なんじゃありゃーっ!」と叫び声が聞こえたかと思ったら、バタバタと騒がしい音が続いているから、父様もこっちに向かっていると思う。
セバスに怒られながら。
白銀と紫紺は池の中を、厳しい目付きで睨んでいるけど……どうしたの?
「これ……瑠璃の神気が混じってないか?」
「完全に瑠璃の支配領域じゃないの!」
「ピイピイ」
<爺さん。ここに住むのか?>
「「そんなの、許さんっ!」」
……なんか、仲良さそうに話しているから、放っておいてもいいかな?
父様が池を見てビックリして、マイじいに報告をちゃんと見てないって怒られて、セバスからも小言を言われていたけど、エメのことはプリシラお姉さんに任せることにして騎士さんたちは訓練に戻りました。
ぼくも、母様が作ってくれたタオルバットで剣のお稽古するんだーっ。
ビューン!
あれ? 今のなあに?
『みずのせーれーさま! ワタシにじょうかをおしえてーっ』
『チローっ。おれ、やだー。あそびたーい』
「うん? 小さいのがいるな。なになに? 浄化を覚えたいと? いいぞ、教えてやるぞ。わっはははは」
ブループールの街は、増々賑やかになりそうです!