ただいま 1
ウィルフレッド殿下をお城までお送りして数日後、ぼくたちはブループールの街へ帰ることになりました。
王様は父様の背中をバシンバシン叩きながら、ウィルフレッド殿下のお披露目会まで王都に滞在するように勧めていたけど、父様が鬼の形相で「一ヶ月以上も先のことだろうがっ!」と怒鳴って断っていました。
ぼくと兄様は昨日、お城に行ってウィルフレッド殿下とお別れの挨拶を済ませ、ダイアナさんにもお別れしてきました。
フワフワとウィルフレッド殿下の周りを飛んでいたけどね。
ディディは「浄化」の能力の最終テストを受けて、結果が芳しくなかったのか、昨日までアリスターと離れてお城で特訓を受けてました。
今日はアリスターの背中におんぶされて、こんこんと眠り続けています。
及第点はもらえたのかな?
ちなみに「浄化」を覚えたいチロは嫌がるチルを連れて、ダイアナさんの所を日参して頼んでいたけど、教えてもらえなかったようだ。
兄様がわんわんと泣くチロを慰めていた。
チルはホッとしていた様子で、呑気に真紅とお菓子を頬張っていたよ。
「ヒューとレン。忘れ物はないかー?」
「「はーい」」
みんなへのお土産も買ったし、ナディアお祖母様に買ってもらったお洋服は別の馬車に積まれているし、大丈夫!
眠っている真紅が入った籠はリリとメグが持ってくれているし、アルバート様たち冒険者パーティーも準備万端!
「あ……わすれてた」
大事なことを忘れてました!
ぼくは、キョロキョロと辺りを見回して、目当ての人を見つけるとタァーッと走り出した。
「レン!」
兄様が慌ててぼくの後を追ってくるけど、ぼくは夢中で走って、その人の足にガシッと抱き着く。
「フィル! ありがとー。またくるねー!」
そうです! セバスの叔父さんのセバスフィルにお別れの挨拶をしなくては!
フィルはぼくの両脇に手を入れて、軽々と抱き上げると優しい笑顔を見せてくれました。
「レン様。ここ一ヶ月ほどご一緒できて、フィルはとても楽しかったですよ。フィルは王都でレン様をいつまでも待っていますからね!」
「あい!」
フィルはぼくに追いついた兄様にも優しい眼差しを向けた。
「ヒュー様も。ご立派な騎士になられてフィルにその雄姿を是非見せに来てください」
「もちろん!」
ちょっとはにかみながら兄様は、フィルの胸に飛び込んでぼくの体もギュッと抱きしめてくれる。
「あらあら。仲の良いこと。羨ましいわ」
ナディアお祖母様が軽装でご登場だ。
「そろそろ、出発ですね」
フィルの手を名残惜しく離して、用意された馬車に乗り込もうとしたとき。
「だーかーら、俺がびゅーんと連れて帰ってやるっていってんだろ!」
なんだか、白銀たちが騒いでいるようです?
「しろがね?」
「レン!」
ふんふんっといつもより激しい鼻息が、ぼくの前髪をブワッと持ち上げます。
「レン……。白銀がな、転移魔法でここからブループールの街まで移動してやるって意気込んでいるだが……。できると思うか?」
はて? 白銀たちは確か転移魔法が使えないはずだったような?
「……できるの?」
「できる!」
白銀がちょこんと前足を揃えて胸を張ります。
信じてないわけじゃないけど、なんか胸がザワワとしました。
「……しこん?」
魔法、特にコントロールが必要な繊細な魔法は紫紺が得意としています。
白銀は大雑把な力技万歳な魔法が得意なので、紫紺が転移魔法が使えるなら白銀が使える可能性もあると思うんだけど?
「無理ね。今のアタシじゃここから屋敷の門までを、ディディぐらいの大きさのモノしか転移させられないわ」
紫紺はフルフルと首を左右に振りました。
え? じゃあ、白銀が転移魔法か使えるのって……大丈夫なの?
ぼくの不安そうな顔に、紫紺はジト目で白銀を睨みつけました。
「白銀。アンタもできないことをできるとか嘘つかないでよ」
「嘘じゃない! 俺はできる!」
その自信はどこから?
「ピイピーイ」
<ふざけんなっ。俺様はお前の実力は知っているんだぞ!>
真紅まで籠から頭だけを覗かして、冷たい視線を白銀へと送ります。
父様は全く信用していない疑惑の目だし、兄様は困った顔。
ナディアお祖母様は一つ息を吐くとフィルに何かを命じました。
「白銀様。どうぞ」
フィルがどこかへ行って戻ってきたら、白銀に一つの拳大の石を手渡します。
「なんだ?」
父様がその意図に気づいて、ポンと両手を叩きました。
「そっか! 白銀。まずはその石を転移させてくれ。そうだな……あそこの噴水まででいいから」
「はん? そんなの簡単だろっ」
白銀がフンッと気合を入れると、三角お耳と尻尾がピーンと立ちました。
そして、石がシュッと消えて……消えて……。
パアァーンッッ!
ぼくたちの頭上からパラパラと何かが降ってきたけど……、これなあに?
「ぺっぺっ。おいっ! 白銀。なんで石が上から振ってくるんだっ。しかも、粉砕されてるぞ!」
「あ……あれ?」
キューンと白銀の尻尾が足の間に入り込んでしまったよ。
「やれやれ。コントロール以前の問題ね。アンタ、魔力込め過ぎだし、そもそも転移先の距離感掴めてないじゃない」
ペシンペシンと紫紺の尻尾が鞭のようにしなり、白銀のお尻を叩いてます。
「ううーっ」
前足で頭を抱え込んでしまった白銀を見なかったことにして、父様はみんなに指示を出しました。
「おーい、出発するぞー。馬車に乗れーっ」
ぼくは兄様が抱っこして馬車に乗せてくれました。
真紅は、ナディアお祖母様が持つ籠の中。
紫紺はぴょんと軽やかに馬車に乗ってきました。
そして……ズーンと落ち込んだ白銀は動かないまま。
「……しろがね。おいで」
ぼくが呼ぶと、弱々しく顔をあげて「キューン」と鼻で鳴いて、のそのそと重い足取りで馬車に乗ってきました。
しょうがないなー。
もふもふ。
白銀の情けない姿を横目で見ていた紫紺は、呆れた顔でため息を吐いて、「一緒に瑠璃から魔法を教えてもらいましょう」と誘っていた。
「ダイアナしゃんにおしえてもらえば、よかったのにね」
「「それは、イヤ!」」
二人が声を揃えて反対しました。
なんで、仲良くなれないのかなー、もう!
予定より長く滞在した王都ともお別れです。
まーたーねー!